第6話 決着

ことは羽が当たる直前にさかのぼる。


慢心したところを突かれ、成す術が無い誠一。


その時、なんの前触れもなくポケットが振動した。

それと同時に、無機質な声が誠一の頭に響く。


『アプリ【能力】のインストールが完了しました。容量が大きかった為、大変時間が掛かってしまい、誠に申し訳ございません』


声が聞こえた直後、変化が現れる。


突如、土が盛り上がったかと思うと、一本の刀、いや包丁が誠一の目の前に現れる。


誠一は何故いきなり包丁が出現したのか、今聞こえた音声も全く理解できない。

だが、誠一はそんな事を考えるよりも先に、包丁に掴み、迫り来る脅威に向かった。




そして現在、コカトリスの羽は全て誠一に当たらず、地面に着弾し、土煙が誠一の周りに上がっている。


誠一はマグロ解体用ほどのサイズの包丁を片手に、一息ついた。


「よ、良かった。何とかうまくいった」


自信がなかったが、なんとか成功できた。

ついでに心の余裕が生まれたためか、奥の手も出来た。使う必要はないだろうが。


誠一は包丁に目を向ける。

突如現れた包丁。

それはどこぞの刀匠が打ったかの如く、妖艶な輝きを放っていた。

何百もの鋼鉄の羽を逸らし、はじき、斬ったにも関わらず、刃こぼれ1つ見当たらない。


そして、いつの間にか敵に対しての恐怖心が消えている。

体も羽のように軽い。

今なら羽の攻撃を何もせずとも耐え切れると思えるほどに、自信に満ちあふれている。


だが、今度は油断しない。

そう意思を固め、土埃が晴れた先に視線を向けると、コカトリスはこちらを睨み構えている。


するとコカトリスは力を込めるかのように体を沈めた。

さっきまでとはまるで気迫が違う。気のせいかオーラのようなものが見える。


(攻撃し続けて、近寄らせないつもりか)


いつかは羽が尽き、攻撃が止むはずだ。

そこを狙い、いっきに叩く。

先ほどの失敗から慎重しんちょうになる誠一。

攻撃に備え、防御の為に腰を落ち着け、構えを取る。


その時、声が聞こえた。


「止まっちゃダメーーッ!」


声がした方に目線をやると、そこには倒れていた少女がいた。

逃げず、俺たちを追いかけてきたらしい。

その少女が恐怖に満ちた顔で俺に大声で警告した。


先程の羽の攻撃についての注意か?

いや、それならあそこまで慌てて警告することではないはず。

一体、何に対して?


その疑問はすぐ分かることになった。


「ゴゲゲゲゲゲッ!」


一瞬、鳥の化物の目が紅く光ったかと思うと、目から光線が放たれた。


誠一は攻撃に備え腰を低く落としていたのもあり、度肝を抜かれた攻撃に回避ができず―――


呆気なく光に飲み込まれた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


コカトリスの最も呼ばれている忌名は【石の悪魔】

この名が付けられた理由は、石を食べることでも、羽が鋼鉄のように硬いからではない。


最大の要因は、自分の目の1つを代償に放たれる石化の光である。


記録では、かつて勇者によって追い詰められたコカトリスが石化の光線を使ったとされている。

少し触れるだけで生物を石と化す効果をもち、魔法や薬では治せなぬ、コカトリスの奥の手。


アンは母から昔話で聞かされて知っていた。

自分を助けようと戦っている青年にそのことを伝えるべく、力が入らない足に

無理やり言うことを聞かせ、追いかける。


なんとか追いつき、目に入った光景は、剣らしき物を構える青年と、目に魔力を集中させているコカトリス。

コカトリスの狙っている事に気づき、ゾクッと悪寒が走る。

アンは慌てて、恐怖で枯れた喉で誠一に注意を喚起した。


「当たっちゃ、ダメーーッ!」


しかしアンの行動も虚しく、真直ぐに放たれた光が誠一を覆った。

余りに眩しく目を瞑ってしまった。

時間が経つと視力が回復し、青年がいた場所を確認すると―――



色を失い、時間が停止した世界が広がっていた。



コカトリスと誠一を結ぶ直線上だけが、灰色に染まっていた。

木も、花や草も、虫でさえ、全てが時間を失ったかのように石と化している。

そこには“命”が消えた世界が広がっていた。










そして、誠一がそんな世界に変わらない姿で立っている。


事実をまだ受け入れられず、アンだけでなくコカトリスも無表情になって固まる。

しばらくの間、誠一も固まっていたが、自分の体に特に変化がないのを確認し―――


「「・・・・・・うん?」」

 「・・・・・・コケ?」


まるでコントのように息ピッタリに3人(2人と1匹)は同時に首を傾けた。


何故、誠一だけ石になっていないのか?


さっきまで命をかけた戦いをしていたのに、あまりの不可思議に驚き、思考が停止してしまった。

コカトリスでさえ呆然としている。

しばらく沈黙が山頂を充満するが―――


「隙ありっ!」


「コケッ!?」


流石は単純バカの男。

誰よりも逸早いちはやく回復し、空気などおかまいなしに行動する。


いきなりの行動に驚くコカトリスにめがけて駆け出す。

コカトリスは慌てて、残りの羽を全て放つ。

さっきのに比べ、倍の量の迫る銀の矢。


しかし、誠一は走りを止めない。

武器は左手に携えるだけで、構えていない。

何かを企んでいるのかと思い、コカトリスは誠一の一挙一動に見逃さんと集中する。

コカトリスまでの距離が10mにまで達し、誠一の眼前に羽が迫る。

死の雨が誠一を貫かんと、まさにその時、



誠一が前に右手をかざし、そして、全ての羽が消えた。



一瞬であった。


あまりの出来事に混乱するコカトリス。

あの羽のように自分も消されるのではないか。

攻撃がきかず、意味不明の現象を引き起こした男に恐怖し、コカトリスは逃げようとした。


だが、逃げるには余りにも遅すぎた。


「グゴッ!?」


コカトリスは驚いた。

己の身体が全く進まない。

足にどんなに力を入れても、まるで見えない壁に囲まれているかのように動かせないのだ。


困惑していたコカトリスは、誠一から目を離してしまったのを思い出す。

後悔するが、もう遅い。

慌てて目線を前に戻そうとすると、天と地が逆転した。


今度こそ、コカトリスは思考停止した。

全く訳が分からぬまま、己の視界が地面に近づきつつある中で、コカトリスは『ある物』を見た。

見慣れた自分の体だ。

だがある部位がなく、それがあった場所からは真っ赤な液体が吹き出ている。



これは、まさか・・・



何が起きたのか理解したのを最後に、誠一に首を切り飛ばされたコカトリスは心臓の鼓動を止めた。

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