Stage9_ウィズ《with》

 前方には白翼、後方には人影が五つあった。

「『ボスのお出ましってわけ?』」

 平は汗を滲ませながら白翼のグラトンを見つめる。変わり果てた姿は、昨日言っていたアップデートとやらの影響だろうか。

 目立ちすぎる真っ白な翼。腕は白磁色で四本ある。そこまではいい。だが昨日の去り際とは明らかに違うのだ。

 両脚。錆色の鱗を残しながらも人のカタチ。昨日は白化した珊瑚のような枝が伸びてスカート状になっていたはずだ。

 まとったボロ布。これは一ツ眼の着ていた物と一致する。

 錆色の尾が揺れるのもそう不思議ではない。

 だが一番奇妙なのはその顔面。

 まるで龍が人になろうとしたような、中途半端な変化へんげのようなかたち。

 人の頭蓋骨を歪ませて龍の顎や角、トゲをつければこんな風になるのだろうか。否、それにしては作り物めいていた。

 そう、昨日まで首の上に鎮座していた光放つ球体はどこにもなかった。その代わり、額には拳ほどの大きさの水晶のような球が埋め込まれていた。

 平は口端くちはを引きつらせながらウィズに耳打ちをする。

(アタエに連絡取れる?)

(ここに着いたときにメッセージは送っていたわ)

(グラトンって便利ね、スマホ要らずじゃない)

(馬鹿言わないで)


 白翼は二人の企みには触れずに腕を振り払う仕草をする。後方のスマートフォンを手にした五人の人間は静止した。

(コイツ……人間を操ってる……)

 平の戦慄をよそに白翼の龍人は続けた。

『我の内なる錆色の同胞はらからが、眼が欲しいと言って聞かなくてな。抜け殻を囮にさせてもらった』

 重みのある静かな青年の声色。

『「……昨日と口調変わっていますね」』

『我は進化を続ける存在なのでな。融合するとどうにも精神が破綻しやすいのが欠点だったが、今回の我は上手くいったようだ。錆色の同胞と融合したのが上手くいったのやもしれぬ。それともアップデートのお陰かもしれぬ』

 平は昨夜に出会った不良たちと灰色のグラトンを思い出した。片方のスマートフォンが壊れ、もう片方のグラトンが暴走していたあの状況。

「『宿主を失ったあんたらは合体でもするの?』」

 あたえ曰く、初めに見たモノと別の姿、だが似た気配。そして宿主の精神異常。

『昨日の同胞のことを言っているのか? あれならわたしも見ていたぞ。宿主は自己の撮影による精神安定も図っていたようであったが無駄であったようだな。あのままいけば少しは使い物になるかと思うたが……。途中で目を離してはいけなかったようだ』

 平は背筋を凍り付かせた。

(あの場にいた? そんなの欠片も気付かなかったわ)

『倒したのはキサマらか』

 龍の鋭い眼光に、動きが止められたような錯覚に陥る。

「『そうだよ、悪いことをしたね。……というか、へぇ、自撮りすると心が落ち着くんだ? 今度試してみるよ』」

 冷や汗を流しながら平は挑むような口調をした。

『かの人間はその身に二つの同胞たちを宿していたのだ。それが体内で融合などすれば、正気を保とうとして自分の姿を再認識しようとしても不思議はあるまい』

 確認された行動よ、と力強い目をして答える白翼。

『しかし我も面倒見が悪いな。たかる虫は払わねば、果実は成らぬというのに』

 大げさなしぐさで白翼は嘆いてみせた。

 こちらを嘗めているこの時、今しかない。そう平が拳を握りしめると、釘を刺すような眼力に再び射止められた。

『それはそうとキサマらも面白い姿をしているではないか』

「『そいつはどうも――ッ!?』」

 平が不適な笑みを浮かべたそのとき。やかんから水蒸気が吹き出すような音がしたかと思うと、ウィズが平の肉体から弾き出されるように出てきた。エメラルドグリーンの光の粒が立ち昇っては消えていく。

 平は本来の姿に戻ってしまい、ウィズは身長を大幅に縮めて、平の腰ほどの身長になっていた。

『む? 不安定な姿なのか。――だが面白いな、キサマら』

 平は膝をついてしゃがみ込んでしまう。先ほどの戦闘で、どうにも身体が言う事を利かないのだ。

『我らを身に宿す事ができる人間と、か』

「失敗……作……?」

 平の問いに大仰な返しをする白翼。

『おお、前の我がすまなかったな。アレは興味のない事は忘れる性格をしていてな。せっかく宿主の身体を壊しても宿主から独り立ちできぬ同胞の事など忘れてしまったのだろう。我が話を持ちかけたというのに忘れてしまうとは恥ずべき事だな』

