第7話  神様はちょっとアレな子

「でも、炎天下の中外に出るのは辛いよな……。もちろん無理にとは、いわないが――」


『も、もう出ましたから!!』切羽つまった蕎麦屋の出前みたいなことをいうハク。


「いそげよハク。お客さん《グリーン・バーミンガム》は、先ほどからお待ちだ」


『とうっ!!』


 そんなハクのかけ声とともに、オレの肩に重みが加わり、すぐに軽くなった。


 ――しゅたっ。


 控えめな裸足の着地音とともに、目の前に、少女というには幼すぎる少女が現れる。長い髪は白く輝くプラチナ髪。そこをかき分けて、すこしばかり尖っている耳の先が出ていた。幼い少女特有の育ちきらない身体にまとっているのは、薄生地のストンとした白ワンピース。異彩を放っているのは、その大きな瞳。赤というのには濃すぎる血液のような真紅の虹彩には、アゲハ蝶の羽のような紋様が走っている。人では無いなにかを想起させるに十分なその妖しいまでの美し――



「しゃきーん!」



 オレに向かって、なにかの戦隊ものっぽいポーズを決めてみせるハク。ドヤ顔で。


 ……うん。描写だいなし。

 

 彼女は登場する度に、こうやって毎回あたらしいポーズをキメるのだ……。今回も、指先まで意識を払っているのが伝わってくる、高クオリティなポーズだったが「フツーにでてこいよ……」神様のやることはよくわからん。 


「すごい! クルピスじゃ! クルピスじゃ! うわあい」

 

 たぷん。たぷん。と瓶を揺らすハク。

 大喜びをして、はしゃいでいる。その様子は可愛らしい幼女そのもの。

 ――それを眺めているオレの中に沸き上がる、あたたかい感情の存在。なんかたまらなく幸福感が沸いてくるのだが、これ何?

 ……いかんいかん。ハクがよろこんでいる様子を、ずっとずっと眺めていたい、という感情を、ひとまず隅にやってオレは口をひらく。


「よかったなハク」


「それにしても、よく入手できたのうシロ! お主この間、クルピスはもうなくなった。って、いってたのに……」


「そんなにハクが喜んでくれたら……。皆も浮かばれる……」オレは大きく視線を落とす。しぐさをする。


「うん? 浮かばれる!? 皆? シロなんのことじゃ?」


「一瓶だけ入手できた。そりゃあ……苦労したよ。でも、まさか……あんなことになるなんて……」


「あんなこと……。いったいなにがあったのじゃ?」


「クルピスを……、これを入手するために、どれだけの友人達が犠牲になったか……。山田。鈴木。……斉藤。……お前達の犠牲は、けっして……」

 オレはそこで目頭を押さえる演技をする。


「シロ……」


「……みんないいやつだった。でも神の為、ハクの為に殉教していった。そのクルピスは……。世にも恐ろしい怪物が護っていたんだ。それに食われてみんな……。オレ一人だけが生き残って……。『オレたちに構うなハクト!!』と、クルピスを託されて……。いや、いいんだ……気にしないでくれハク。こんな話……するつもりは無かったんだ、わすれてくれ……くっ」


 ――もちろん。大ウソだった。こんなの小学生でも欺せない低レベルすぎる嘘だが、神様であるハクは欺せるのだ。今回もきっと、いつものように素直に信じ込むに違いない……。こういうところはちょっと、おバカな子だった。


「そうじゃったか……。川田どの。青木どの。内藤どの。……皆すまぬ。お主らの献身、この竜王わすれぬ……この国はわしに任せ――」


「だれだよそいつら!」


「えっ!? えっと……米田どの。高木どの。……ジョルノどの?」


「ジョルノて誰だよ! どこからでてきたそいつ! 何人だよ! 日本人じゃなくなっているから! 山田、鈴木、斉藤!」


「あれ? あれれ? そうか、おかしいのう…………。まあいいや。なんにせよヒトの皆の衆でかした。痛みに耐えてようやった」


 じぶんのために人が死んでいるという設定なのに、まあいいやで済ますハク。


 ――さすがはだった。


 人間には……というか、基本的に細かいこと全般には興味が無いらしい。オレはハクと半年間付き合ってきて、彼女の事をだいぶ理解できてきていた。


「……いまはアイツらの為に、飲んでくれ」声のトーンを低く、ハスキー気味にするオレ。とくに意味はない。


「そうしようかハクト。クルピスじゃ! わあい♪」

 瓶にほおずりをするハク。どこまでもうれしそう。

 

 ――もちろんクルピスは、そこら辺の店にいけば、いくらでも安価で売っている。しかし、だからといって本来の価値のままに、じゃぶじゃぶとハクにクルピスを渡してしまったら、ハクの中でその価値はとうぜん低くなるだろう。しかしこうやって、クルピスの価値を最大限高めることで、ハクを制御する重要アイテムとすることができる。というオレの思いついたテクニックだった。



「……あの?」



「どうしたグリーン? そうか、初めて見たからおどろいただろう? こいつがハクなんだ。オレの中から出てきたの見たよな? これでお前もオレの言うことを信じて――」



「……ハクト。友人達は勇敢だったのね。ご冥福を祈ります……。ごめんなさい、あたし、貴方を少し誤解していた」



 グリーンが沈痛といった面持ちで口を開いた。



「…………………………………………」


 

 グリーンおまえもか……。

 おバカ勇者。

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