第18話 レインコート 母木より外れし葉

 はじまり

 

 その惑星には、神様がいた。

 

 神様は人間に問題を与えた。


「私達の大切なものを盗めたら、新たな神様にしてあげましょう」と。

 

 人として知らぬ者のいないその問題に、多くの人間が挑んでいった。

 

 だが、今まで誰一人、神様の場所に辿り着くことすらできなかった。

 

 やがて人々が諦め、問題を知っていても無視するようになった時代。

 

 一人の女の子が問題を解いてしまった。

 

 しかも、神が一人死んでしまった。

 

 人々も、神様も揺れた。割れた。驚いた。

 

 なぜか――その女の子が事実を一切明かさずに姿をくらませたから。

 

 出会った人々は納得し、出会わなかった民は暴走する。

 

 力を求める余り、女の子が最も嫌うものに縋ったから。

 

 これは、それを知りつつ旅をする一人の女の子の物語。



 戦いの最中に在る、新国家コンタクトの首都、プロマイズに御神体ことミコ=R=フローレセンスが現れた。

 其の出現自体は、襲撃した魚=ブラックナチュラル達神様陣営や気象一族の使節団も予想出来たものではあった。信じられる事信じる事を滅法滅茶嫌うミコが、自分を崇拝する信仰国家の存在等、認める筈が無いからだ。

 然し、ミコが怒っている事は、正直予想外だった。

 言われてみれば分る事かもしれない。見てみれば納得のいく事だったのかもしれない。でも、そんな事無いと思っていた。何故ならミコが怒る所を神様達は今迄見たこと無かったからだ。ミコは普通なら怒る所でも、何時も「現状マシ」と言って堪え我慢し抑え込むタイプの人間だったから。怒った所など見た事も無い。そんな経験と体験の絶対的な不足が今怒っているミコに対する戸惑いを魚達神様連中に与えていた。漸く皆起上がり立ち始めた神様達だったが、なんか寝た振り気絶した振りをしていた方が善いんじゃないかと思える位に……。

 魚達がそんな迷宮しかけている思考の周回に囚われていると、不意にミコが口を開いた。目と身体を向けている敵のエレクトロに宛てたものではなかった。後方に、魚達ウィンド達に向けた溜息混じりの告白だった。

「……あ〜あ、ガッカリだわ。わたしがこんな国認めないって分かっていて来たはずよね、神様たちにウィンドちゃんたち。それがなに? “信じる力”に“新しい電気”? そんな手品レベルの子供だましにやられてドボン? 俗世に名高かった二大勢力も墜ちたものね。もう頼りにもできないわ」

「……え?」

 薮から棒にいきなりの辛辣コメント。でも負けていたのは事実だったので、魚達は直ぐに反論する事もできず、詞に詰った状態でミコの指摘に耐えなくてはならなかった。正直今はエレクトロに負けて傷だらけの状態なのに、その上こんな辱めにも似た仕打を貰うと、ミコに対する反感では無いが、少なくとも反論したい気持が湧いて出る。でも先の理由で言出せない、そんなもどかしい気持で胸がパンパンに張裂けそうになっていたのだ。

 然し、叩かれた杭が出ようとするのも道理。ミコの言い分に対しての反論は矢張りと云うべきか飛出した。発信源は神樣方がお喋りの紫=ミュージアム他多数、気象一族は代表のウィンド他である。先ずはウィンドからだった。

「いやあ……ゴメンね、レインちゃん。でもね、そいつ……結構強くってさ。ううん、レインちゃんほどじゃないのはわかっているけど。レインちゃん以下わたしたち以上の実力っていうか……ねえ? みんな……」

「そうだよ! そこのウィンドちゃんの言う通りだよ! ワタシ達だって其れ也には頑張ってたんだよ。負けたのはそこのエレクトロが強すぎた所為で……」

 ウィンドは自分達の実力を卑下して謙遜方面から自己弁護を語り、紫はあろう事かエレクトロを持上げて自己弁護に走る。二通りの自己弁護。進む道程違えども、どちらも一緒の目的地。魚と哉、祝を除く残りの神様達や気象一族の子供達も、「そうだそうですそうなのよ」と一同に三段活用の付和雷同。安直な巨大勢力を前にミコも匙を投げるかと思いきや……強烈な詞が帰って来た。

「文句は夢の中で言いなさい!」と。

「ひいっ!」誰のものとも分らない、ただ明確な動揺と萎縮。其れが全てを物語っていた。語り部であるミコの背中が魅せる迫力を強烈に増した事に気圧されて、結局全員観念する羽目に。

「ごめんなさい」とウィンドが謝罪し。

「夢の中にします」と紫もミコに従う。

「そう。それでいいの」と喋るミコの声はまだ怖い。自己弁護に走らなかった魚達3名でさえ凍り付き怖じ気付く今の環境下。ましてや其れをやらかした連中の心境など推して量らなくても分ろうもの、自業自得とは云え気の毒でならなかった。同情するだけで決して行動は起さなかったけど。

 すると、ミコより更に遠方の元凶が又騒ぎ出した。エレクトロが「オレを無視して話をするな!」と自分の方を向いておきながら視線を逸らし魚達に向って声を出すミコに二度目の文句を打ちまける。前回は銃で撃って黙らせたミコ、今度はどうするのかとギャラリィ皆が気になった。何せ当のエレクトロが「銃撃はもう効かないぞ!」と大言ぶっていたからである。確かに、只でさえ電気体に身体を変成できる奴である。もう不意打は効かないだろうと魚達も敵ながら納得していた――のだが。

「うるさいわよ佐々木。横から口出しするんじゃないの」

「しかし姉貴……って! だれが佐々木だコラ!」

「あなたのことよ木村」

「なんだ木村って! 佐々木ですらなくなってるじゃねえか!」

 ミコの致命傷級のボケにエレクトロは激昂。そしてギャラリィは総員ズッコケた。正直受けたショックはエレクトロより大きい。魚も背中から盛大に滑った後、暫くは大気圧に押し潰されて立ち上がれそうに無いから強烈だ。一体どこから佐々木等と云う苗字が出てくるのか、そして突っ込まれた直後の次の台詞で早くも木村に変わっている変り身の早さは最早圧巻としか言い様が無い。完全にエレクトロを手玉に取った会話芸口八丁、神業を超えたクレーム対応だった。

 そして弄ばれたエレクトロは悔しそうな顔苦い顔。そりゃそうだろうと(敵なのに)同情出来てしまうのは一体何のマジックなのか……もう勢力図が分らない魚達であった。

 しかし其れでも敵のエレクトロは流石の敵役振り。ショックを受けても割と直ぐに元鞘に収まってあの憎たらしい口調でミコに詞を投げて来た。

「はっ……疲れた。けど、まあいい。何がどうあれ、現状はオレの望み通りなんだからな」

 其の詞が発せられると、ミコが注意の向きを魚達からエレクトロの方に直す。横目を正面に直しただけなのに、途轍もなく冷徹な目付きだろうと云う事が魚にははっきり感じ取れた。目そのものを見た訳では無いが、此方から見えるミコの背中が迫力と威圧感を倍増以上に増しているのを見たからだ。

