第33話 不死なる存在

 地上ではみかが泣いている。そばに立っているシャリュウはあきらめたようにため息をついた。


「……まあいいですわ。そこまで泣かれるのも正直ショックなのですが、みかさんのお母さんもお兄ちゃんもこのわたくしが生き返らせてあげましょう」

「本当に?」


 思わぬ言葉にみかは顔を上げた。シャリュウは気を取り直したように機嫌よさげに言葉を続けた。


「ええ、不要になれば捨てればいいだけのことですしね。いじわるをしたことはあやまりますわ。だから泣くのをおやめなさい」

「うん……」


 捨てるという言葉が少し頭に引っかかったが、みかは涙を流しながらもぎこちない手付きで涙を拭き取った。

 シャリュウは胸元から二枚のカードを引き出した。みかは泣きはらした顔でただじっと座り込んだまま大師のやることを見上げていた。純粋な希望を持つ子供の瞳をして。

 指先に持たれた二枚のカードが青白い輝きを増していく。死者を呼び戻すための魔力が込められているのだということが魔道士の能力を持つみかの目から見て分かった。

 それは上空にいるゆうなにも分かった。


「みかちゃん……シャリュウ大師……」

「シャリュウは何をやっているの?」


 魔力の知識の無いけいこには分からなかった。だから、ゆうなに訊いた。


「お母さん……」


 ゆうなはけいこの質問には答えなかった。ただ何か思うことがあるのかそっと胸に手を当て呟いた。


「シャリュウ大師はわたしのお母さん……」

「え……?」


 けいこはわけも分からず言葉を飲み込んだ。


「どうすればいいんだ。みんなみかにまかせるしかないのかよ」


 ジョーは苦悩に頭を悩ませていた。




 シャリュウ大師が母を蘇らせてくれる。これで元の生活に戻れる。

 みかがそう思った時だった。

 横で燃えていた炎の柱がさらに爆発的に膨れ上がったのは。その中からこの世ならざる鬼のような声が轟いてくる。


「シャリュウ! みかを泣かせるんじゃねえ!」

「え?」

「はい?」


 まさに突然のことだった。みかとシャリュウが揃って呆気に取られたような顔を向ける。

 直後閃光の稲妻となって炎から飛び出してきた何かがシャリュウの胸に吸い込まれるように突き刺さった。

 突然のことにみかは驚愕に表情を凍らせた。

 それは箒だった。先端の部分にありったけの魔力がかけられ、ただ一点を狙った輝きとなってシャリュウの体を貫いたのだった。

 そして、それをしっかりと握るちはやの姿があった。


「な、なんですのこれは」


 それはさすがのシャリュウも思いもかけないことのようだった。


「シャリュウ、みかはわたしの娘」


 鬼のような顔を向けるちはや。シャリュウが一瞬引きつったように表情を歪めた。みかは口元に手を当ててわなないた。


「わたしは娘を……守る!!」


 最後の一押しとばかりに箒を強く握り上げ貫く閃光が輝きを増す。大師の体がまばゆい光に包まれて燃え上がった。

 ちはやはそのまま勢いまかせに箒を振り下ろし、シャリュウの体を砂浜へと突きたてたのだった。




「お母さん……!」


 ゆうなは息を呑んで瞳を震わせた。


「やった……やったぜ、こんちくしょう!」


 ジョーはすぐ側に立っていたゆうなの肩を抱き寄せて勝利のおたけびを上げた。


「やったね、ゆうなちゃん! やったよ、ジョーさん! みかちゃーーーーん!」


 けいこも歓喜の声を上げてゆうなに抱きついた。

 挟まれてゆうなはわずらわしさと悲しさに目を細めた。


「どうして……」


 震える瞳から涙がこぼれる。


「どうしてそんなに喜べるのーーーー!!」


 瞬間、ジョーとけいこは見えない力に吹っ飛ばされた。これも魔術の力なのだろう。


「ゆうなちゃん?」


 顔を上げたけいこの目には怒りに燃えるゆうなの姿とその手に浮かべられた黒い本が見えた。

 ゆうなの気持ちに呼応するかのように本が暗い輝きを宿している。


「わたしには……」


 ゆうなが唇を引き結ぶ。


「わたしにはお母さんなんていないのに……!」


