[4] ソ連軍の冬季反攻計画

 1941年11月の天候と降雪は比較的、穏やかなものだった。だが12月に入ると、降雪と寒気が一段と激しさを増した。1941年の冬は平均気温が例年よりも低く、ナポレオンがロシアに侵攻した1812年と同様に、ロシアでもめったにない厳冬となった。満足な防寒装備を持たないドイツ軍はより致命的な状況に置かれることになった。

 ドイツ軍の各部隊は道路上に鈴なりになり、敵の爆撃や厳しい寒さを避けるために、疲れ果てた歩兵たちが掩蔽壕を掘ろうとする。しかし地面が固く凍りついているので、はじめに焚き火をしてから掘りはじめなければならない。司令部の幕僚と後方の支援部隊は、ロシアの住民を容赦なく雪の中に放り出して、かろうじてスターリンの「焦土命令」を免れた農家を接収した。

 中央軍集団司令官ボック元帥は12月に入り、もはやこれ以上の「戦術的成功」を収める望みはないと認めざるを得なかった。麾下の部隊は疲弊の極みにあり、凍傷にかかった兵士はクリスマスを迎える頃には10万人を超え、急速に戦傷者の数を上回った。どの部隊も燃料、弾薬、車両を使い果たしていき、中央軍集団の進撃は寒さに震えながら停止に追い込まれた。

 もはやドイツ軍は何もすることが出来ず、主導権はソ連軍に移ろうとしていた。だが、ソ連軍にも反攻に十分な兵力があったわけではない。シベリアと極東地方から急きょ呼び寄せられた増援部隊、すなわち「シベリア部隊」はほぼすべてが、戦局の焦点となっているモスクワとレニングラードの防御作戦に投入されており、攻撃に転用できる後方の予備兵力は皆無に等しかった。

 11月下旬に入ると、赤軍の首脳部ではドイツ軍が酷寒による部隊の消耗と補給物資の不足により攻勢の限界点を迎えつつあることを認識し始めていた。さらに、自軍に反撃の好機が巡ってきたのではないかという考えが生まれ始めた。

 そのきっかけとなったのが、11月27日にモスクワ南方のカシーラ付近で、第1親衛騎兵軍団が敵の前線を約20キロも押し返すという思わぬ戦果を上げたことだった。

 この情勢を受けて、西部正面軍司令官ジューコフ上級大将はもはや敵の攻撃継続能力は失われたと判断した。そこで正面軍規模での反攻計画をただちに作成するよう、同正面軍参謀長ソコロフスキー中将に命じた。

 11月30日、スターリンはジューコフが提出した西部正面軍の冬季反攻計画を承認した。その際にスターリンは攻撃の規模を南北翼に少し拡大し、カリーニン正面軍および南西部正面軍をも加える形にするよう命じた。

 12月5日に開始を予定していたジューコフの冬季反攻計画は第一に達成すべき目標として、モスクワを南北から脅かしている中央軍集団の「鋏」を撃退させることであった。

 まず、西部正面軍の北翼に展開する4個軍(第1打撃軍・第16軍・第20軍・第30軍)が、カリーニン正面軍の2個軍(第29軍・第31軍)と連携して、中央軍集団の北部に全面的な攻撃をしかけ、クリン、ソリネチノゴルスク、イストラを中心とする第3装甲軍および第4装甲軍の突出部を撃滅する。

 これとほぼ同時に、西部正面軍の南翼を担う2個軍(第10軍・第50軍)と第1親衛騎兵軍団が、南西部正面軍の2個軍(第3軍・第13軍)および1個機動集団と協同して中央軍集団南翼の第2装甲軍を襲い、トゥーラ南方に広がる突出部を粉砕する。

 この間、西部正面軍の中央部に位置する3個軍(第5軍・第33軍・第43軍)には第4軍の主力部隊を釘付けにする任務が与えられた。最終的には南北翼でドイツ軍の前線を突破したソ連軍が中央軍集団の主力を包囲することが目標とされた。

 冬季反攻作戦に参加するソ連軍の総兵力は、カリーニン正面軍が約10万人(戦車67両、火砲980門、航空機83機)、西部正面軍が約55万9000人(戦車624両、火砲4348門、航空機199機)、南西部正面軍が6万人(戦車30両、火砲388門、航空機79機)の合計71万9000人(戦車721両、火砲5716門、航空機361機)だった。

 対峙する中央軍集団の総兵力は約80万1000人、戦車台数は約1000両(修理中を含む)、火砲は1万4000門、航空機は615機だった。

 中央軍集団の情報部はソ連軍の多くの部隊が「骸骨」のようにやせ衰え、もはやスターリンには満足な予備兵力もなく、ソ連軍が新たな兵力を立ち上げるには少なくとも3か月は要するという見解を示していた。そのため実際にソ連軍の反攻が開始されたとき、ドイツ軍が被ったショックはことさら大きかったのである。

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