くうそう脳

泡沫恋歌

タイムマシン ①

 ガンガラガッチャーン!

 真夜中に俺の住む、1Kのアパートにものすごい騒音が鳴り響いた。

 びっくりした俺はベッドから転がり落ちて目を覚ました。なにが起きたのかとキョロキョロと部屋の中を見回せば「痛たたぁ……」と、腰をさすりながら、見知らぬ男がうずくまっている。

 その男は白い防護服ぼうごふくのようなものを頭からスッポリと被り、口には毒ガス用のマスクまで付けている。

 いったいこいつは何者なんだ? 新手の空巣か? 呆気にとられて俺は言葉も出ない。


「いやぁー驚かせて、すみません。タイムマシンの調子が悪くて着地に失敗しました」

 そういうと、男はクックックッと機械音のような耳触みみざわりな声で笑った。

「タイムマシンだって……?」

 こいつはバカか? 電波君か? 

 いきなり意味不明なことをしゃべり出したこの男を怪訝な顔でみる。

「さぞ、この格好にも驚かれたでしょうね。21世紀の日本は、空気中に放射能やセシウムが含まれていて、かなり危険なんですよ。まったく仕事とはいえ、こんなところには来たくないですねぇー」

 得体のしれない男は、俺に親しげに話しかけてくるがもちろん初対面である。――そんなことは知るか、早く俺の部屋から出ていけ!

「申し遅れましたが、わたくしはタイムトラベラー社の委託で、あなたのを務めさせていただいております。――G4と申す者です」

 タイムトラベラー社って時間旅行社ってことか? そんな会社がある訳がないだろう。しかも俺のだと!?

 その言葉にムカッときた俺は、そいつを思いっきり睨みつけやった。


 ――俺はツイテナイ男だった。


 孤児に生まれついた俺は両親の顔すら知らない。

 物心ついてから、ずっと児童養護施設で育てられてきた。神童しんどうと呼ばれるほど、勉強が得意だった俺は一流大学を目指して勉強に励んだが、なぜか本番に弱く、受験に失敗して二浪してしまったのだ。それで仕方なく、大学の夢を諦めた。


 高卒だったが、辛うじて中小企業に就職ができた。

 営業部に配属された俺は人一倍仕事を頑張ってきたつもりだ。最初は営業成績をどんどん上げて、我が社の期待のホープとかみんなに言われていい気になっていたが――それがどういう訳か? 大口の契約が取れても、土壇場どたんばでいきなり先方からキャンセルされることが多くなった。

 先方に理由を訊きに行っても会っても貰えず、門前払いされた。そんな失敗が何度か続いて……社内での俺の信用はガタ落ちになった。

 無能の烙印を押された俺は、営業部から外されて、今度は資材部に回された。

 薄暗い工場の倉庫の中で物品の数をかぞえたり、不足した部材を発注するだけの仕事だから、一日中、誰とも口を利かないこともある。完全に窓際ポジションだった。


 ――そんな孤独な俺は、趣味で小説を書き始めた。

 資材部の仕事は暇なのでアイデアを考えている時間はいくらでもあった。たぶん妄想の世界で自分自身を慰めようとしていたのかもしれない。

 毎日、毎日、パソコンに向かって小説を書き続けた。俺のホームページにはだんだんと読者ファンが増えて、小説を書くことが楽しくなった。

 ある日、ホームページの小説が一流出版社の編集長の目に留まった。

 俺の作品を読んで「素晴らしい芸術作品だ!」と絶賛してくれた。そして無料で本の出版させてくれると約束してくれたのだ。やっと才能が認められた! 俺は小躍りして喜んだ。――それなのに、その編集長からぜんぜん連絡がこない。

 焦れて「出版の件はどうなりましたか?」こちらから電話したら「はぁ? あんた誰? 出版なんか知らない」と軽くあしらわれた。

 あまりのショックに、俺はもう小説が書けなくなってしまった。

 書きかけの小説もホームページもずっと放置したまま、訪れる人がいなくなって、ついに創作を断念した俺は、自分のホームページを閉じてしまった。


 ――いくら頑張っても、俺の存在を誰も認めてはくれない!