 涙を振り切りそれだけを言い捨てて飛び出していった。




 みかは唖然としていた。


「ど、どうしてこんなことするの?」


 震える口でなんとかそれだけを言う。母はそれには答えなかった。ただ安心させるようにそっと手を伸ばしてきた。


「みか、怪我はない?」


 疲れた体で、精一杯の優しさをこめて言う。


「お母……さん……?」


 みかは戸惑っていた。大師が倒されたこと、母が生きていたこと、母の手が頬に触れてくる。みかは声を張り上げて叫んだ。


「どうしてシャリュウ大師を倒しちゃうの! シャリュウ大師はみんな生き返らせてくれるって言ったのにー!」


 その言葉にちはやは悲しそうに表情を歪めた。そして、穏やかに言った。


「みか、正気になりなさい。あんな奴に利用されて幸せになった人がいると思うの? あいつは人のことをなんとも思わないろくでなしなのよ」

「それはそうだけど、でも……」

「みかちゃん」


 安心させるような穏やかな瞳。みかはこくりとうなずいた。


「うん」

「さあ、帰りましょう」


 母の手を取ってみかは立ち上がった。


「みかちゃん」

「ゆうなちゃん」


 立ち去ろうとするその方向にゆうなが立っていた。娘の友達の姿にちはやは微笑んだ。


「迎えに来てくれたのね。さあ、みんなで帰りましょう」


 差し伸べるちはやの手をゆうなは払いのけた。呆気にとられるちはやとみかの視線をよそに、ゆうなは大師の元へ駆け寄っていく。


「もう死んでいるわ。どんな化け物だって心臓を貫いたら生きていない」

「ゆうなちゃん……」


 燃える大師を見下ろすゆうなの手は震えていた。振り返るその顔には涙がこぼれていた。それはみかの見たことのないゆうなの怒りの表情だった。


「シャリュウ大師はわたしのお母さんなのに、お母さんなのに。よくも殺したな!」

「ゆうなちゃん? 何を言って……」

「お前達も殺してやる!」


 ゆうなは本気で怒っていた。我を忘れ黒い本を構え、ちはやとみかを睨みつける。みかと大師には遠く及ばないものの、ゆうなの必死の魔力が吹き荒れる。


「ゆうなちゃん……ゆうなちゃん!!」


 みかは声を張り上げて叫んだ。始めは友を静止しようとして、だがその目的は途中で変わった。みかは友に注意を促すために叫んだのだ。

 何故なら彼女の背後で動くはずのない人物が立ち上がったから。まばゆい炎に包まれながら。心臓に箒を突き刺されながら。その人物は立ち上がったのだ。

 燃える炎の手をゆうなに向かって伸ばしていく。


「邪魔ですわ。どきなさい」

「え?」


 ゆうなが涙を流しながらぎこちなく振り返る。直後、ゆうなの体は大師の手に殴られて地面の向こうまで吹っ飛んでいった。


「どうして……?」


 みかは倒れ落ちるゆうなの姿を見、目の前で燃え盛る大師の姿を見た。


「どうして生きてるの?」


 シャリュウが両腕を左右へと振り風を巻き起こす。輝きの炎はいともあっさりと霧散して消えていった。そこには以前と寸分と変わらない大師の姿があった。

 髪にも服にも体にもチリ一つとして無い。違っているのはその胸に刺さっている箒だけか。

 視線を降ろし、シャリュウが胸に刺さる箒に手を当てそれを力任せに抜き始める。ちはやもみかもそれを黙ってみていることしか出来なかった。


「よっと、ですわ」


 軽くお遊びでもしているかのような調子で声を上げ箒を抜き取る。大師の胸から血が噴出したが、それはすぐに収まった。

 箒を手に大師が歩みを進めてくる。近づいてくる驚異の少女を、ちはやもみかも硬直して見ていることしか出来ない。


「これはわたくしには必要のないものですわ。お返しします」


 わざわざ歩いてきて箒を手ずからちはやに渡す。ちはやは黙って受け取った。

 シャリュウはくるりと踵を返すと少し離れたところへ歩きまた振り返った。

 微笑みを浮かべて話す。


「今のは驚きましたわ。まさかあそこから逆襲してくるなんて。このわたくしとしたことがつい驚いて気を失ってしまいましたわ」

「気を失っただけなの?」

「あれで死ななかったの?」