 そして矢張りと云うか予想通り、ミコは怒り混じりの心底冷たい声色でエレクトロに詞を返す。

「はっ、何世迷い言を言っているのかしら。望み通り? それで勝ってるつもりなの? 残念だけど3点ね。まるで答えになってないわ」

「さ……3点? ふ、ふざけてんのかこの野郎!」

 異常に低いミコの採点に、エレクトロは当然の様に噛み付いてくる。今度は声を張上げるだけで無く、“シーミィ”をミコ目掛けて投付けると云う実際の攻撃オプション付きで。

 然しミコは全然避ける素振りを見せなかった。其の侭だと“シーミィ”が直撃すると魚やウィンド達が忠告するより先に、光速電速の“シーミィ”はミコに当たった。エレクトロは其れを見届けて「ざまあ見やがれこの野郎!」と口汚く勝ち誇ってみせるのだが、“シーミィ”がミコに打つかって発した閃光の中から見えたのは……。

 ダメージを全く喰らわず、ピンピンした身に平気な顔したミコが地面に突き刺していた背心刀・雨を鞘ごと持って空に血振りし、澄ました顔して涼しい顔して邪魔な煙を払除ける、とても絵になる光景だった。

 その光景を見たエレクトロは歯を噛み締めて不満気且つ悔しそうな顔をする。其処にミコが畳掛ける様に毒と棘の有る詞を言放つ。

「新しい電気って聞いたからどんな夢のエネルギーかと思ったら……なんてことないわね。要はゼロ電荷素粒子の応用じゃないの」

「なにい〜、言わせておけばどこまでも調子に乗りやがって。“シーミィ”はな、過去から未来を通した人類全体の夢そのものなんだぞ!」

「違うわね。少なくともわたしの夢にこんなのないわ」

「ハッ、そりゃそうだろ。そもそもてめえみたいな奴に夢なんて高尚なもんがあるのかよ?」

「そりゃあるわよ。あなたのいない世の中とかね」

 ウヒョーッ……マジで時間が死んだと感じた。と云うよりミコを除けば魚以外の面々は未だ死んだ様に固まっている。誇張でも謙遜でも無い、正真正銘ミコ以外の全員が微動だにせずカッチリ固まっているのである。此れを「時間が死んだ(つまり停まった)」と表現せずして喩えられるであろうか? いや、喩えられる筈無い! 然う反語で以て断言出来てしまう程の状況が今此の場所の現状なのだ。

 特に面と向って完全否定されたエレクトロは目を点にしてどころか目の点が白く消え入りそうな程茫然自失の蝋人形状態。ミコの詞を受けたせいか早くも其の詞通りの展開を意図せずに実現しかかってしまっている。早い話がエレクトロ、ミコの詞にショックを受けて、ミコの望み通り消えていなくなってしまいそうなのだ。台詞ひとつで敵を殺すとは――呆然とする俗世の中、唯一観衆自意識を保っていた魚は今迄見た事も無いミコの一面を目の当りにして痺れと震えが止らなかった。

 然し矢張りと云うべきか、其れとも意外と云うべきか、エレクトロは再度奮起し復帰を果す。飛んでいたであろう意識を脳内に取戻し、ミコに対し質、量共に相当な怨み節を打つけるのである。

「散々放題言ってくれやがったな雌猫。危うくお前の発言通り死に行く所だったぜオレは。例えなんとかだろうと復帰した以上、この借り変えさせてもらうから……なっ!」

 最後の詞に力を入れて叫んだエレクトロ。其れを合図に奴の周囲で風が変った。周りから風を取込み、自身に当てて上空へと流す。すると天へと昇った風の隙間から一発雷鳴が轟き落ちる。其の時魚は気付いた。エレクトロがやっているのは契約している雷の自然意思と連携した充電――雷撃能力の最大拡張化だと。雷を受けたシャギーショートの金髪は充電前より輪を掛けて細かく逆立ち、着用している武装修道服も至る角から余剰電気を放出し、重力に逆らって四方八方へと布地を広げる。宛ら其の様は肉体の体積を増して服をはち切れさせようとしているかの様。身体の周囲に展開された雷電力場も相まって、エレクトロは完全戦闘体勢を整えてより闘い向きの「偉容」をものにしミコに対峙した。

「どうよこのエレクトロ様の戦闘形態。オヤジことサンダーじゃ雷の力をシーズンクラス・プラネットスケールとしてでしか使えなかったがオレは違う、デイリークラス・プラネットスケールだ。一段階、最高の頂へと進化した雷の力を見るのはお前も始めてだろう? 冥土の土産には打ってつけだろうよ。ククククク……ハーハッハッハ!」

 喧しい位饒舌に喋り語るエレクトロ。調子に乗っていると魚は感じたが、実際問題エレクトロの強さは自分達を上回っていると分っていたので本気モードには戦慄を禁じ得ない。そもそも“シーミィ”による攻撃を魚達は相殺も防御も出来ていなかったのだ。其れが本気になったらと考えると……絶望の崖っぷちに立たされた気持だろう。いくら最初の攻撃をやり過ごしたミコでも厳しいのではないか、然う思ってしまう……だが。

 ミコは余裕綽々態度を崩さず、掌で背心刀・雨の柄頭をころころ回して遊んでいた。

 魚が気にしていた心配や危機感といった素振りを一切合切少しも魅せることもなく。

 敵が本気を出しているのに此の余裕は何なのか、魚は別の意味で心配になってくる。

 そんな心配で数秒費やした後、ミコが溜息一息吐いてから口を開いて詞を口遊んだ。

「残念ねエレクトロ。例えデイリークラス・プラネットスケールの規模だろうとわたしにとっては差異がないわ。あなたの攻撃はわたしには効かないし、なにをしても無駄無足。生命の在り方が違うのよ。惑星の系統樹に囚われたあなたたちとそこから外れたわたしではね」

「なんだと……?」

 ミコの変らぬ挑発的な台詞にエレクトロは又機嫌を損ね、不愉快な表情をする。最早お決りのパターンと化した展開。魚もいい加減慣れて来た。エレクトロの実力は怖いが、彼が怒っても余り危機感を感じなくなっていたのだ。寧ろ此の先に待っているであろうミコの対応の方に危機感はあった。ミコには余裕が有るのだろうと薄々感じ取ってはいたが、其れに感けて殊更にエレクトロを煽る事ばかりするからである。

 そしてそんな不安と予感は的中半分外れ半分という形で現れた。只心配した通り、事態は一気に悪い方向へと舵を切ってしまったと思い知らされる事となった。

 ミコが古い付合いの在る気象一族の面々にさえ魅せた事の無い“本気”を魅せに入ったのだ――。

 エレクトロの詞を無視する様にミコは背心刀・雨を再度地面に革の鞘ごと突き立てて、空いた両手を合掌する様に合わせた。其の瞬間、世界の色が変わった。

 其の変化が指し示す事態にいの一番に気付いたのは魚からわりかし近い処に居た気象一族のウィンドとカーレント。二人は突然恐慌状態になったかの様に我武者らに周囲に怒鳴り喚き散らし始める。「すぐに防御! それか逃げて!」と。

 ミコの様子を見ていた魚もこれはマズいと即座に悟り、左腕に接続していたfeelを開き絵本の機能を用いて自分の周辺に居た者達を転移して集めると同時に、現状出来る限りの防護境界を多重に張る。五重の層とはいかなかったが、四重に張った「頑固な」防護境界の中に逃げ遅れていた祝と哉に紫と焰、そして気象一族の子供達ことスノウ、サイクロン、トルネードを釣り寄せて匿った。匿った魚は自分達よりミコの事を知っているであろう、少年少女に尋ねてみた。

