「11話 『歪められる真実の結末』」

 葬式は簡易的なものになった。

 金銭的な問題もあったが、なにより、生き残った家族がまだ中等部の学生では、何の準備もできない。

 葬式はもっと大きなものにしようか、金なら出す。

 ……と親戚の人に言われたようだが、ミライは首を横に振った。

 精神的にまいっているので、正直、他人と会話するのすら辛そうだった。

 なので、近い親戚だけを集めた葬式にした。

 家は燃えてしまっているから、親戚の家で葬式をやった。……らしい。

 実は、参加できなかった。

 代表の親戚が、部外者はご遠慮願いたいとのことだった。

 ミライは誘ってくれたが、波風を立てたくないので親戚の言うとおりにした。

 だが、火葬場にだけは一緒にいた。

 煙が空と一体化する。

 親戚達と別れたミライと一緒に、空を二人で眺めていた。

 二人とも、ずっと無言。

 一体何を考えているのか分からなかったが、

「グレイスさん……。どうして……お母さんはまた焼かれないといけなかったんですか」

「…………っ! それは……」

 ようやく口にしたのは、悲痛な訴え。

「分かっています。この国の法律で火葬しかないってことは。だけど、お母さんは……また同じ苦しみを……」

 ミライは顔を伏せる。

 ひと段落ついたせいだろうか。

 ミライの中でずっと張っていたものが、緩んでしまっている。

 もう、涙を流すのをきっと止められない。

 だけど、なんとか、元気づかせてあげたい。

 できるかどうかは分からないが、自分なりに彼女の問いに答えてあげたい。

「どうしてこの国じゃ、土葬じゃなくて、火葬しかないと思いますか?」

「わ、分かりません……」

「煙を空に上げるためです」

「……?」

「死んだ人の魂が煙に乗って、空の上の……天国に届くように……火葬をするんです」

「…………!」

 ミライが顔を上げる。

 その瞳には、涙が溢れていた。

「……きっと、大丈夫です……よね……? お母さんなら……天国に……行けてますよね……」

「うん、きっと行けてるよ。ミライちゃんのお父さんがいる天国に――」

「ううう、うあああああああああああああああっ!」

 腕の辺りをつかんで、顔をうずめてくる。

 大声で泣くミライに、かける言葉などない。

 必要もない。

 泣き止むまで、どれだけ時間があっても、ただ傍にいたい。

 心の支えになってあげたい。

 そう思いながら、どれだけ時間が経ったのかも分からないまま立ちすくんでいた。

 ようやく泣き止んだ時。

 周りから、ザ、ザ、ザ、と不穏な足音が聴こえてくる。

 一人、二人の足音ではない。

 数十人の人間が取り囲む音がする。

「な、なんだ……この憲兵団の数は……」

 それらの人間全てが憲兵団。

 統率された動きをまとめるのは、しかし、憲兵ではない。

 憲兵団とは異なる制服。

 これは、検察士の制服だ。

 検察士とは――。

 犯罪者を裁く法廷で、代弁士と対をなす役職。

 しかもその権力は法廷だけに留まらない。

 憲兵団を率いることができるほどの権力を持つ。

 一番前に立っている彼は、その検察士だった。

「そろそろ、尋問してもいい時間かな?」

「すいません、私は止めたんですが……」

 集団の中にいたサクリさんは申し訳なさそうに言うが、それだけで精一杯なのだろう。

 周りから睨まれ萎縮している。

「サクリさん、それからあなたは……」

 ミライは目を丸くする。

 何故なら、


「五年前の事件の裁判の担当検察士さんっ!?」


 彼もまた、五年前の関係者だからだ。

 名前は、サバキ。

 艶やかな髪の髪は腰まであり、前髪の半分は髪飾りでとめている。

 胸についた検察士のバッジとはまた別に、勲章がいくつも並んでいる。

 十本の指には全て指輪がついていて、とにかく装飾ものが大好きなようだ。

 新聞の写真で見たことがある。

 プリズンと同様。

 あの事件を皮きりに出世をした彼は、以前よりも装飾の数が増えている。

 そして、雰囲気もまた昔とは別格。

 人の上に立つことに何の躊躇いもなく、そして人を率いる自信に満ちている。

 それだけの実力をこの数年間、法廷と現場を行き来してつかみとったのだろう。

 すらりとした長身で、この場にいる誰よりも背が高い。

 必然的に、視線は見下すみたいになる。

「ミライ。憶えていたようですね。まあ、当然でしょうか。私はあなたの憎き仇に引導を渡した正義の味方……のようなものですからね」

「どうして、あなたが……?」

 事件は一応、解決したはずだ。

 五年前の実行犯は死んで、後は指示を出した黒幕を探し出すだけ。

 なのに、どうして今更ここに現れたのか。

「ミライ。五年前、あの事件をネタに記事を書いた記者のことを憶えていますか?」

「そ、それはもちろん……」

 ミライが恐る恐るといった感じで答える。

 もちろん、自分も憶えている。

 というより、戦闘したばかりだ。

 性格は最悪だが、あの『スペシャリテ』は協力だった。

 なのに、


「彼は、三日前に殺されました」


 殺された?

