第3話 ようこそ地上へ

 御使はその香炉をとり、これに祭壇の火を満たして、地に投げつけた。

 すると、多くの雷鳴と、もろもろの声と、いなずまと、地震とが起った。


  ――ヨハネの黙示録




 今が最悪の状態と言えるとしたら、まだ最悪の状態ではないという。

 しかし僅かな間に自分が図太い神経をしていることに気が付いた人物をしても広がっていた光景は最悪の一言であった。

 崩落しかかったビルの群れ。コンクリートが剥げて剥き出しになった建築物が卒塔婆のようにそそり立っていた。ビルの間は電線かくや植物の群れが覆い尽くしている。人物が立つ地点から見える道は悉くめくれてしまっていて、放置された車は炎上したのか黒色の塊と化していた。大地はひび割れ、赤茶けた砂の上には無数の骸骨が転がっていた。

 人物は震える手で自分を守る毛布を引き寄せた。


 「核戦争……」


 人物の脳裏に浮かんだのは地上最悪の殺戮兵器の姿であった。

 核分裂反応を利用したそれはたった一発で都市を壊滅させるばかりか、その強さの為に世界をも滅ぼす。致死的な放射線が起爆点から全方位に照射され、数百万度にも達した熱量によってあまねく全てを溶解させる。発生する衝撃波は人間など塵のように吹き飛ばしてしまうのだ。更に悪いことに放射性降下物を大量に生成する。放射線を受けた生物はDNAの機能を破壊されやがて死にいたる。目の前の光景は核が炸裂したあとのように思えた。


 「冗談だろぉ……」


 神様がいるとすれば随分な難題を投げてくれたものだと天を仰ぐ。底抜けに明るい青い空。核の冬でないことに感謝するしかなかった。

 が、人物は足元に転がっていた鉄パイプを握っていた。


 「いいね最高だね。空は晴れてるし鉄パイプはあるし」


 糞がを連呼しつつ地下室へトンボ返りする。

 地下室中をひっくり返して使えそうな装備を探す。


 「こう………レーザーガン的な凄い武器とかがあれば楽勝なんだが」


 そんなものはなかった。あったのは工具やら携帯端末やらばかり。

 服といえばサイズの合わないツナギくらいなものだった。ベルトを腰と肩から提げて簡易的なホルスターにして、道具類をくくりつけていく。


 「GPS………か。衛星は無事だろうけど使えるのか?」


 端末は無事であった。ごく普通の端末であるようで、携帯電話とパソコンの合いの子のような機械であった。電源を入れて弄ってみる。電波はいずれも通じていないが、GPSで現在位置を測位する機能があるようであった。

 スイッチオン。測位中とだけ出ていつまでたっても反応が無い。

 背中にしょったかばんに放り投げておく。

 次に取ったのがネイルガンであった。本来工具であるが――安全装置を外せば短距離用の武器にはなる。

 人物は早速小さく細い手で作業を開始した。道具を広げた作業机の上にて、慣れた手つきで工具を弄りつつ思う。


 「メカニックだったのか私は?」


 記憶が定かではない以上わからなかったが、機械を弄れる、弄る知識があるならばメカニックだった可能性はある。頭の中のメモに書き記しつつも手は止まらない。程なくして安全装置を外したネイルガンが完成した。それを腰に差して、冷蔵庫らしき物体の中をあさっていく。

 人物は冷蔵庫の中からそれを見つけた。にんまりと笑おうとして、自分の頬がぴくぴくと引き攣っていることに気が付いた。

 表情を出力する制御系がイカれているらしい。


 「頬があがらん。笑えないぞポンコツめ。メカニックだったなら修理くらいできてもいいもんだけどなぁ」


 ネイルガンと義体の修理では難易度が違うらしい。考えても考えても修理する手段を思い出せない。人物は諦めて目の前の物体が使えるかを確認していた。

 義体といえど脳味噌の部分は確かに存在する。脳が代謝するブドウ糖その他維持管理に必要な栄養素の補給が必要なのだ。口から入れて栄養素を取り出す機能もあると言えばあるが、もっともお手軽なのは生命維持カートリッジを挿入することである。

 二十センチ程度の大きさの白いカートリッジが数本入っていた。標準的な世界基準のカートリッジである。


 「これだけあれば二週間はいけるだろうけど……バッテリーがなぁ」


 そうなのだ。脳の生命維持に使うカートリッジはともかく、義体の電力が致命的に足りない。搭載バッテリーは一週間は持つスペックがあるようだが、果たして荒廃した世界でまともに電力を補給できる先があるとは思えなかった。奇跡的に人物のいる地下室は予備システムが生きていたが、いつまで持つか。

 しばらくは地下室を基点に行動しなければならないだろう。

 カートリッジをしまったあたりでドスンと腹に響く衝撃が地下室を揺らした。外で何かとてつもない爆発があったようだった。


 「核爆発……にしては軽い」


 人物はふむんと鼻を鳴らしてネイルガンを手に地下室と地上を隔てる扉へと歩いていった。

 どの道、地上を探索しなければ物資が切れて死ぬのだ。

 気楽な調子で物事を考えられる自分の性格に感謝しつつ扉を開けた。

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