第2話

 そんな訳で、プロゲーマー集団「チーム・

ラボーテシ」が共同生活する「合宿所」に通

いでアルバイトしながらの見習いゲーマーに

なってから、今日は4日目。

「チーム・ラボーテシ」は現在、4ヶ月後に

予定されている「EX-EXPO-MAX」

の世界大会に向けて合宿を行っている。5人

同士で戦う格闘技ゲームだが、複数プレイヤ

ーの連携プレイが得点獲得に大きく影響する。

プレイヤーのスキルを高く均一に維持し、連

携のタイミングの精度も極めなければならな

い。

バイトの仕事は、ゲーマー達が「トレーニ

ング」している時の買い出しや郵便物の整理、

部屋の掃除など。言ってみればゲーマー達が

日常雑事に煩わされないようにする雑用一切

だ。

越当は結局、この仕事が嫌だったのだ。

 チームのメンバーでは新人の越当だが、そ

ろそろ二十台の後半に差し掛かる。

 ある研究によると人間の脳の反応速度は24

歳ぐらいから衰えが始まるらしい。チームに

なんとか潜り込めたものの、見習いのポジシ

ョンでは先の見通しは明るくない。ゲーマー

に専念したかったのだろう。

 だがそれにしても「格闘覇王」の反射速度

に衰えは感じられなかった。ストレートな格

闘ゲームなので戦術や戦略でカバーできると

いう事はない筈だが。

 このチームのおかげということなのか。

 いま合宿所に寝泊りしているゲーマーは越

当を入れて11人。

ゲーマー達の一日は、昼頃に起床、昼食兼

ミーティングの後、夕方まで個別に練習、夕

食後にチームで練習の繰り返しだ。

 午前10時ぐらいの合宿所は、まだしんと静

まり返っていた。ゲーマー達は寝ているのだ

ろう。

 昨夜は何時まやっていたのか・・・・リビング

のあちこちに脱ぎ捨てられているパーカーや

Tシャツ、お菓子やジュースの食い残し・飲

み残しといったものをかたずけ始める。確か

にゲームもやりながらこういった仕事もこな

すのは、できなくはないが面倒だ。越当のよ

うな奴なら尚更だろう。

 ペットボトルの飲料がまだ半分以上残って

いたのでキッチンの冷蔵庫に入れる。

冷蔵庫の中には、いつも通り小瓶が二本入

っていた。通いの調理師は毎度出す食事にそ

の瓶の中の液体を混ぜている。元々料理もし

ないでゲームばかりしてきたゲーマー達は、

ゲームに集中するように促されているからか

気にもしていないし、あるいは化学調味料ぐ

らいに思ってるのか。社長はここの説明をし

た時もこの事は一言も言っちゃいなかった。

 俺は今のところ、なんだかんだと言ってこ

この料理を食うのを避けているが、そろそろ

限界か。グズグズしてても仕方がない。

蓋の所に封が貼ってある瓶だが、正確には

瓶の形をした樹脂製の容器だ。

「オー、朝からご苦労さん」後ろからあのキ

ンキン高い声。ちょっとマヅい所を見られた

か。びっくりしたように振り返る。

「越当さん、おはようございます。どうした

んですか。昨日遅くまでやってたんでしょう?」

「なんか目が冴えちゃってさ、眠れなくて。

ちょっとトイレ行ってくる」言いながら歩き

出した越当は片足を引きづっていた。

「あれ、どうしたんです、怪我したんですか」

「いやぁ、階段踏み外しちゃってさ。なんか

ここ2日ぐらいおかしいんだよなぁ」

どこかで見た事のある目つきが越当の顔に

浮かんでいた。

食堂の奥に続くトイレに越当が入っていく

のを確認すると、俺は廊下へと移動した。廊

下にはゲーマー達の寝室と、社長が来て事務

を行う「事務所」部屋のドアが並んでいる。

最奥の行き止まりには非常ドア。

 廊下にはカメラは設置されていない。セキ

ュリティを気にするならここにも設置するべ

きだろうに。まぁなんにしろ都合がいい。

「事務所」のドアには鍵が掛かっていた。

当然か。ポケットに入れてきたツールを取り

出して使ってみると、難なく鍵は開いた。エ

レベータは厳重だが中に入ってしまえばピッ

キングし放題とは。素早く室内に入ると鍵を

掛け、天井や壁をザッと見渡す。カメラは見

えない。もっとも、ゲーマーが入らない筈の

部屋ならカメラは要らないという事か。

十畳ほどの部屋はリビングとは対照的に殺

風景だった。窓がある側以外の壁全面、そし

て室内に等間隔に背の高い棚が設置され、び

っしりとファイルが収納されている。事務所

というより資料室だ。ファイルの背拍子には

日付が書き込まれている。一冊取り出すと、

中にはディスクが何枚も入っていた。

 間違いない。カメラの記録はこの部屋で保

管している。何かが起こって調べられても不

都合がないように別の場所とオンラインで繋

だりはしていないだろう。この合宿所内で記

録して、ディスクを篠原社長が持ち出してい

るに違いない。

 ゲーマー達が起き出す頃に社長はやって来

る。あと小一時間という所か。

奥にある机の上のPCが気になって廻り込

むと案の定、食堂、リビング、キッチン、各

ゲーマーの寝室内、そしてトイレの中の映像

が映っていた。

なんでゲーマーの寝室やトイレの中までカ

メラが設置してあるのか。やはり目的は防犯

ではなく屋内の、ゲーマー達の監視だ。

 トイレ内には誰も居なかった。越当は出た

後なのか。と、トイレの床の何かシミのよう

なモノが気になった。

 マウスを握り画面のそれらしき場所を適当

にクリックする。何度目かのクリックでトイ

レ内の映像がモニタいっぱいに広がった。

 シミかと思ったのは、血だった。

 クリックして画面を切り替えリビングの映

像を出す。血のシミはエレベーターへと続い

ていた。

 嫌な予感がしてPCから離れ、部屋のドア

へ向かおうとした時、窓の外を何かがよぎっ

た。

 越当の顔だった、と思う。

 その時、思い出した。同じ目つきだった。

6年前、死ぬ何日か前に見た兄貴の顔に浮か

んでいた目つきと同じ目つきのような気がし

た。

 窓を開け、下の通りを覗き込む。

 おかしな方向に折れ曲がった越当の体が路

上に転がっていた。元々閑散とした通りに、

この時間、車や人の気配はない。

 大騒ぎになるまで時間を稼げそうだ。・・い

やむしろ騒ぎにならないかも知れないが。

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