「ねえ、気象一族の子供さんたち、一体何が起ころうとしているの? ミコちゃんに何が起こっているの?」と。

 すると腰を落とし吹き荒れる暴風から身を守りつつもしっかり状況を捕らえていた気象一族の子供達が答えてくれた。最初に答えてくれたのは風に良く靡くリボンを着けたロングヘアにロングスカートのワンピース姿だった女の子――サイクロンだった。

「わたしたちも詳しいことはわかりません。ただ聞いたことがあるだけです。レインお姉様が本気になると、この惑星そのものを壊せてしまう、とんでもない幻の身体能力を発揮するんだって……レインコートを羽織ったときが、そのときだって……」

「惑星を壊す? レインコート?」

 サイクロンの説明から断片的でも重要そうなキーワードを口に出して魚は咀嚼する。然しどれだけ自分の記憶データと照合しても、「幻の身体能力」なんて詞と合致するような情報は得られなかった。抑全てのキーワードが初耳なのだから、分らなくて当然なのだが。

 そんな感じで説明を受けても分らないままでいる魚を尻目に、嵐の中心であるミコは何やら小声で呟き出す。それを聞取ったスノウが「呪文だ!」と叫んだ。魚も耳を傾ける。

 すると確かに聞こえてきたのだ、ミコの声が。はっきりと――

 

「母木から離れた葉っぱの心は虚っぽ

 那由他の空には証の欠片も得られず

 魅せる 誰も振向かず

 繋がる 誰も応じない

 星天に霞み輝く数多の涙

 無限の星々が観守る中で

 葉は花へと 魔法の変化

 夢幻の花が ひとつ咲き

 星の心歌が 宇宙に響く!

 Now! Florescence!」


 彼女が叫ぶ。空気が弾ける。そして彼女の背中には、見た事も無い羽衣があった――。



「あれが……レインコート、なの?」

 口をポカンと開けたままで魚は絞り出す様に詞を出す。情け無い様に見えるが詞を口で発せているだけマシであった。保護した気象一族の子供達に祝や哉、紫、焰、そして魚の防御範囲外に居る他の神様仲間達は略全員、開いた口を塞げずに、声も出せずに息吸っているだけの状態だからである。皆初めて見るであろう圧倒的な光景故、無理も無い事だとは思うが、矢張り正直情け無いのではと魚は考える。戦闘に携っていた当事者としては元より、ミコの闘いを見届ける立場に成下がった、観衆としての質さえどんどん低下している感が否めないからである。

 まあ、考えるだけ野暮かもね――魚は然う結論付けて注意と意識をミコに向け直す。自身の目でミコの姿を捉える一方、左腕に接続していたfeelも展開、絵本機能を再度起動させてミコの幻視画を表示させた。ひょっとしたらあのレインコートについての情報が出るのでは――と、淡い期待を込めての行動だった。魚の視界に収まる二つの小さなミコの姿は、いつの間にか穏やかになった風を浴びつつレインコートと思しき羽織を風に遊ばせ靡かせる。まるで映画のワンシーンの様に、とても絵になるシーンであった。

 そしたら突然、feelの幻視画が自動書記に因り別の画に書き変った。最優先で捕捉していたミコの幻視画が小さくなり、吹出しが現れたのだ。そこに表示される、第一言語でのメッセージ。ミコからだ。

 

『魚さんへ 絵本の機能を使って月を今宵の夜空に持ってきてくださいまし ミコより』

 

「ミコちゃん……」

 メッセージを受取った魚は思わずギョッとして幻視画ではないミコ本体を見やる。本体のミコはこっちに振向いてはいない。何処となく不敵な面構え。視線はエレクトロの方に向けられていて、こっちを見る気は微塵も無さそうであった。確かめる事は出来なさそう……と云うより、今の自分にそんな権利や選択肢は無いんでしょうね――ミコの真意をそこはかとなく悟った魚は云う通りにすることにした。feelの幻視画を俗世惑星と月を映す程縮尺を大きく取り、夜から離れ昼の領域にある月の幻視画をRでタッチし即ムーブ。月の幻視画を今魚達がいる俗世惑星の夜側へと強制移動させる。すると其れに連動して、本物の月――夕方太陽と一緒に沈んだ月が再び空に現れたのだ。魚謹製の道具feelとRに因る環境操作の業であった。

 月明かりが夜を照らす。皆も当然気付いて驚く。其の中で唯一驚かないでいるミコが右手人指し指を一本、月に向って指差した。そして皆の視線を集めると、久しぶりと思わせる懐かしの軽口口上を夜に響かせ始めたのだ。

「月は直上照らすは直下。耽る夜中に火が灯る。幻装レインコートも羽織ったし、わたしの準備は万端よ。これであなたの寿命ももはや秒読みねエレクトロ。せいぜい悔いなく闘って魅せなさい。既にあなたにはガッカリしているからこうなっているわけだけど……これ以上わたしを失望させないでよね」

「てめえ……口を開けばことごとく人の悪口ばかりぬかしやがって、品格って詞知ってんのかって言いたくなるぜ。ホントにてめえは愚民共が畏れ崇めるミコ=R=フローレセンスなのかよ、ああ?」

「違うわよ。あなたが利用し、ここの連中が崇拝しているのはミコ=R=フローレセンスの虚像偶像理想像にすぎない。わたしはミコ=R=フローレセンスの芯像にして実像そのもの。それ以外のなにものでもない。買いかぶりすぎると自滅するわよ、わたしは全然困らないけどね」

「抜かしおるわ小娘が。変な羽織を着たかと思えば妙に自信を増しやがったな」

 エレクトロが変に芝居がかった口調で皮肉を返したが、ミコは特段気を悪くした風でもなく、余裕の態度で悠然と身に着けた羽織に付いて語り出した。

「系統樹に縛られた生命であるあなたにはわかんないでしょうね、一度死んだ気分なんて」

「何?」

「この羽織はね、幻の花衣、幻装レインコート。系統樹の縛りから外れ、唯一の自己を正しく真っ直ぐ認識した者が羽織る、わたしが人生という名の旅で行き着いた最果ての境地。絶対の自由と守護を保証する最高級の衣装なの。これをわたしが着るってことはね、記憶の墓場に埋葬したふたつの感情がぶり返したってこと。早い話がエレクトロ、あなたはわたしを怒らせたのよ」

「怒らせただあ? 何を恍けてそんなアホみたいなこと抜かしやがる。怒るなんて人間の持つ感情機能の基本だろうが。それともなんだ、お前はオレに対して堪忍袋の緒が切れたとでも言ってくれるのか? それならオレはよくやったって……」

「別にキレちゃいないわよ。ただ怒った、それだけ」

 調子に乗りかけたエレクトロの軽口に割り込む様にミコは訂正文句を繰り出した。割って入られたエレクトロは彼の云う様に又何度目かの怒りを露に不愉快そうな顔をする。そして其れで終いだった。ミコが「話はここまでね。そろそろ闘うかー」とやる気の欠片も感じさせない一方的な戦闘開始を告げる。聞いていたエレクトロも「いいだろう」と応じて構えるより先に、いきなりミコの姿が消えた。

 ――そう、消えたのである。

「消えた?」「どこに?」「いない?」「なんで?」

 一秒経ったがミコの姿は消えたまま。二秒経っても状況は変わらない。三秒経った、未だ現れない。まさか何処かへ逃げたのか? 周囲が疑惑に駆られた其の時!

