第14話 私の話 不細工

「来世はあの店の服を着る」


高校生の時の、私の口癖だ。

そこは、ショッピングモールの一角にある、メルヘンなお店だった。私の地元は、これといって娯楽のない田舎町。モールにはもう何度足を運んだかわからないが、そのメルヘンな店だけは、まだ一度も入ったことがなかった。


店先を通るたび、私は友人に「来世はここの服を着る」と宣言していた。そしてその度「今着たらええやん」とつっこまれていた。


当時、私は化粧もろくにできない、あか抜けない田舎娘だった。いつだって垢にまみれていた。服はいつも似たような物を着ていたし、美容院には六年行っていなかった。両親がファッションに興味のない人だったので、まず我が家にはオシャレをするという文化がなかったのだ。


私はいつも黒い服にジーパン。母は毎日色違いのポロシャツ。弟は「レモン牛乳」と書いてあるよくわからないTシャツを好んで着ていた。父に至ってはオシャレ着どころかパジャマすら持っておらず半裸で寝ていた。こんな家庭で、ファッションセンスを磨けと言う方が無茶である。


しかし、高校二年のある日、私はとある店の前で動けなくなった。例のメルヘンな店である。まるで童話に出てくるような。まるで映画に出てくるような。まるでファンタジーの世界のような、メルヘンでかわいい服たち。衝撃だった。私はその時人生で初めて、衣服を愛でることを知った。


世の中にはこんなに素敵なお店があったのかと、私はさっそくメルヘンの世界に飛び込もうとした。しかし、ガラスに映る自分の顔をみてハッとした。


この店は、かわいい。


ここの服も、かわいい。


しかし私は、かわいくない。


私の目つきは、まるで犯罪者であるかのように凶悪だった。

それから一年。高校三年生になった私は、相変わらず店先を通るたび「来世になったら着る」と言い、友人に「なんで現世で着んのん」とつっこまれていた。なんでって、そりゃ私の顔が犯罪者だからだ。


しかし、いつまでもこのままという訳にはいかない。じき高校を卒業して都会に出る。それなのにこんな格好のままでいいのか。いいわけがない。

顔はもうしょうがない、服だけでも良い物を着よう。私は思い切って、ファッションセンスに定評のある友人に同行を頼み、メルヘンの扉を開いた。


店内は、そりゃもう魔法か何かがかかっているのかというくらい可愛かった。店員が鼻声で「いらっしゃいませぇ~」「大変お求めやすくなっておりまぁ~す」と連呼してくるのが非常に鬱陶しかったが、それさえ我慢すればここは楽園、いや、夢のメルヘン王国である。


友人は「これなんかどう?」「これは?」と次々に勧めてくるが、私は戸惑うばかりだった。トップスとは? アウターとは? ボトム? インナー? 五分で面倒になった。


ワンピースなら一枚で着られるだろうと思い、友人に選んでもらいレジに直行した。レジではまた店員が鼻声で「こちら薄くなっているのですが、インナーは大丈夫ですかぁ?」と聞いてきたので「お前の日本語は大丈夫じゃない、黙れ厚化粧」と心の中で叫んでさっさと店から出た。


帰宅後、メルヘンな紙袋を引き裂いてさっそくワンピースを着た。かわいい。ピンクでふりふりでとてもかわいい。しかし、鏡の中にはお世辞にもかわいいとは言えない、ふりふりをみにまとった犯罪者がいた。前科何犯だろうか。私はそっと服を脱いだ。母には整形を勧められた。


その日の夜、私は母の言葉を反芻しながら枕を濡らした。好きでこんな目つきになったんじゃないやいと思いながら友人にメールを送ると、「アイプチしたら?」と返信がきた。アイプチとは一体……?


なんでもこの世の中には、整形せずとも二重が作れる魔法のような道具があるらしい。翌日、私はさっそく友人とアイプチを買いに行った。行ったのだが、私が上手く二重を作れるようになったのは、ほんの最近の話である。実に三年かかった。私の瞼と、メルヘンの扉は、こんなにも重かったのだ。


大学生になった今、相変わらず私の顔はかわいいとは言えないが、少なくとも犯罪者ではなくなった。晴れて釈放である。シャバの空気を堪能すべく、私は今日もメルヘンを身に纏う。

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