シーン4:変貌

 隼人は身じろぎせず、座っていた。

 視線は志津香が出て行った扉の隙間に据え、気配はあえて殺さない。

 そのまま十数分ほど経っただろうか。


「う……」


 異変は起きぬまま、少女が目を覚ました。


隼人:確認だが、何も起きなかった?

GM:うん、何も。

隼人:UGNのエージェントが来たりは?

GM:それもないね。

隼人:そうか……。わかった。とりあえずチャロの様子を伺おう。


「大丈夫か?」


 隼人が声をかけると、チャロはわずかに驚き、そしておずおずと言った。


「あの、あなたは……?」


隼人:キミを助けに来たもんだ。高崎隼人っていう。キミは?

GM:「チャロ……です。あの、もしかして……」

隼人:ん、なんだ?

GM:「あたしを、守ってて……くれたんですか?」

隼人:まあ、そうなるかな。キミも俺たちを守ろうとしてくれただろ。お礼みたいなもんだ。

GM:「守ろうと……?」

隼人:遺産の暴走から。キミが鎮めてくれなきゃ、どうなっていたことか。

GM:「え、と。それはとっさのことだったから……」

隼人:結果、助けられたってことさ。

GM:「そ、そうですか……」


 なんとなくの沈黙が続く。


 目の前の少女は、あちこちに視線をやり、落ちつかなさげにしていたが、なにか決意をしたらしく隼人を見た。


「ど、どうしてあたしを、その、助けに……?」


隼人:どうしてって……。そうだな、キミが遺産ってとんでもないものに選ばれたからだよ。その、胸のヤツがそうだよな。

GM:「はい」と、チャロは遺産を見る。

隼人:キミはそれを使えるのか?

GM:「ええと、少しだけ」


 前髪をいじりつつ、チャロは答える。


「その、いつもできるわけじゃないんです。さっきも急に動き始めたと思ったら、あんな風に」


隼人:暴走か。収まってよかった。

GM:「みんなに迷惑をかけてしまって……」

隼人:キミのせいじゃない。キミは被害者だろ。

GM:「そう、でしょうか」

隼人:……ここで、何をしてたんだ?

GM:「いえ、なにも。あたしはまたどこかにさらわれてるんだ、って思ってたんで……」

隼人:ああ……。

GM:「だから、お兄さんたちが来てくれてうれしいです。あたし、友達とか仲間とかいなかったから」

隼人:仲間か。そうだな、俺は仲間だ。安心していい。

GM:「はい」とチャロはうなずく。そして――。


 がさり、と何かが動く気配。

 開けっ放しの扉の向こうからだ。

 チャロがおびえて隼人を見る。


隼人:とりあえず、様子を見に扉に向かおうとする。

GM:了解。

隼人:で、その後に――


 隼人は静かに立ち上がり、ふとひとつ息をついた。

 続いて背後に声をかける。


隼人:それで、キミは俺も操るつもりか?

GM:!!

隼人:……振り返る。


 チャロの人相は一変していた。

 しおらしかった先ほどまでとは違い、その顔は明確な悪意に彩られている。

 

 握りしめられた遺産からは、毒々しい液体が流れ落ちていた。

 彼女が遺産を操っている。

 そう直感できる光景だった。


GM:「なんで、バレたの……?」

隼人:いろいろおかしい点はあったんだけどな。確信したのは「暴走が収まってから誰もエージェントが来なかった」ことだ。


 淡々と隼人は説明する。


「暴走が収まったら、エージェントたちは真っ先にここに来るはずだろ? なのに誰も来ない。扉も破壊じゃなく、普通に開いていた。……あいつらもキミに操られていたんだろ?」


 チャロの表情に苦いものが混じる。どうやら図星を突かれたらしい。


「キミが俺たちを信頼しすぎているのもおかしかった。もっと警戒しててもおかしくない」

「はっ」


 チャロは自虐的に笑った。


「小娘の考えなんて見抜いていたってわけ? お兄さん、余裕のつもり?」


隼人:余裕なんかじゃない。気がついただけさ。……その遺産の力か?

GM:「そうさ。あたしはこの力で生き残ってきた。この船の連中はもう全員あたしのもの。そうでないのはお兄さんと、さっきの人だけ」

隼人:従者を作るだけじゃなく、人間を操作する力もあったってことか。

GM:「そういうこと。あの獣なんて、おまけに過ぎないんだから」


「あたし、見てたのよ」


 チャロが悪意を込めて笑う。


「お兄さんの力を。お兄さんさえ手に入れれば、逃げるのも、自由になるのも簡単なこと!」


隼人:……逃げて、どこに行きたいんだ?

GM:「どこでもいい。敵のいないところに行くの。そして仲間を増やすんだ!」

隼人:仲間か。その遺産でか?

GM:「そうだよ。お兄さんもすぐあたしの仲間になるんだ!」

隼人:そんなのは仲間でも、味方でもない。

GM:「仲間だよ!」


「あたしはいつも裏切られてきた! でもこの遺産を使えば、絶対に裏切らない! そうだよ、これが本当の仲間!」


 そう叫ぶ少女の顔は、歓喜と狂気と、そして悲痛に彩られていた。

 チャロは遺産を握りしめる。


「今までも、これからも。あたしに味方なんてできるわけがない……」


隼人:俺はキミの味方だ。

GM:「信じられるはずないよ。味方だって、仲間だって言うならさあ。この遺産で操らせてよ! ねえ!」

隼人:…………。

GM:「そうすれば信用してあげる。そうすれば仲間だって言ってあげる!」

隼人:いいさ。

GM:「えっ?」

隼人:キミがそうでないと俺が信じられないというなら。


「その遺産を使えばいい」


 そう言い放ち、隼人はまっすぐにチャロを見る。

 少女はたじろぎ、振り払おうと強がりの笑みを浮かべた。


「ふ、ふん。何言ってるかわからないけど……」


 より一層強く、少女の手が遺産を握る。


GM:チャロが遺産ネッススの紅玉に命じる。遺産はEロイス《歪んだささやき》と《孤独の叫び》を隼人に使用。

隼人:抵抗はしない。

GM:では隼人は強制的にチャロへのロイスを取得する。感情はポジティブが庇護、ネガティブは依存だ。このロイスがある限り、隼人は洗脳されているものとする。

隼人:わかった。


 紅玉から止めどなく血のような液体があふれ出し――


「これで、あたしのものになれ!」


 隼人を、包み込んだ。

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