 エレクトロの身体が、突如吹っ飛んだ。

「ぶほっ!」

「えっ?」「なんだ?」飛ばされたエレクトロが不意に発した鈍い悲鳴に神様達の一角から疑問質問の声が上がる。然し誰も答えられない。無論勿論魚も同類。状況が理解できずに苦しんでいる類である。其処に後に寄せていた愛弟子、祝と哉から事態打開の提案を聞く。

「師匠、feelです。feelならミコおねーちゃんの動きを捕捉できるかもしれません!」

「niceだよ祝。feelの全次元俗世観察表示モードを使えってことね、師匠やったれ!」

「え、ええ……わかったわ」

 愛弟子2名に押切られる形で魚はそそくさとfeelを操作、哉の云っていた全次元俗世観察表示モードを起動させる。このモード、結構feelと使用者である魚のリソースを喰うので魚は余り使いたがらない、転じて余り使わない機能。但し能力は絶大で、大仰な名前が示す通り、俗世時空を構成する次元だけでなく、法則・エネルギィの次元と云った「使っていない」次元も含めて調査表示する事が出来る。逃げ場所隠れ場所一切無し、此れならミコの居場所を捕捉出来るだろうと云う弟子達の考え。魚も納得し実行した訳なのだが――。

 其れでもミコの姿は消えたままであった。

「なんで!」「どうして!」

 魚の張った防護境界の中、結果を見る為に魚の両横に出て来ていた祝と哉の悲鳴である。其れに同調する声が更に出る。2名の後に連なり群がった紫と焰、そして気象一族の子供達だ。実は人込が苦手な魚さん、一寸気圧され萎縮してしまう。そんな時だった。

「ぐぉあっ!」「ぶっ!」「がっ!」

「師匠、エレクトロが!」「ええ!」

 吹っ飛ばされていた状態から立直っていたエレクトロが再度何度と謎の連続被害を受けだしたのである。見ていた神様仲間達に気象一族の面子も既に分っていた。此の不可解な現象はミコの攻撃なのだろうと。何となくそんな気がしたのだ、理由なんて其れで十分である。ただ――。

 問題は、ミコが一体どうやって此の攻撃を繰出しているのか。其れ丈が分らず、其れ丈が気になってしょうがなかったのである、全員。だから魚のfeelに期待したのだが、ミコの凄まじさは神様の領域をも超えていたらしい……。

 其の間にもエレクトロへの一方的な攻撃は続いていたが、軈てエレクトロの身体が頭上からの攻撃で地面にめり込み凹んだ後、攻撃が止んでミコが姿を現した。随分久しぶりに感じる其の姿は途轍も無く凛々しくて、圧倒的な頼もしさを感じさせるのであった。

「ミコちゃん!」「レインちゃん!」

 神様陣営と気象一族が双方夫々彼女の名を呼ぶ。其処迄させて漸く彼女は口を開く。勿論口頭一番は、結構な毒舌であったのだが。

「全く……情けないわねエレクトロ。わたしの攻撃に反撃どころか防御も出来ない体たらく、見下げ見下し減点よ。残念だけど2点だわ。3点はあなたにゃ早すぎるってね」

「てめえ……異次元に隠れた不意打ち三昧のくせして何様だコラ! 技のカラクリが判ればな、お前なんて怖くねえんだよぼっ?」

 エレクトロの口上は途中で打ち切られた。ミコが影帽子のがま口チャックを全周裂開と全開にして中から黒い拳銃を吐出させてそのままキャッチ、勢いを殺さず消速の銃弾――恐らく特殊銃弾こと衝撃弾をエレクトロに即発射し直ぐ着弾、衝撃波で吹っ飛ばしたのだ。

 其の手際の良さも注目して然るべきであろうが、真に着目すべきは其処では無い。最大のポイントは撃った瞬間拳銃を持っていた右手が消えた事である。今漸くして現れた右手と拳銃。先迄の攻撃中消えていたミコの身体とまるで全く同じであった。其の絡繰に着いてはエレクトロ同様判らないだらけの魚達であったが、消える現象が身体の一部だけでも行使可能と云うのは理解出来た。小さな一歩だが大事な一歩だろう。

 謎の攻撃を繰出したミコは、ニコリともせず憮然ともせず、中立の感情表情を保ったまま、冷静怜悧にエレクトロの方を向いていた。そしてミコは周囲全てに呆れた様に一息嘆息してから自身の繰出す切札の解説を始めたのだ。

「この消えたような技はね、わたしが永い年月の中で獲得した最高機密よ。でもね、今まで見せたことも魅せたこともなかったから『機密』ってだけ。あなたたちは知りたがっているようだし別にバラしたところでわたしとこの技の優位が揺らぐこともないからお望み通り教えてあげる」

(えーっ! 教えちゃうの?)

 魚は正直に驚いた。ミコも『機密』と認識している通り、切札と云う物は解明されない『秘密』であってこそ最強なのである。其のアドバンテージをミコは自ら放棄すると云うのだ。曰く、『バラしたところで優位が揺らぐこともないから』――自惚れでもなさそうなだけに一層凄まじい。どんな技なのだと、ここで認識とは正反対の欲求、即ち『自分もこの技の秘密が知りたい』と云う心の動きが生まれた事を、魚は確かに自覚した。「えーっ! 教えちゃうの?」と云う先に心の中で呟いた台詞が“嘘”となってしまったのである。もう偉そうな事云えない――魚は変節した自身の欲求に従い、他の連中同様ミコの技の秘密暴露を聴く立場へと(自ら)成下がった。

 そんな事をして時間は過ぎ、ミコが続きを語り出す。魚を初め周囲全員が耳を傾け集中する。

「そもそもね、この幻装レインコートを着た状態で繰り出す幻の身体能力なんてのは便宜上の名称にすぎない。レインコートを羽織らなくてもわたしは常にこの身体能力を発揮することが可能だしね。レインコートを羽織って発揮するっていうのはわたしが勝手に決めた“設定”。わたしの身体は常に全力の身体能力を発揮できるコンディションだったの。でもね、こうして実演した通りこの力は威力破壊力ありすぎるからさ、自制自律が大事なわけよ。わたしが普通に生きるため。そして俗世を壊さぬためにね。ところが、そんな修行にも似た長年の自制自律は思わぬ結果をもたらしたわ。いつでも解放可能だけどついぞ使わなかった身体能力はわたしの身体を刺激し鍛えていった。決して外には出さなかった力が身体の中を巡って覚醒させ続けたのよ。それが続くこと幾星霜、内なる力に鍛え抜かれたわたしの身体はいざ解放すればどこに身体があるのか、自分でもわからない速さでの移動を可能にするほどになった。消速を超えた“無速”の実現、ワープそのものを体得したの。これこそわたしの最終兵器、“花舞伎演目アルルカイン”よ!」

