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 懐かしき我らが母校、加美木中学校付近のバス停に差し掛かった辺りで、ガッツはタクシーの運転手に停めるよう指示を出した。


 昔からそうだったがこの辺りは日が落ちると、周囲に聳え立つ山々と雑木林の所為で濃厚な闇に包まれ、小さな街灯の光すら霞むほど。生徒の身を案じてか、電柱に『不審者注意、複数人での下校を!』という張り紙が貼られている。


 加美木町の外れにある山沿いに建てられたこの学校では、殆どの登校手段がバスか自転車通学のどちらかで、民家も特に少なく、変質者や獣が出るという理由で当時は下校の時間を守るよう煩く大人たちから言われたっけ。


 五年経った今でこそ、申し訳程度に街灯が何本か増やされたみたいだが、それでも子供や女性が一人で歩くには危険な夜道に変わりなく。部活動帰りの生徒らしき姿もないことから、やはり今でも下校時間は厳守させているのかもしれない。


 遠目から見ても校舎の方に灯りはなく、誰かが出てくる気配もない。それにしても夜に見る学校というのは、定番とはいえどうしてこうも不気味さを帯びているのか。


 結局あれから、僕は一人で現地に向かおうとしたガッツに同行することにし。北島 奏も自分にも責任があると同行を申し出た。


 この中で一際拒んでいた垂瓦は最後まで迷っていたが、それでも恐怖よりも百合子の安否が勝ったらしい、ガッツの説得を押し切り泣きながらついて来ることを決めた。


「あのね……こっちも商売だし、お客さんだからね。あんまりこういうこと言いたくないんだけどさぁ」


 四人、無言で山道を走るタクシーの中で揺られ、異様な雰囲気を醸し出す客の僕らを不審に思ったらしい五十代くらいの運転手は、お金を払う際に怪訝そうな顔をして言った。


「君達、こんな時間にこんな場所で、なにしようっての。変なこと考えてるならやめといた方がいいよ、この辺すごい物騒だからさ。地元の人ならわかると思うけど、猪とか熊も出るし、不審者も多いって言うしね」


 ぶっきらぼうな口調だったとしても、運転手は僕たちを心配して言ってくれているようだった。


「まあ、それでなくたって、この季節じゃ山の方入って肝試しとかよくある話だからさ。都会の方からも来るんだよね、心霊スポット巡りだーとかっていうの、君らもそれ目的?」


 誰も口を開かないので僕は、いいえ、ちょっと星を観に。と、無難な嘘をついてみた。


「星ねえ……。まあ、送っといて降ろさないなんてことできないけど、もし山に入ろうとするなら今のうちにやめときなよ。私結構この辺よく走るんだけど、あんまりいい話聞かないからさ、なんか――人でも獣でもないなにかでもいるのかね……。数ヶ月前なんて仕事帰りに偶然通りかかったら、山に入って悪さしたのか知らないけど、血相変えた若い人たち数人を拾ったよ。真っ暗な中、道路の真ん中で大声出して呼んでるから最初はびっくりしたけど、訳を聞いたら車がエンストしちゃってにっちもさっちもいかなくなっちゃったって……みんな凄い怯えた顔しててね、なにがあったのか聞いても誰もなにも喋らなかったけど……」


 君らはそうじゃないんだね? と言いたげな運転手に、僕はお気遣いありがとう御座いますと言って、お金を渡し。タクシーを降りた。


「星を観るなんて呑気な奴らだって思われたろうな」


 いい嘘だったろ。


「まあな……、んじゃ行くか、星観に」


 山道を下り、去っていくタクシーを見送るのは、唯一頼りにしていた灯りを失くした心境だった。虫の声、時折通った風で木々が鳴く音。辺り一面を覆い尽くす宵闇。


 ガッツが覚悟を決めるように大きく深呼吸し、歩き出し。僕、北島 奏、まだ泣きべそをかいている垂瓦がそれに続く。


 路肩に沿って歩き、僕たちはそこから学校の背後にある裏山を目指した。

 五年前と変わっていないのであれば、校舎裏には教員ら関係者が使用する駐車場があって、その奥には裏山に続く細い獣道がある、いくつか別れ道があるも、それさえ間違わずに進めば、広く開けた場所に出る。


 その先にあるのが、例の旧校舎なのだ。

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