 ウィズの瞳の色に激情の火が灯る。

『あなたがわたしを唆したグラトン……!』

『は、笑わせるな、その選択をしたのはキサマだろう。しかしなんだ、我らの事はグラトンというのか? ふむ、悪くない響きだな』

 平は虚勢の声を上げる。

「残念だったわね。ウィズだって宿主の“トキ”を食べずに生きている個体だっていうのに……!」

『なに?』

 白翼が興味を示した事で平は勢いづいた。

(これで、少しは時間を稼げる……)

「こいつの宿主はね、。ウィズがいようといまいと関係ない。あんたらは自分たちが依存させた分の時間しか喰えないんでしょ? つまりウィズはひと口も宿主の“トキ”を喰らっていない」

 ウィズは確かに今まで倒したグラトンの時を喰べていた。

 それはあたえが自分の時間を渡そうとしなかったからだ。それでもあたえに執着するウィズの方こそ、彼に依存していたというのは皮肉な話であった。

『ならばなぜあの時――ははは、そういう事か』

 こめかみに指先を当てる仕草をしたヤツはすぐさま得心の表情をした。

『キサマは宿。はは、宿主の妹の魂を持っていれば兄の元へ返りたいと願うのは道理か』

 なんでも無い事のようにさらりと流す白い龍人。だがウィズの表情は凍り付いていた。

『わたしが、お父様の妹の魂を……?』

 平も驚愕に眼を見開き、固まってしまった。

『ふむ、なんだ。そんな些末なことはどうでもよいのだ』

 だが龍人は事も無げに続けた。

『そう、そうだ。我らの同胞にならぬか? 我は我らの自由を得んが為に存在している。人間に縛られぬ我のような個体を増やし、集団となることを目的としていてな』

「ふ、ざけるなッッ!!!!」

 全身の筋繊維を消耗しきってまともに動けないというのに、平は力の限りに叫んだ。

「お前の勝手で父さんは殺されただと!? 殺す、殺す!! 殺してやる!!」

『――勝手はキサマも同じだろう? げんに我らの同胞を殺しているではないか』

 わずかな怒りのちらつく重い声は、不思議とこの場を支配した。

『……は、よいわ。意志をたがえておるのならば、傀儡として扱うまでよ』

 白い龍人は冷めた声でそう言うと、ス、と手を挙げる。背後に控えていた人間が操られる。






 はずだった。






「――根差せ、縛土バクド……!!!!」

 じゅん祝詞のりとと共に地がうねり、腕となって操られた人々の動きを封じる。

『ほぉ、面妖な術を使うね』

 そのうちの二本が暢気な口調の龍人の前で踊る。平とウィズの身体を素早く掴むとあたえたちの元に引き寄せる。


「ウィズッッ!!」


 その声を聞くのがあまりにも懐かしいような気がして、ウィズの口元から思わず呻きが漏れる。

『あ、お、お父様』

 彼女は直接顔を合わせるのは気まずいのか眼を逸らした。

「お前が考えてた事なんざ全部筒抜けなんだよ。――分かったら俺から離れるな。お前の迷いも苦悩も分かった上でお前を利用してやる。いいか? 俺は俺の贖罪を果たす。いもうとみてえな被害者を産み出さねえ。チンピラだろうが老人だろうが、グラトンから救ってみせる。そのために側にいろ、ウィズ」

 鼻息荒く言い切ると、あたえはウィズに手を伸ばした。

 いつもとは違う身長差。

 縮んでしまったウィズは恐る恐るあたえの覗き込む。

 彼女には分かっていた。それがあたえなりの優しさなのだと。利用なんてわざとらしい言葉を使って、自分の罪の意識を軽くしてくれようとしている事を。


『……それでは、お父様』


 緊張を含みつつ、恐る恐る言い放つウィズの声。あたえは左手で彼女の腕を取って告げた。

「前貸ししてやる。六時間だ」

 それはウィズにとっては初めての真っ当な食事だった。




「俺の“トキ”を喰らえ。アイツを仕留めるぞ」




 あたえは、スマートフォンを握りしめる。

 曇天の最中、一条の光が彼らを照らした。






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