「消えた!」

「ぬかしやがって! 雷電せん……ガッ!」

 ミコの奥の手、“花舞伎演目アルルカイン”――名前を然う告げたミコは云うが早いか即アルルカインを繰出して俗世から消え、再びエレクトロを一方的に嬲りだす。エレクトロは雷電戦技で防御を図ろうとしたみたいだったが、ミコのスピードは『ワープ』こと“無速”の領域。防御が間に合う訳も無く、敵は再び攻撃の雨の中に晒される。その様子は一方的で、圧倒的で、徹底的だった。最早目に写るのは双方が闘う『戦闘』では無く、力が上のミコが格下のエレクトロを虐げる『苛め』にも等しい光景だった。其れ丈其れ程の戦力差が在ったのである。エレクトロは身体を電気体化させているらしく、打たれていても其の度に再生していたが、其れは回復でも防御でも無い。偶の緩急つけた休憩以外間髪容れずに略連続且つ容赦無く攻撃を続けているミコの前に、身体を再生させ人の形を保つだけで精一杯なのだと誰でも分る。増してや此処から反撃など……出来る筈も無いのが道理。ミコの姿は何処かも分らぬ次元に置かれ、俗世時空から消えているのだから。

 そんな感じに絶対的なアドバンテージを惜しみなく使い、ミコはエレクトロを襲い続ける。切傷、打撲、銃創、炎症――あらゆる攻撃手段を試すかの如く繰出す様は宛ら実験であった。其れと共にエレクトロの再生精度も落ち始めてきていた。限界ね――魚を初め、観ていた者達も決着が近付いている事を肌で感じ取っていた。

 と、いきなりミコが姿を現した。攻撃を中断してまで。攻撃中に魅せていた緩急による休憩とは明らかに違う、喋る為の長い休息であった。御丁寧にエレクトロが電気肉体を再生させるまで待つ親切さ。背心刀・雨と黒い拳銃NS46を下ろして構え、楽な体勢で只待っていた。至極暇そうに、である。

 すると、漸くやっとの体で再生を終えたエレクトロが遂に泣言を口にした。

「ぼ……暴力、反対。こんなの闘いでもなんでもねえ。てめえのワンマンショーじゃねえか。一方的に暴力振るって……てめえ満足なのかよ、ドゥワッ!」

 エレクトロがブツブツ宣っていると、ミコが今度は影帽子のがま口チャックから黒い足と黒い腕を一対出して其れをアルルカインの要領で消して攻撃として喰らわせる。腹を足蹴に頬平手打ち、順序立てた攻撃は突込みの様に冴え渡り洗練された連係動作だった。防ぎ様も無く喰らって悶え苦しむエレクトロを尻目に、ミコは黒い手足を取込んでから次の様に呟いた。

「あきれたものね。『闘いじゃない?』、あたりまえでしょこの半端者。ここまでやれば誰が観たってわかるわよ、わたしとあなたの実力差くらい。それを今さら蒸し返しても現実が変わるわけもなし。さらに減点、1点ね。『闘い』にしたいんだったら修行でもして出直しなさいよ、死んだ後の冥海でね」

「消えた!」

「くそ! どこに、ってここかよ!」

 詞を閉じて又もアルルカインで消えたミコは、瞬時にエレクトロの懐に飛込んで姿を魅せると、強烈なアッパーを打出してエレクトロを上空へと打上げた!

「飛んだよ!」「って高っ!」「大気圏突破するぞ、コレ!」

 観衆観客と化していた神様連中と気象一族が天井天辺を突破し続けるエレクトロを見遣って叫ぶ。実際其の観察は正しく、エレクトロの肉体は本人が拒む事も出来ずに宇宙空間迄届こうとしていた。

 そんなギャラリィ達の中にいて魚だけは皆とは違う者を見ていた。何を見ていたか――ミコだ。

 目立ってはいても所詮この騒ぎに翻弄されているに過ぎないエレクトロではなく、騒動を起している台風の目ことミコを見る。自身の眼とfeelの幻視画で。するとミコは無言の侭全周裂開で開いた影帽子の口から一対の黒い羽根を出すと、其れに頼ることもせず自身の跳躍力のみで宇宙へ向かって大ジャンプ。此れでもかと云う位にジャンプ力を魅せつけてきたのである。値千金の瞬間――其れを共有できたのは魚だけだった。他の仲間共下々共はミコが飛び去り遥か上空迄達した時点で漸く気付き、点となったミコを眼で追ってあーだこーだと良く騒ぐこと。正直少し鬱陶しい。

 でも収拾がつかなくなるのはもっと嫌な魚さん、feelをパンパンと二回閉じては開け、手拍子の代わりにすると、案の定反応した居残り観衆組全員に指示と提案を飛ばす。

「おそらくミコちゃんは次の攻撃で決める気よ。どんな巻き添えを喰らうかわからないからみんな、警戒は最高レベルにね! 二度は言わない、ていうか多分言えない!」

「了解よっ!」「合点承知!」「任された!」「俺の出番だな!」

 警戒を促した筈が、何故か皆調子に乗りだす――魚の本意とはかなり違う対応なのだが、慣れているので此れ以上は云わない。後は任せる、放任主義だ。

(さて、わたしはっと……)

 魚も自身に出来ることをせっせとこなす。feelの幻視画表示機能を弄くり、エレクトロとミコの姿を大局図と二者拡大図の二面三面構成に切り替えてミコとエレクトロを捕捉、観察を始めた。

 上方向に突飛ばされたエレクトロは俗世惑星と月の中間、宇宙空間の中間地点に達していた。其処を目掛けて飛立ったミコがぐんぐんどんどんと距離を詰めて行く。惑星と衛星を縮尺図として絵本の中に収めている中、縮尺なんて関係ないよと云わんばかりに目に分る移動速度でミコはエレクトロに迫る。そしてfeelがミコとエレクトロ二人の拡大図を一つに統合した瞬間――。

 

 ミコが遂に最後の技を繰出した。

 魚は聴覚を本に接続し聞取った。

 其の技の名を。叫ぶ彼女の声を。

 確かに聞き、唯一人知ったのだ。

 

 ミコはエレクトロに追付くと彼を踏台にして逆に追越して月の側に陣取ると、惑星側ことエレクトロの方に向き直り再度接近、左手の拳をエレクトロの腹に突出し一発喰らわせた後猫の手のように親指以外の四本指を折曲げた掌底の構えを右手で作り、技の名を叫んで打出した!

 

『盛者必衰、月砂鏡!』

 

 月砂鏡。ミコが然う呼び繰出した一撃はエレクトロに確定で命中――した途端両者の身体を双方向へ吹っ飛ばした。エレクトロを惑星の方へ、ミコを月の方へ、である。

 踏ん張る大地も無い宇宙空間での衝撃発生。両者共に吹っ飛ばされるのは作用反作用の法則からして当然導出される結果であった。然しスピードが半端じゃない。惑星に向って落ちて来ているエレクトロは重力加速も相まってあっという間に大気圏まで差掛かっており、月に飛ばされたミコも既に月の表面に……。

「あれ? ミコちゃん?」

 魚は其の一瞬、息する事を忘れた。エレクトロが未だ大気圏にも達していない中、彼女は既に月面に着陸し、地に足着けて両手も地に立て目ははっきりと遥かな惑星……では無く其処に落としている最中のエレクトロ一点に向け見据えていたのだ。

 そして彼女は手を着けていた月面の砂を指で削って掌の中に握りしめた後……跳んだ!

