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 リアは絵を描くのがとても好きだ。最近はクレオやクロやチビの他に、花や雲や星も描く。チビは死んでしまったけれど、絵の中では今でも楽しそうに泳いでいた。リアの絵には、花にも雲にも星にも、目と口が描かれていた。紫と緑だけを使って描いた独創的な絵。全ての色のクレヨンを使って描いた、極彩色の絵。魚たち。咲き誇る花々。色とりどりの猫。きのこの家族。星座。魚や花や猫やきのこは、ニッコリと笑っていた。笑いかける花々。空に浮かぶ雲の笑顔。リアの目にはこんな風に世界が映っているのだろうか。海の絵は、海の中だった。ニコニコ笑っているイルカたちと一緒にリアが泳いでいた。リアの絵の中では、リアは必ずリボンをしていた。私にも、男のソウにもリボンが付いていた。とても微笑ましかった。リアの絵の中ではいつでも私たち家族は三人一緒なのに、現実はソウと一緒に出かける日は減っていった。


 十月最初の土曜日はリアと自転車で海に遊びに行った。砂浜で貝やシーグラスを拾った。帰りはスーパーに寄る前に坂道を登って観賞魚専門店に行った。

「魚たちは元気ですか?」

 男の店員さんが聞いた。チビが死んだ事はインスタグラムに書いた。

「魚は元気です」でも私は元気じゃない。

 そんな事が言えるはずもなく、水槽用のフィルターを二種類とソイルを買った。今日は海の写真を投稿した。帰りにアヌエヌエに寄った事もコメントに書いた。今では十人以上の人が、コメントを返してくれていた。同じアヌエヌエのお客さん。同じベタが好きな人。同じ園ママの人。同じ持病に悩まされている人。リア友はほとんどいない私だけれど、こうして会った事がない人たちと繋がっていた。インスタグラムの事はソウにもタツヤの彼女にも話していなかった。コメントをし合う中で実際に見知っているのは観賞魚専門店のアヌエヌエの店員さんだけだった。私は一人でクレオとクロの水槽の水を換えて、フィルターを換えた。伸び過ぎるクレオの水槽の水草を切ってガラス製のボウルに敷いたソイルに植えた。そっと水を注ぐ。これでクレオは鰭を広げやすくなるだろう。

 二日後、急にクロの元気がなくなった。じっとしている時は体が傾いていて死んでいるように見えた。餌をあげた時だけは元気よく泳いでいた。クロが動き出すまで、心配で仕方がなかった。リアが心配してクロに声をかける。リアの声に反応するように、クロは少しだけ鰭を揺らした。

 日曜日の朝。起きるとクロは死んでいた。今日は図書館に行く日だった。返す本を纏めているとソウが起きてきた。

「クロが死んでた」

「マジか……」

 水草だけになった一台の水槽をソウは眺めていた。

「熱帯魚屋行く?」

 ソウは新しい金魚を買いに行こうとしてくれていた。リアもきっと飼いたがるだろう。でも、私はもう同じような気持ちになりたくなかった。とても懐いているクレオまで死んでしまったらどうしよう、と思った。消耗品のように命を次々と買い換えたりしてもいいのだろうか。まだ新しい魚を迎える気分にはなれなかった。

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