 結局、なにをやっても上手くいかない、自暴自棄になった俺は深酒をするようになった。友だちのいない俺は、コンビニでアルコールを買ってくると、アパートの部屋でひとり飲んでいた。

 アルコールが切れると、すぐにコンビニに走り買ってくる。――そんな日々が続いたある日、コンビニで働く彼女が、俺の様子をみに訊ねてきてくれた。

 彼女は美人ではないが、心根の優しい女性である。

 俺が頻繁にアルコールを買いにくることを心配してくれていた。彼女と話している内に俺の心も癒されていき、だんだんと深酒もしなくなってきた。

 その内、彼女は俺のアパートに頻繁ひんぱんに通ってきて、食事を作ってくれたり、身の周りの世話を焼いてくれるようになった。

 そんな彼女のことが俺は好きになり、真剣に結婚を考え始めて、ついに彼女にプロポーズしたのだ。

 彼女は「嬉しいわ」と、俺の気持ちに素直に応えてくれた。俺は有頂天だった! 今度こそ、愛する女性と幸せになってみせると心に誓った。


 しかし……俺には誰にも言えない秘密があった、実は女性とセックスができないのだ。決して女性が嫌いな訳ではない、ゲイでもなんでもない。――なのに、肝心なときに俺の下半身はショボーンな状態なのだ。いくら興奮しても振るい起たないのだ。

 (´・ω・`) ショボーン


 もちろん、医者にも相談した「ストレスでしょう……」というばかりで、抜本的ばっぽんてきな治療法もない。このままの状態では結婚はできないし、子どもも作れない。

 ――男として、俺は不能だった。

 けれども、俺は勇気を出して――そのことを彼女に告白したら「子どもが作れなくてもいいの、あなたと暮らしたいから、それでも幸せなのよ」と、彼女が言ってくれた。そして将来どうしても子どもが欲しくなったら『試験管ベイビー』だって構わないわよ。……と、そういって彼女が優しく微笑んだ。

 まさしく女神のような女性だ! 俺は彼女だけは死んでも手放したくないと思っていた。


 そんな彼女が突然いなくなった――。

 勤めていたコンビニも急に辞めて、どこかへ姿をくらませてしまった。俺は捜した、どんな小さな心当たりでも全て捜した、彼女を必死で捜し続けたが……結局、見つけだすことはできなかった。

 サヨナラも言わないで、急に消えてしまった恋人の気持ちが分からず、俺は混乱して心底絶望した。――もう死んでしまいたいとそう思った。

 その夜、したたかお酒を飲んだ俺は38階建てのマンションの屋上からスカイダイビングした。遺書は書かなかったが覚悟の自殺だった、ツイテナイ人生に俺はサヨナラしたかったんだ。

 鳥のようにビルから急降下していく――。

 ……だが、気が付いた俺は……マンションの植え込みの中で眠っていた。かすり傷ひとつない、ピンピンしている。確かに38階の屋上から飛び降りたはずなのに……死んでいないなんて……? そんなバカな! あれは夢だったのかな?

 なんだか拍子抜けして、それですっかり死ぬ気が失せてしまった。


 あれから半年、やっと平静を取り戻した俺は、相変わらず倉庫の片隅で物品の数をかぞえる仕事をしているのだ。――死んでいるのか、生きているのか分からない、夢遊病者のような日常、なんの希望もない今の生活だった。

 今日、会社の帰りに通りかかった宝くじ売り場でロトシックスを買ってみた。

 会社の同僚たちが、キャリーオーバーでロトシックスがに跳ね上がっていると話していたからだ。どうせ、当たらないとは思うけど……何でもいい、小さな希望が今の俺には必要だった。

 マークシートに番号を選んで塗り潰していく、頭に浮かんだ数字は375642(皆殺しに)そんな番号をロトシックスに俺は選んだのだ。 

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