 跳んだ直後彼女の姿は花舞伎演目アルルカインなる技で消える。feelからも当然消えた。然し彼女の姿を捉えていたfeelは一秒も経たずに再度彼女の姿を表示する。其れは彼女がワープを終えたと云うシグナル其の物。何故なら彼女は最出現時既に、エレクトロとの距離を詰切り、蹴りを入れていたからだ。

「――つっ……!」

 背中と腰の接続部、更に真中背骨と髄を間違った方向へと蹴られ曲げられたエレクトロは声にならない悲鳴で悶えると其の侭蹴り飛ばされて大気圏に押込まされた。然う、「押込まされた」と云うのがミソ。其れと云うのも此のエレクトロ君、彼女に蹴られて惑星の大気圏に突入したのでは無い。惑星の大気圏を膜や物理面の様にでもしているのか、なんと大気圏の各空気層を突破らずに全層凹ませているのである。有り体且つ簡単に云えば、今エレクトロの落下と一緒に、俗世惑星の大気層全てが凹んで圧縮され、熱量とか色々諸共このプロマイズの街に落ちようとしているって事。空が潰れて落ちてくると云っても、まあ間違ってはいない話。

 そんな状況をfeelでもって把握した魚は身震いして総毛立つ。feelの幻視画が「緊急事態!」とビープ音と一緒に表示発信された瞬間にはもう逃げの一手を打っていた。

 両手両腕で自分の防護境界内に居た祝、哉、紫、焰、スノウ、サイクロン、トルネードを思慮力の力で浮かせて動かし、防護境界毎後ろにジャンプ。“全力撤退”を其の身で以て示したのだ。

 だが、そんな正しい対応が出来たのもfeelで宇宙空間を観察偵察していた魚のみ。宇宙が見える道具も無いし、宇宙が見えるほど視力の良くない周囲の神々や気象一族は空の色が夜の黒闇からほんのり七つの光を混ぜた色に変わったこと以外気付く事も無かった事実。当然feelで宇宙を見ていた魚を皆が頼りにしていたのだが、其の魚が何も云わずに撤退と云う『即行動』を採ったので、着いていけずにプチパニック状態なのだ。

 なので誰ともなく魚に尋ねる。「どうしたの?」と。

 すると魚は早口で捲し立てる。「全員即退去!」と。

 聞いた皆は詞の意味を理解するより先に魚を見習って取り敢えず退去しようとした。其処迄は良かった――が。

 一歩も二歩も遅かった。皆が退去を始めようとした矢先、大気圏を圧し潰したエレクトロが地面へと衝突したのである。

「ぎゃああああああ!」

「はにゃあああああ!」

 エレクトロと大気圏全層が地面に衝突したことによって発生した強烈な衝撃が退去仕損ねた神様&気象一族の大半と退去していた筈の魚達も全部引っ括めて吹飛ばす。地面から弾かれ宙に浮いた一瞬の隙に衝撃を食らい一気に飛ばされる――力学の教科書に例題問題として載せたくなるような稀に見る空想仮定条件が現実になった状況下、魚達は正に実験台宜敷く空想でしかないような理想的な飛びっぷりを魅せたのである。誰が見ているわけでもないのに。全く以て運命の悪戯、若しくは奇跡の無駄遣いとしか言い様の無い、只只管に惨事であった。

 其れでも皆実力者、腐っても神様と気象一族である面々、何とか飛ばされ状態から姿勢制御して空に浮いたり地に足を着けて立ったりと再行動の狼煙を上げ始める。そして行動可能になった全員が注目したのは、衝撃の原因こと墜落したエレクトロであった。

 その有様だが――まあヒドいのなんの。

 何が酷いのかと云われたら先ず真先に皆が答えるのがエレクトロの五体惨状。関節は外れているわ骨は折られているわで、まともに動ける要素がゼロ。まるで壊れたロボットであった。

 だがそれでもエレクトロは動いていた。否、正確には反射反応の動作と云った方が適宜だろう。神経系を行来する電気信号が暴走混線状態になっているようで、関節とは逆の向きに手足が曲がったり、唐突に跳ねて仰向けから俯せに回転直下したりと意味不明もとい意味不在の動きをエレクトロは繰返し続けていたのである。魚の活け造りよりも遥かに不気味で奇怪な悶え振りはまるで酷すぎる障害の発病を見ているような気分。気持ち悪くなって目は細くなり、喉は詰る。途轍も無く息苦しい時間が続く。まだ衝突から一分も経っていないのにだ。

 そんな感じに魚達が遠目で見ていると、程なくして見られていたエレクトロに変化が現れた。折れた手足や関節は其の侭だが、動きが少しずつ意味のあるものへ――エレクトロ自身の意思で動いている様に見え始めたのである。無論彼の意思ではない電気信号による唐突な動きが消え去った訳では無い。腕を立てて起上がろうとしていきなり痙攣し背筋運動をして倒れ込むなんて動きもあった。然し其れに抗う様にエレクトロは食下がっていた。

「ア、アアアアアア……」

「エレクトロ……まだ闘う気があるというの」

 決して近付かないポジションから眺めていた魚達は其の凄まじい執念に思わず息を飲んだ。相手は歴とした敵――其れも自分達を窮地に追いやった実力を持っていた筈の強敵である。其れが今や一方的に嬲られて満身創痍となっている――魚達は因果の恐ろしさに思わず身震いした。同時に「やられる側」に身を落したエレクトロの消えない戦意を、敵ながら見事天晴と評価してやりたい気持にも駆られた。先述した通りエレクトロは『敵』である。然し評価とは主観から出ても終点は中立である。なまじ元が結構中立な神様仲間達と気象一族だけに、自分達の恨みさえも何処か彼方へ忘れて置いて、真っ当に評価してしまうのだ。なので尚も足掻き続けるエレクトロを見て皆思った、『その闘争心は大したものだ』と。

 そんな生暖かい視線の衆神環視の中、エレクトロは更に復帰を促進させ、ぐるぐる回っていた目も一点を見つめる程に回復し、歯軋りし、身体を起そうと地面に立てた手にも力を入れ始めていた。支離滅裂な言語ですらない音を発していた口も、段々と思いの丈を表す喘ぎに変わってきていた。其処から聞取れるのは、未だ衰えぬ戦意と敵意。彼女だけでなく自分達にも其の敵意、更には殺意が向けられているのを感じ取り、魚達は再び戦慄する。口元を苦く歪めて、一歩は無いが半歩後退る。

 段々と身体の機能を回復していくエレクトロ。此の侭復活されてしまうのか――遂にエレクトロが上半身全てのコントロールを略取戻して上半身を起しかけた其の時!

