灰色勇者物語(三)


 結論から言えば、私は間に合わなかった。

 王都は月下にうねる八つ首の大蛇に蹂躙されている。

 長大な壁は一部が破壊され、街は火と煙を上げている。六割程度は最早、瓦礫だ。

 叫び声、断末魔、哀哭。それらが一つとなって、夜天を貫く。それでも、ヒュドラは虐殺を止めない。むしろ、勢いを増していく。人間を嬲り、食らい、殺す。

 王都はもうほとんど陥ちている。これからあるだろう魔物の追襲の中で、もうあれだけ長大な壁を築き、街を復興させるのは不可能だろう。人も物資も、何もかもが足りない。

 つまり、人間の滅びは、もうすぐそことなってしまったのだ。 

 だから、ヒュドラを倒そうと、最早意味のないことなのだろう。こうなってしまっては、そんなことは焼け石に水だ。精々一年、先延ばしにできるだけ。

 ――――だけど。

 だけどそうだろうと、関係なかった。

 レフはこの世界が好きだといった。この世界のためになら、命を投げ出していいと言った。私は彼の守りたい世界を、ほんの少しだろうと長く存在させるために、剣を振るう。

 それが彼の命を任された私の、アルマの意思だ。

 照らすは月光。

 流れた誰かの血が、私の行き先を示す。

 私は息を吸い込んで、その言葉を口にしようとする。

 すれば、森羅万象が私の声を聞くために黙り果てた。


「アッシュグレイ」


 呟き、響く。

 右手に収まった聖剣。絶望を斬り裂くその剣は、何の輝きもない。

 きっちりと、なんの違和感もなく握る。重さも形も全て、慣れている。試しに振ってみる必要もない。

 呟きを聞いたのであろうヒュドラは、その八つの首を私に向けた。

 十六の赤い目で私を捉える。

 私は剣先を空に向ける。

 襲い来るそれに、私はただ振り下ろした。

 ――――「一」。


〈灰色勇者物語、完〉

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