第4話 女心にはご用心

 午後には準備を整えて、町の…それも服屋などが多く揃う駅前の複合商業施設に向かうことになった。

 空は快晴、出掛けるのにはもってこいだが7月ともなるとかなり暑い。

 正直二人のうなじを伝う汗が、扇情的でかなりヤバい。

 俺はとりあえず、女子が喜びそうな店に入ったんだが、

「ところで、どんな服が亮輔の好みなの?」

 信長さんに唐突に質問をされて、若干どころか相当驚いた。

「どんなのって……まあその人に似合ってる服なら、良いなとは思うけど」

「ふーん、なるほどねぇ」

「とりあえず店の出入口でこんな話しててもしかたないから見て回ろう」

 それ以上の追及をされると、色々やらかしそうな雰囲気だったし、長政さんと香菜にすごい目で見られてたから俺は信長さんを促して店のなかを見て回ることにした。


 数十分後……俺は、長政さんの分も含めてかなりの量になった服の会計を済ませた。二人とも働いてないし、戸籍が無いので働けないので全て俺の持ちだった(つまり二人ともニートだ)。

 そして、何故だか今は別の店の試着室の前にいた、しかも一人でだ。

 正直周りの奇異の視線がすごく痛い、ぶっちゃけ帰りたいレベルだ。

 それに試着室の中からたまに、

「えっ、ちょ、いやぁ」

 だの、

「ちょっ、それは、駄目!」

 だの聞こえてくるのでなんかもう凄く気になってしかたない。

 もはや一種の拷問だった。

「なあ、帰ってもいいか?」

「駄目よ、あなたしかお金持ってないんだから」

「だからってなんだこの辱しめは!」

「ご褒美の前なんだから少しくらい我慢しなさいよね!」

 そう言うと同時に試着室のカーテンが開かれた、と同時に俺はあまりの光景に絶句した。

 視覚情報を埋め尽くさんばかりの肌色の面積に俺は下着か…?と思ったが違った、これは……

「……水着か?」

「そうよ、どう?ご褒美でしょう?」

 そう言われてしまうと、確かに眼福、ご褒美だ。

 信長さんは、所謂モノキニと言われる前から見ると露出の若干多めなワンピースタイプの水着、しかし後ろから見ると大胆に背中を露出している、そういう水着だ。

 黒地で左胸の所に赤いハートマークが飛んでいる、そしてウエストのラインはレースがあしらわれていてそこがまた、男としてはとても良いと思います!

 一方長政さんは、ベーシックにワンピースタイプかと思いきや、タンキニと言われるビキニとタンクトップが合体したような水着だ、水色と白のボーダーが長政さんに似合ってて、凄くまぶしいです。

 信長さんと違って慎ましやかな胸ともマッチして凄まじい破壊力だ!

 ちゃっかり、香菜も着替えてる…ってなんだありゃあ!

 アイツ、普段そこまで大きいようには見えなかったぞ、なのになんだあのスイカップは!

 白いパレオ付きのビキニがすげえ映える、なんだここは楽園か!?

(なお、水着の種類は母親の仕事関連で覚えた情報だ。趣味で調べた訳じゃない。)

「で、どうなのよ」

 この場合のどうなのよって、ご褒美になった?の意味なのか、どっち……って言うか誰の水着姿が似合ってるかってことか?

「凄い眼福、特に長政さん似合ってる」

 両方に対処出来るように言ったら、長政さんの顔がゆでダコや赤提灯も裸足で(タコは靴履かないし、赤提灯なんてそもそも足が無いのだが)逃げ出すくらい真っ赤になっている……これは地雷を踏んだか?

「は…はは……破廉恥な!」

「似合ってるって、良かったじゃない長政」

 しかし、長政さんは殴るでもなくずっとその場でプルプルと震えている。

 これ……凄い照れてるんじゃないか?