 

 彼女が――ミコ=R=フローレセンスが帰って来た。

 

 然も帰還の仕方が滅茶苦茶強烈。何と起上がりかけたエレクトロの頭を踏み潰して着地したのだ。更に其の時の衝撃で、エレクトロが圧し潰していた全ての大気層がエレクトロとミコを貫通して上空へと反発上昇。其の際一緒に圧迫されていた大気圏の熱が瞬時に戻ろうとする最大速度の熱運動も加え、二人を一瞬で焼き尽くしたのである。

「ミコちゃん!」「レインちゃん!」

 地上でミコを待ちエレクトロを監視していた魚達一同慌てふためく。だがそんな心配要らぬが無用、ミコは幻の身体能力とやらの所為なのか、全く焼ける事も無くピンピン元気な姿のまま、平然と立っていたのであった。

 寧ろ注意を割くべきなのは、やられ過ぎたエレクトロの方。こっちは案の定「ダメ」だったみたいで、大気層の焼却作用にも耐えられずに完全に燃えカスと化し、天へと昇り還って行く大気の流れに乗って行った。白い煙と黒っぽい灰色で上空へと向う風を一寸だけ汚した後、撹拌されて透明へと消えるエレクトロの身体。電気で出来ていた身体の炭化は焼却且つ消却の運命。電気的な引力に依る再生も不可能な程分解された肉体は、そのまま燃えカスとなって風景の中に溶けていく。

 そして其れとは別に電気の侭自然に還る物も有った。ミコが踏み潰したエレクトロの頭部である。ミコに踏み潰された瞬間、本体とは切離されて再生自在な電気体として攻撃を受けたエレクトロの頭部。然し彼の頭が受けたダメージは再生を許さない程の衝撃だったようで、電気体として飛散った頭部の欠片達は其の侭電気として自然に還ってしまったのだ。無念の詞も末期の台詞も、断末魔さえ赦さない、圧倒的なミコの破壊ぶり。

 正に無双。正に無敵。

 絶対完封。此れこそ完全勝利也。

 誰も知らないから無敵なのではない。誰が知っていようとも無敵だという絶対の理。

 其の理を従えた彼女――ミコ=R=フローレセンスの圧巻活劇絵巻は、次の台詞を以て第一幕を下ろしたのであった。

「これで0点、The end。壊れ悶えて泣いて散る。バカの最期はこうでなくっちゃ」



 エレクトロを完全に抹殺したミコは、其の侭暫く動かなかった。まるで勝利の余韻と若干の虚脱感に浸っている様で、周りから見ていた魚達見学衆は声ひとつかける事も出来ずに固唾を飲んで其の様を見守る事しか出来ない。

 だがそんな静寂を打ち破る者達が居た。エレクトロの口車に乗ってのこのことコンタクトの国民となり、“信じる力”の源泉にされていた契約教の信者達だ。

 群がっていたのは主にエレクトロに破れた魚達を拘束していた警備隊の連中。ミコの鉄球砲弾射撃で一目散に逃出していた者達が、エレクトロの消滅を見届けた後神様達と気象一族のメンバーを追越してミコの元へと駆寄ったのだ。其の時発した図々しい台詞がコレ。

「おおお! ミコ様、ミコ様はやはり我等を導かれた! 本当に恐ろしゅうございました、先達者サンダー殿がよもやあのような怪物だったとは……私共も知らぬことだったのでございます。しかし本物のミコ様はそんな我等を見捨てずにこうして駆けつけて下さったのでございますね。もう……身に余る光栄でございます」

「うーわぁ、なーんて自己中なの」

「全くだ。こんな奴等に一時拘束されたのか俺僕達」

 神様仲間の辛口コンビこと翠と進が阿吽の呼吸で毒を吐く。普段なら周りが窘めている所だが、今回は余に翠達の方が正論なので皆文句を言わない。俗世の御調子者達は、こんなにも図々しいのか――と、一寸俗世が嫌いになるくらいだ。でも神様達に気象一族、何の行動も起さない。文句も其れ以上は口にしない。なぜか?

 だってミコがこういう手合いを一番嫌っている事を、全員知っているからだ。

 そう、ミコは信じる事も信じられる事も大嫌い。自分を崇拝しているとか宣う輩にこんな厚かましい口利かれて我慢が出来るような女ではない。きっと何かしらの拒否反応を示す筈――魚達ギャラリィは然う睨んでいたのだ。

 然う思い、そして期待していたら案の定ミコは行動を起した。本当に期待を裏切らない女である。予想は軽く越えるのであるが。

 注目の的であるミコ=R=フローレセンス、唐突に天を見上げる大仰なポーズをとって周囲を硬直させると、上に向けた影帽子のがま口チャックに出していた全ての道具を一度仕舞ってから何やらひとつ、或る物を吐出す様に飛出させた。

 其の「或る物」を見た神様達は面食らう。何故なら其れは極々一般的で変哲も無い、ラッパことトランペットだったのだ。「あれだけ溜めといて出したのトランペット?」と、神様達はミコの行動が少々大袈裟に思えてしまい、一寸ガッカリもしてしまう。

 然し其れは大いなる間違い失敗ミステイク。ミコの事を神様よりも良く知っている気象一族の面々は、ミコよりも大袈裟に騒ぎ出したからだ。

「アレは……チャーリー=P=トランペット! レインちゃん本気だ! 本気でこの国の市民を一人残らず追い出す気だよ!」

(チャーリー=P=トランペット……とな?)

 ミコの事を一等良く知っているであろうウィンドが、矢鱈と耳に残る叫び声と叫び方でミコの行動を分析解説してくれたのだが、其の内容は魚達神様連中をひどく揺り動かすのであった。抑何でトランペットに「チャーリー」なんて名前が着いているのかが分らない。しかも苗字は「トランペット」、まんまである。此れを聞いて思わず笑ってしまう連中も出た。無理もない。それくらいボケているし巫山戯てもいるのだから。

 そんな感じに笑いどころの道具を持ち出してはいたが、ミコ自身は真面目らしい。其れはウィンドの叫びがかなり真剣……もとい深刻と取れる点から確り読取っていた。でも、どう云う手段なのかは一向に見えてこないのだ。普通なら楽器を吹く? そんな事は神様達だって百も承知。だけど今注目しているミコ=R=フローレセンスは、控えめに云っても「普通」ではない。其れを知っているからこそ悩むのだ。

 そんな周囲が注視する中、俗世の中心にいるミコは何食わぬ顔で落ちて来たトランペットを手に取り、衝撃の行動を魅せた。

 手に取ったトランペットを吹いた――其処迄は納得出来るのだが、吹いた内容が大問題。

 何とトランペットを吹いて「まもなく〜分岐交差路。事故発生〜事故発生〜♪」と詞を発したのである。腹話術でもダブルトークでもないのに此の御業、最早神業をも完全に超えていた。ビックリドッキリ正に『芸』術である。

 然も喋った……もとい吹いた詞にはまじない系統の言霊効果が付加されていたらしい。「交差路」、「事故発生」という単語から不穏な空気を抽出して増幅発信、感情情報を戦略展開する事で此の新国家、コンタクトの市民国民全員に強烈なショック効果を齎した。

 其の結果どうなったか――云わずもがなミコの勝利である。あれだけミコを崇めて群がろうとしていたコンタクトの市民達はミコの姿を見た途端この世の終わりみたいな顔をしてガタガタブルブル身体を震わせ、終いには「うわあああああっ!」と恐慌状態、悲鳴を上げて逃出したのだ。全く、呆れる程に見事過ぎる「邪魔者一掃」の後始末。其の効果は絶大で、30分も経たない内に、コンタクトの国民は全て国境ライン迄逃げていたのだ。プロマイズの街もあっという間にゴーストタウン、居るだけで寂しく空しい街へと変貌してしまったのである。ミコを崇めて肖ろうとした者達の末路が此れ――兵共が夢の跡、神様達はしみじみと栄枯盛衰の哀愁を感じていた。そして其の有様を埋めるかの様に、ミコがトランペットで一曲名曲知らない曲を演奏していたのである……。



