Develop 21

 麗紅は何のプレートも掛けられていないドアをじっと見つめて溜息を吐いた。

 Re-17ならここにいると庭へ来てみたはいいが、ここに入るにはICキー錠を開けなければならない。だが、麗紅はICキーを持っていない。───自分のでは中に入ることが出来ない。少し寂しく、胸が締め付けられた。

「レイセなら……」

 Re-17は手にICチップが埋め込まれており、この中に入ることが可能なのだ。

 ……………手の中に?

 麗紅は自分の手を見た。今自分がふと考えたことは幼いこともが考え出したような根拠もない馬鹿なことだ。それでも、麗紅はゆっくりとICキー錠に人工物の手をかざした。

 ───ピッ。

 小さな反応音とともに、解錠する。反応した。

 麗紅は無理だと思っていたのにまさかの展開に慌てながらも周りを見渡してから急いで部屋の中に入った。

 庭は薄暗く月明かりがほのかに庭の中を照らしている。木の下のベンチには先客がいた。Re-17ではない人だった。その人の顔を麗紅は知っていた。

「入鹿さん」

 麗紅の声に入鹿が反応して顔を向ける。少し驚いたように目を見開く。

「麗紅ちゃん」

「こんばんは」

 そろそろとベンチの方へ足を運ぶ。入鹿は麗紅が座れるように横にずれる。麗紅は軽く会釈して空いたスペースに腰を下ろす。

「麗紅ちゃんも入れたんだね」

「近江さんがチップを入れてたようで」

 入鹿は少しきょとん、とした後、「孝宏さんか」と少し声を上げて笑う。何が面白いのか分からず、麗紅は少しドギマギする。「ごめんごめん」と言いながら入鹿さんは笑いで乱れた呼吸を整える。

「孝宏さんってさ、優しいだろ」

 麗紅は素直に頷く。手術前も手術後も近江は麗紅の不安を取り除き、支えてくれた。本当に優しい人だと思う。

「でも、あの人、人嫌いが激しいんだ」

「え?」

 予想外な言葉に麗紅は間抜けな声を出す。麗紅が近江いる検査室にいる時にも、近江を訪ねにやってくる人は何人もいたが、近江は誰に対しても優しく、嫌な顔一つしなかった。

「あの人は上手いんだよ。そういう所が。とりあえず、人当たりはよく見せるけど、実際は僕に近づくなってね」

「見分け方ってありますか」

「そうだな。笑い方がちょっと違う。好きな人にはこう。嫌いな人にはこう」

 入鹿は言いながら麗紅に向かって近江の笑顔の真似をする。好きな人には微笑み、嫌いな人には歯を見せて笑顔。しかし、その笑顔は目が笑っていない。細めた目は口角が上がった時に自然と生じるものだ。

「全然違いますね」

「だろ」

 くつくつと笑って、入鹿はポケットから手帳のようなものを取り出し、またその中からカードを取り出す。

「これが、俺がもらったカードキー」

 入鹿のカードキーは真っ黒で月の仄かな光に反射して「for IRISHIKA」と刻まれているのが見えた。

「孝宏さんは、どういう基準で選んでいるのか分からないけど、気に入った奴にはこうやって名前入りのカードキーを渡すらしいんだ」

「じゃあ、この庭って近江さんが考えたんですか?」

「そうだね。あいつ───Re-17の為だって須賀野博士に反対されても引かなかった」

 麗紅は首を傾げる。何故、彼の為にそこまでするのか。今ひとつピンとこない。

「詳しいところは分からないけどな。孝宏さん、自分のことあんまり話さないし」

 そうかもしれない。麗紅は今までの近江との記憶を思い返した。

 入鹿が声を漏らしながら大きな欠伸をする。あと少しで深夜という時間になろうとしていた。そろそろ帰らねば、と思い始めた時、入鹿が麗紅の方を向いて子供のような無邪気な笑いを向けた。

「麗紅ちゃんって、ここに来た時と随分変わったよね」

「えっ」

「今だから言えるけど、最初の頃は塞いでる感じ? そんで、自暴自棄。もうどうにでもなってしまえって投げやりな雰囲気だった」

 麗紅は恥ずかしくて俯く。塞ぎ込んでいたあの頃の自分の心を全て見透かされているような気分である。

 でも、本当にそう思っていた。どうにでもなれと。全て失ったような気になって、もう残されたものはないとここに来た。

 そんな時にRe-17と出会った。彼と会った瞬間に自分が惜しくて仕方がなくなった。嫌な靄が晴れ、次の日が楽しみで仕方がなくなった。

「───入鹿さん達は、私の恩人です」

 無意識に口から漏れていた。入鹿が目を見開いて麗紅を見る。

「彼を作ってくれてありがとうございます」

 入鹿は少しの間、何か言おうとしてはそれをやめ、を繰り返し、少し照れ臭そうに笑ってみせた。

「そう言ってくれて嬉しい」


 麗紅がこの庭を出た後も入鹿は暫くの間、独りでベンチに寝そべっていた。

「感謝しないといけないのはこっちだっての」

 もう隣にはいない麗紅に入鹿は小さく呟き、溜め息を吐く。

 ───ごめんな。

 そう溜め息と共に虚しく漏れた言葉に胸が締め付けられる。

 ただの被験体だと思えたらどれだけ楽だったか、プロジェクトに関わる人間でなかったらどれだけ楽だったか。

 入鹿は変えられない事実にまた溜め息を吐き、上体を起こした。部屋に帰ろう。考えるだけ無駄であると思い至るなら寝て何も考えない方が幸せというものだ。

 入鹿はベンチから立ち上がり、ICカードを錠にかざして開いたドアから庭をあとにした。


 To be continued......

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