「ええ、だってわたくしは不老不死ですのよ。死ぬはずがないではありませんか」


 何がおかしいのかくすくすと笑ってまで見せる大師。それが却って不気味なようにみかには思えた。横でちはやが苦しげに呟く。


「知ってはいたけど……化け物め」


 そう、大師が不死だということはみかも知っていた。

 だが、伝聞として知っているのと事実を目の当たりにするのとでは全然違う。みかは完全に身が震え上がっていた。少し前に感じていた大師への共感などもう完全に消えていた。

 今目の前にいるものはまごうことなき化け物なのだ。アルティメットジャッカルやスカルデーモンなどともまるで比較にもならない真の化け物。

 人の姿をしたその化け物が今再び口を開いた。


「わたくしが化け物ならあなたはなんなのでしょうか。こんなことをして」


 自分の胸元に手を当て目を伏せ、しばらくしてから顔をあげた。


「分かっていますの? わたくしが不死でなかったらちはやさん、あなた殺人犯になっていたところですのよ。みかさんを殺人犯の娘にするつもりですの?」

「あんたにかける人権なんてあると思ってるの?」


 ちはやはなんとか言葉を返すが、そこにはもう力など残ってはいなかった。震えるちはやの声をシャリュウは軽く鼻で笑い飛ばした。


「フッ、まあいいですわ。すでに終わったことであり、これからすぐに終わることでもあります。ちはやさん、あなたはもう死になさい。このわたくしのとっておきの技をくらって」


 シャリュウを中心に緑の輝きが湧き起こる。それは今までとはまるで異質の魔力。うすく漂っていたそれらの輝きはすぐに激しい渦となって瞬く間に周囲に吹き上がっていった。


『スピリット・オブ・エルザレム』


 緑の輝きの中、シャリュウが両腕を掲げ上げる。その手の先の空間に複雑な文様の施された巨大な鎌が現出する。


「あれはまさか……死神エルザレムの鎌!!」

「死神エルザレムの鎌?」

「実在するわけがない! あんなの実在するわけがないわ!」

「お母さん?」


 だが、ちはやの思いも空しく、その大鎌は確かな存在となってシャリュウの手にしっかりと握られたのだ。

 その手ごたえでも楽しむかのように軽く振り回してからシャリュウはちはやとみかに向かってその鎌を構えた。


「太古の死神エルザレム。かの大いなる存在が使っていたこの大鎌は魂を操ることができますの。この緑の輝きはわたくしの集めてきた魂の光。そして、魂を多く宿せば宿すほどこの鎌の威力は飛躍的に増大する。その威力がどれほどの物か想像が出来ますでしょうか」


 ちはやとみかは緊張に息を飲む。説明されるまでもなくその圧倒的な魔力の大きさは十分に理解することが出来た。


「例によってみかさんは狙わないつもりですが、力が強すぎるので保障は出来ませんわ。さあ、行きますわよ」


 死神の鎌を中心として、その刃へと向かって緑の光が集中していく。


「待って、シャリュウ! みか、逃げて!」

「え?」


 必死の思いでちはやが叫ぶ。みかは一瞬考えた。だが、答えは決まっていた。


「わたしはもう逃げない!!」


 母をかばうように前に進み出る。


「みか……」


 ちはやがため息をつく。だが、あきらめではない。その瞳には娘を信頼する意思が宿っていた。

 その姿を見てシャリュウはそっと目を細めた。


「みかさん、それがあなたの決断ですのね。ならばわたくしはその意思を尊重しますわ。わたくしの夢となって消えなさい、みか!!」


 大師がその手に力をこめる。絶大な魔力が緑の魂の輝きをともなってその鎌の刃となり、大きく振り抜かれていく。


『デスサイズキル!!』


 渦と空とを裂き大鎌に乗せられた死の魔力が迫ってくる。みかは光の杖をその手に出現させ振り上げた。


「わたしはわたしの、わたし達みんなの力を信じてる!!」


 ここにはみんなの力が集まっている。今かけがえのない思いをかけ、敵を倒す。


『ミカマジカルフラッシュ!!』


 死の魔力と光の魔力がぶつかり、そして弾けた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る