 ミコがエレクトロを倒し、コンタクトの国民達を追出してから更に10分、漸く曲の演奏が終り、ミコは自らトランペットを宙に放り、がま口チャックから黒い舌を出して回収、影帽子の中へと戻した。そして本気の証であった幻装レインコートも消して脱ぎ、此処へ来た時と同じ格好に迄戻り、魚達神様連中及び気象一族の方を向いた。改めて此方を向かれると、皆変に硬直緊張してしまう。きっとミコが気持を戦闘姿勢の侭にして此方に向いているからだろうと神様達は直に察しがついたが、文句は一言も云えなかった。緊張している硬直している、勿論理由のひとつふたつだが、其れ以上の心当たりが在る。そう、自分達はミコの手を煩わせてしまった役立たずと云う事実。一等一番とても重い。ミコは事を起したエレクトロやコンタクト国民だけでなく、事を収拾しようとして出来なかった神様達と気象一族にも怒っているから戦闘姿勢の心其の侭で此方を見据えているのだと、察しの良い魚は気付いていた。反論出来ないだけに、暫くは針の筵気分を我慢する他なかった次第。

 然し暫く経つと我慢の出来ない子達が空気を読まずに発言し出した。「一体誰よ」と魚が振向いてみると、其れは自分が保護していた愛弟子の祝と哉。更に紫と焰が加わって、気象一族の子供達と合流、ミコの後輩の女の子、スノウとサイクロンが先導主導するミコへの主張に合の手を入れていたのだ。

「レインお姉様、助けてくれてありがとうございました! わたしがか弱いばかりにお姉様の手を煩わせてしまってごめんなさい……わたし、お姉様に助けられたご恩、ずーっとずっと、忘れません!」

「サイクロンのいう通りですっ。気象一族は今回の恥とご恩を心に刻みつけて生きていきますよっ!」

「ほんに〜ほんに〜ミコちゃ〜ん、助けてくれてありがとなー」

「ま、こうなるわよね。ありがと」

 先ず気象一族の娘っ子二人がミコへの感謝と自分達への恥を公表し、其の後巻かれていた神様陣営から焰がキャラに似合わない、まるで落のような喋り方でミコに馴れ馴れしく礼を云い、紫が淡白に用件をピシャリと告げて終った。未だ戦闘姿勢を解いてない今のミコ相手にこんなトークは「火に油では?」と、魚や周りの神様達は懸念を抱いたが、ミコは後輩(サイクロンとスノウ)に優しかったらしい。先ず抜け抜けずけずけと話をした紫と焰に対して、指差してから『指線』を飛ばしてデコピン級の衝撃を2名の額に当て、軽く「お仕置」すると、其の侭の体勢から顔だけほっこり柔く微笑んでサイクロンとスノウに笑みを魅せたのだ。取り敢えず無難な落し所に着いたので、皆が胸を撫で下ろし安堵した。紫と焰は信賞必罰の因果応報と理解した上でだ。

「ひさしぶりね、みんな。みなさん。随分懐かしい感じではありますが、そもそもわたしとしてはもう会うつもりもなかったのよ。なんで再会しちゃったのかしらね?」

「そりぁー、今回の一件、テーマがミコだったからでしょ? あんたが一番嫌っている信じるだの信仰だの国家だのを持ち上げられちゃったんだからさ。しかも御神体・崇拝対象があんたときたらね〜、誰よりも、あんた自身が放っておけないでしょうに」

「まあね。そこは希のいう通りではあるわ。お金も払われずに勝手に御神体にされちゃあね。ま、気に食わないのでお金自体受け取らないのがわたしですが……でもね、既に人生三周目も終わりに近づいていたわたしが俗世の騒ぎにホイホイと出庭ってくると思ったら大間違いなんだからね。このことは神様さん達なら特によく分かっているはずでしょ?」

「う……むぅ……」

 ミコの指摘返しに神様一同は息を呑み黙りこくる。然う、神様達は零以外皆全員知っていた。ミコが辿る“その先”がもう其処迄来ている事を。ミコの“真実”を、知っている。“期限”が“死”より先に彼女の前に来ている事を、あの時アパートでミコから直に教えられ、魚の説明で全員理解させられていた。今になって思い出し、皆が自分を戒める。

「え? え? どういうこと? レインちゃん、いったい何を話したのよ。ねえ?」

 ミコの話に納得する神様達を余所に、「まるでわからない」と疑問を示すウィンドを始めとする気象一族。此の時初めて魚達神様陣営はミコが気象一族の仲間達には“あのこと”を知らせずに旅をしていたのかと理解する。同時に話さなかったミコの立場、ミコの気持が分るような気もしていた。人生二周目、39代目レインの人生を共に過してきた気象一族の仲間達だからこそ、云えなかったのだろうと……。

 そして此処でもミコは自分の口で“真実”をかつての友人達に教える事はしなかった。「雨が降りそう……わたし行くわ。じゃあね。バイバイ」と会話を切上げ、あの時みたいに湖の水に飛込んで水門連絡で何処かへと消えてしまった。パッと現れ、サッと消える。本当に雨――通り雨みたいな存在だと、神様達はしみじみと感じていた。

 一方、サッと消えられ「逃げられた」と感じている風の気象一族の面々達。説明を求める矛先をミコに向ける事が叶わなくなった気象端末達は、其の矛先を神様達に向けてきた。此処で捕捉しておくと、神様達にミコの事を聞きたがる視線を送ってきた気象一族のメンバーは、エレクトロとの闘いを経て尚何とか無事だったウィンド、カーレント、スノウ、サイクロン、トルネード、メテオの六人に、神様達を一定時間足止めして破れて倒れて今になり、仲間や神様達の恩情で復活したボルケーノを加えて七人であった。子供達は保護してくれた魚や祝、哉の方を向き、ウィンド達は近場で適当適切な位置に居る神様達に視線を飛ばしては強請るのであった。其れに神様達も根負けし、「いいかいいや」と話してやる。

 

 ミコの“真実”を、教えてやる――。

 

「まさか、そんな……」

 話を聞いた気象一族の者達は全員震える事も無く、立ち尽し固まってしまった。余りに衝撃的な真実は、心拍も時間も停めてしまうからだ。だが、暫く時間が経つと呆然と固まっていた気象一族の顔に感情が甦る。くしゃくしゃの顔、俯いた顔、泣きそうな顔と、各々がミコと培ってきた『距離』に応じて表情の変化で『自分の気持』を示す。其の様子を神様達は決して馬鹿にする事は無く、真剣に親身に見守っている。

 すると、其処へ天から一筋の雫がポトリ……。

 雨だった。何時しか空は雨雲に覆われていた。

 時が経ち、雨は音も無く本格的に降り始める。

 声も無く泣いている、気象一族の涙のように。

 軈て、様子を見守っていた神様達が静かに其の場から消えて行く。泣いている気象一族を置去りにして。

 静かに。景色に溶ける様に。

 すると残った気象一族も泣くのを止め、闘いに敗れ気絶したままの三頂老にシャインとクラウドを瓦礫の中から持上げて荷物にすると、抱えて一歩を踏出した。自分達の里へ帰る為の一歩を。

 程なくして気配は消えた。新たに作られた国家コンタクトから、人の存在は完全に消えた。ハリボテの新国家は、たった数日で完全に滅び去ったのだ。

 そして、この日俗世からふたつの存在が消えて無くなった。

 

 ひとつは、国家や宗教等を騙る、時代にそぐわぬ社会形態集合形態。

 そしてもうひとつは、ミコ=R=フローレセンスという名の女性。

 ふたつの存在が、俗世の記録から完全にこの日から消えて無くなったのだ――。

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