 どうやって?

「そ、そんな……どうして……?」

 死んで当然な人間だったかもしれないが、やはり知っている人間の死は衝撃的だった。

 しかも、他殺。

 憲兵団を引き連れてここにやってきたってことは、犯人とおぼしき人間の事情聴取というわけか。

 特に自分は奴と戦闘をした。

 疑われるのは必然。

「ま、まさかグレイスさんを疑って……!? や、やめてください! 検察士さん」

 ミライは庇うように前に出て、腕を広げる。

 だが、サバキが慌てる様子はない。

「……何を勘違いしているのか。もちろん、私は彼が犯人だとは思っていません」

「え……?」

 サバキが腕をゆったりと上げる。


「私がカンツ殺しの犯人だと思っているのはあなたです、ミライさん」


 すると、ミライの周りを憲兵団の人間達が囲む。

「そ、そんな……」

「逮捕状もここにあります。ミライさん、あなたをカンツ殺しの容疑で緊急逮捕します」

 冗談みたいなことをさらっと口走るが、冗談でも嘘でもない。

 ガチャン、と手錠を掛けられる音が妙に耳の奥で響く。

 ミライは本当に逮捕され、そして連行されていく。

「グレイスさんっ……!!」

「ミライちゃんっ!」

 伸ばされた手をつかみ取ろうとするが、


「――おっと。君の相手は私がしよう」


 割って入ったのは、サバキたった一人だけ。

 それ以外の憲兵団は全て、ミライを連れて行く。

 事前に打ち合わせでもしていたかのように流麗な動きだ。

「どういうつもりですか。ミライが殺人なんてできるはずがないでしょう」

「動機ならあります。彼の記事のせいで彼女の家庭は一時期めちゃくちゃになったそうですね」

「そういうことじゃない!」

「……随分、肩入れするんですね。あなたと彼女はただの他人だと思いますが」

 二人で睨み合うが、お互いに譲るそぶりを見せない。

「カンツの死体には全身穴が開いていました。凶器は不明。ですが、彼女の『スペシャリテ』ならば氷柱を発生させて身体に穴を開けることができる。氷は水と溶けて証拠もなくなる。ね? あながち彼女が犯人だという可能性は皆無ではないでしょう?」

「サクリに訊いたんですか?」

「彼女が『スペシャリテ』を自ら語ったわけではありませんよ。私が無理やり聞き出したのです」

「……ッ。とにかく、ミライは人殺しするような人間じゃない! ずっと前からミライのことを知っているなら、それぐらい――」

「私だって、彼女が完全に黒だとは断定してしません。ただ、あなたのように逮捕状がなければ話を聴かせてくれない人もいる。だから話を聴きだして情報を集める。それだけです」

「強引すぎる。ミライはまだ傷ついてるんですよ!」

「それでも、罪人を裁くことが最優先されなければらない。世の中の人の安寧のために」

 ああ、だめだ。

 話し合うだけ無理だ。


「どけ」


 痺れを切らして『暴食の剣』を構える。

 これ以上の問答は埒外だ。

「もしも、私に手を出したら公務執行妨害の現行犯であなたを逮捕できますよ」

「……!」

 まさか、この人……。

「最初から僕も逮捕するつもりだったんですか?」

「当然です。疑うべき人間は全員逮捕すればいい。そうしていけば、いずれ犯人は見つかる」

「そんな強引なやり方しかできないから、冤罪が減らないんですよ」

「キリアのことですか? まあ、たまにはそういうことだってあります。いいじゃないですか。結局犯人は見つかったんですから。プリズンも捕まらなかったから油断して犯行を重ねた。真実はいつか必ず白日の下にさらされる。結果オーライですよ」

 ブチッ、と何かが自分の中に切れる音がした。

「そして、今度はミライを偽者の犯人に仕立て上げる気かっ!!」

 地を蹴る。

 後先なんて考えない。

 速くミライを追いかけなければ。

 剣を横なぎにして――


「『男は突風によって吹き飛ぶ』」


 ブォッ!! と唐突に前方から風が吹き荒れる。

「――なっ!」

 グレイスは言葉通りに吹き飛ぶ。

 剣を杖代わりに起き上がると、

「今のは……?」

 気がついたら、壁まで飛ばされていた。

 無風状態だったのに、いきなり風が吹いたのも不自然だ。

 まさか、これが、奴の『スペシャリテ』……!?


「『真実の結末トゥルーエンド』」


 だが、そんなの関係ない。

 近づこうとしたのが悪かった。

 だったら、遠距離から空間ごと喰らえばいいだけの話だ。

「くっ――」


「『男の後ろの壁が崩れ落ちる』」


「ちっ――」

 雪崩みたいに後ろの壁が襲い掛かってくる。

 転げまわって、ダメージを最小限にする。

「これは、まさか……」

 サバキに向き直って、剣を構える。

 原則的に一人一つの『スペシャリテ』しか持てない。

 だが、サバキは一人で複数の『スペシャリテ』を保持しているようなものだ。

「言葉にしたものを、全て真実に変えてしまう『スペシャリテ』……!?」

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