「それ気に入ったなら買うから着替えちゃってくれよ?」

 俺がそう言うと長政さんも信長さんも嬉しそうな顔をして試着室のカーテンを閉めた(長政さんの嬉しそうな顔は一瞬だったけど)。


 ***


 家に帰ると俺は女性ものの服屋に行ってたせいで大分気疲れしてたのか、自分の部屋のベッドに仰向けに寝転がるとそのまま猛烈な睡魔に襲われて、5分もしない内に意識を手放していた。

 しばらくすると体が重くなったのに気づいて目が覚めた。

 時間で言うと一時間半くらいだろうか。

 俺は違和感を感じたというか重くなっていた腰の辺りを、首を起こして見た。

「あ……」

 そこには、さっき買ったばかりの水着を着た信長さんがいた。

 そう、さっき買ったいろいろと危険度の高いあの、モノキニだ。

「な、なにしてるんだよ信長さん!」

 あんまり大声を出すわけにもいかず少し上ずった声になってしまったがそんなことに構ってる余裕はない。

 信長さんがあのモノキニで乗っていると認識してしまってから俺の下腹部に急速に血液が集まり始めた、鎮まれ俺のバベル!

「だってねえ?さっき長政のことは褒めてたのに私には何もいってくれなかったじゃない」

 なんと恐ろしい、褒めなかった報復として夜這いをかけようとしやがった。

 女の嫉妬ってここまでいくんだな!

 いやもう、報復がご褒美なのはさておいて、この場を誰かに見られたら一大事だ。

「だってって……3人を3人とも褒めたらそれはそれで大変なことになってただろ?」

 とか言いつつ俺のバベルが大変な状況なんだが……信長さんのお尻の柔らかさに既に臨戦態勢だ!

「そうね、でもあの後でさっきの水着似合ってたよくらいは言ってくれても良いじゃない……」

 戦国武将すげえ乙女!乙女チックにもほどがあるぜおい!

 とか、キャラ崩壊を起こしてる場合じゃなかった、早く信長さんに退いてもらわないと……。

 ガチャッと、部屋のドアノブが回る音がしたのはその後だった。

 俺は素早く信長さんの腕を掴み、布団の中に隠すと上半身を起こし、バベルを抑え込んだ。

 ノブを回して入ってくるってことは、十中八九長政さんだろう。

 あんな場面を見られたら確実に殺される。

 とか考えてる間に長政さんが部屋の中に入ってきた。

「あら?あなただけなんですか?お義姉さまの声がしたと思ったんですけど……」

「いや、信長さんならいないけど?」

「そうですか……でもそれはそれで好都合かもしれません」

 あ、なんか不吉な予感しかしない。

「好都合……って?」

 俺がそう言うと、長政さんはおもむろに服を脱ぎ始めた。

「お、おい突然脱ぐなよ!」

 俺の制止も聞かずどんどん衣服を脱いでいく長政さん、すると、案の定長政さんも先ほどの水着を中に着ていた。

 なんだってまあ、うちの居候達はこうも水着を見せたがるんだ。

「似合ってる……だけじゃさすがに納得しませんよ?」

「デスヨネー」

「どこがどう似合っているのかはっきりしてください、じゃないとなぜだかもやもやするんです」

 あれ、この人男嫌いじゃなかったか?

 嘘ついてたようには見えないし……まさか男だと思われてない?

