第7話 朋友の部屋

 日が沈むころ、俊は部屋にいた、保の部屋に。


 この空間が俊には家に次いで落ち着ける場所かもしれない。中学校の入学式の日、席が隣り合ったことが縁で保と知り合った。以来、何回この部屋に来ただろう。

 俊の部屋と同じく、マンガやライトノベルが至る所に置いてあった。ただし、ゲームの数は少なかった。視力の低下を気にして、保は高校に上がってからゲームをやや自粛している。


 この日の昼休み、一緒に昼食を取っていたときにひどく落ち込んでいる俊を見て、保が事情を尋ねた。昨日、真琴と大沢のツーショット場面を見たということを聞いて、保は帰りに家に寄るようにと俊を誘ったのであった。


 保は俊と同じくいわゆるサブカルが好きだったが、俊とは違ってスポーツも楽しむ。栃木県内一の都会、宇都宮にあるアニメグッズのショップに行った帰りに「ボーリングもしようぜ」というのが保である。


 保はバドミントン部に属していた。部の顧問の方針で部活動は緩やかなので、運動部にもかかわらず、体育館が使えない曜日は美術部よりも早い帰宅が多かった。俊が美術部で少し絵を描いた後に寄ったとき、保は分厚い月刊マンガ誌を読んでいた。


「それで、俊は真琴と大沢先輩が付き合ってるんじゃないかと本気で思ってるわけ?」


 保がマンガ誌を床に置いて言った。


「そういう可能性もあると思う。付き合っていないにしても、二人はお似合いだよ…」


 俊の声は少し弱々しかった。


「俊、考え過ぎだよ。同じホッケー部なんだから一緒にいることぐらい、あるだろう。偶然、帰り道が一緒になることだって」

「いや、そんな感じじゃなかった。とても仲が良さそうだったよ。偶然じゃなさそうだ」

「お前なぁ…」


 保は少し苛立った。気になることがあるとあれこれ悲観的に考え込んでしまうのが俊の悪いところだ。中学で出会ったときからその性格は変わっていない。それと表裏一体の思いやりも俊にはあるにはあるが…。


「付き合ってはないと思うよ。そんなことがあれば、あの二人のことだからすぐに噂になるよ」

「そうかなぁ…」


 保は俊の顔をまじまじと見据えて言う。


「あの二人は、まず付き合ってはないよ。仮に二人が仲良かったら、お似合いだったら、俊はあきらめるのか?」

「あきらめるって? 何を?」


 俊はあわて顔を見せた。


「真琴のことだよ、俊は真琴のことが好きなんだろう?」

「えっ、あっ…あの……」

「隠さなくていいよ。俊が自分で言ってたじゃないか。中3のときに」

「ちゅ、中学のときとは、状況が違うよ」


 保は語気を強めて


「状況は関係ない!お前が好きかどうかだ!」


 俊は気圧される。


「俊が好きな『ギャルパン』のミオは戦いを諦めたか?」

「ウッ…」

「『エクセルワールド』の秋雪はどうだった?『青と鋼のストローク』の源蔵は雨の艦隊に立ち向かったぞ。だから、俊も諦めるな!」


 例が恋愛からずれているような気も俊にはした。しかし、諦めてはいけないという保のメッセージは十分に伝わってくる。


「うん…。分かった。諦めないようにするよ、俺…」

「そうだ、それでいい。大沢先輩のことなど、気にするな」


 今日は少し言い過ぎたかなと少し保は思った。しかし、これぐらい言わないと俊のマイナス思考は止められない。


(俊、お前たちはおそらく両思いなんだぞ)


 この言葉が喉から出かかった。保はサヤカから真琴が俊を好きなことをそれとなく知らされていた。ただし、俊には絶対言わないようにと釘を刺されている。好きなサヤカの願いとあれば、それはできるだけ守りたい。


 しばし沈黙の後、突然ドアが開いた。


「俊君、今日はうちでご飯を食べていったら!」


 保の母親が入ってきた。俊と保はお互いの家で時々夕飯を食べていた。


「すいません、遅くまでいて。今日は家で晩御飯を食べるといってあるので、これで失礼します」

「え、それは残念。遠慮しなくてもいいのよ~」


 俊が立ち上がり


「お気遣いありがとうございます」


こう保の母親に告げた後、俊は保の方に振り向いて


「保、ありがとう」

「お、おう!」


 俊が保の家を出ると雲間から三日月が覗いていた。

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