 そう思って少し近付こうとすると、3歩くらい後ろに後ずさった。

「いや、男ダメなら無理すんなよ」

 男だと思われていることに内心ホッとしつつ、避けられたことにやっぱり傷付いた。

「いつまでも弱点を残しておきたくないんです、だから克服の一環として具体的にどの辺りが良いのか教えてください」

 未だ布団の中でノーアクションの信長さんに気を払いつつ、俺は腹を決めた。

「……わかった、ただ俺も相当恥ずかしいから何度も言わないぞ?」

「ええ、大丈夫です」

 凄い身構えてるな……。そう思いながらも俺は、思ったままを口にした。

「まず、凛とした雰囲気なのにそういう女の子らしい水着なのはなかなかギャップでクラクラ来る」

 これはジャブだ、これで恥ずかしがるようならここで止めておこう。

「……」

 お、想像とは違って耐えてるな、じゃあ続行だ。

「それに色使いが長政さんの雰囲気とマッチしてていい」

 顔が若干紅潮してきたがまだ耐えれそうだな、じゃあトドメといくか。

「何より長政さんのスタイルの良さと合ってて破壊力数段上になってる」

 ボフン……と、爆発するような音がして長政さんが後ろに倒れた。

 俺は直ぐ様ベッドから降りて、長政さんを支える。

 …………殴られるかもしれないけどまあいいか。

「大丈夫か?」

「……」

 あ、こりゃ気ぃ失ってるな。

 仕方ない、部屋まで運ぶとするか……。

 あれだな、倒れた体勢的にお姫様抱っこだなこれ。


 ☆☆☆


「何よ亮輔ってば……」

 私は、一人亮輔の部屋に残って不満をこぼしていた。

 何故こんなにも、胸がもやもやするのだろう。

 長政の男嫌いが治ってくれるのは嬉しい、けど亮輔はダメ……。

 そんな考えがずっと頭の中をぐるぐると回っている。

 この気持ちがなんなのか良くわからない、けどお気に入りの玩具を取られた子供のような、そういう感じが私の心を占拠していた。

「あ……」

 そんなことを考えていてすっかり忘れていたけど、私は今は水着なんだった。

 一度部屋に戻って着替えないと……、そんな時だった。

 一階でモノが割れるような音が響いたのは。


 ***


 倒れた長政さんを部屋に連れていって、ベッドに寝かせた。

「大人しければ普通の美人さんなんだけどな……」

 俺がそう呟くとベッドの中から腕が伸びてきてベッドに引きずりこまれた。

「お、おい起きてるなら言えよ」

「何故でしょう、貴方なら……貴方になら触れてほしいと思うんです」

「男嫌いはどこに行ったんだ……!」

 恋する乙女みたいな目を向けてきやがって……、流石に俺だって理性の限界ってもんがあるんだぞ……。

 俺の、理性がブチギレそうになったとき階下から、ガシャンという何かが割れる音がした。

「まさか……影夜叉か!?」

 俺は、跳ねるように起き上がると1階に向かおうとした、けれど長政さんが俺の腕を掴んで放さなかった。

「長政さん……影夜叉が来てる、だから行かないと」

「なら、私も行きます、お義姉さまのように上手くいくかはわかりません、でも……」

「わかった、なら行こう」

 俺は、そう言うと長政さんを連れて一階に向かった。


「亮輔!」

「信長さん、今の音ってやっぱり……」

「ええ、恐らく影夜叉よ」

 モノキニで神妙な面持ちなられて思わず吹き出しそうになったが、こらえて下に向かった。

 その結果、この前のより数段強そうな影夜叉がリビングの大窓を破って侵入していた。

「この前より強そうだな」

「恐らくかなり苦戦することになるでしょうね」

 影夜叉を睨み付けながら信長さんはそう答えた。

 この前の落武者然とした影夜叉と違い、しっかりとした兜を被り、鎧は多少の劣化は有れど未だ防御力は健全そうだ。

 更に特徴的なのは鎧の肩についた角のようなものと、影夜叉が背中に背負っている大斧だ。

「あれは……」

 普段の俺に対する声色とは違う明確な怒気を含んだ声を発したのは長政さんだ。

「どうした?」

「間違いない……又右衛門です……」

「又右衛門……って、長政さんの両親の仇のか?」

「ええ、あの斧……見間違える筈がありません」

 目の前にいるアイツが、長政さんの両親を殺め長政さんを辱しめた相手……、そう考えると長政さんの思いと同調するかのように怒りがこみ上げてきた。

「なら、ぶっ倒さねぇ訳にはいかないよな!」

「なら、亮輔私と……」

「いえ、お義姉さまここは私にやらせてください」

「長政……わかったわ、その代わりしくじったら許さないわよ!」

「もちろんです」

 そう言った長政さんと頷きあうと俺はSCCに右手で触れた。

着装クロスオン!!」

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