ひとひねり飯

和本明子

第1話 蕎麦カツ茶漬け


 午後八時――夜空に金色の満月が浮かんでいた。

 電車の窓から流れ行く街の灯りを眺めていると、徐々にスピードが落ちていき、やがて停まった。


 電車の扉が開き、ドッと大勢の人たちが降りていく。


 その群衆に紛れて、疲労感一杯の表情を浮かべた27歳の女子もホームに降り立った。


「あー、お腹空いた。ご飯、何しようかな……」


本日の仕事も終わり、家に帰宅中。

ただ家に帰っても、独身一人暮らしの家には誰も迎え入れてくれる人は居らず。


ということは、つまり……家に帰っても、ご飯の用意はされていないこと。誰かではなく、自分がご飯を作らないといけないということ。


「うん、面倒臭い。今日は、普段はデスクワークなのに手伝いで力仕事もしたから、もうクタクタ……。どこかで食べて帰るかな……」


 幸い、現在地は駅付近ということもあり、様々な飲食店が点在している。


「牛丼……ラーメン……パン屋は、もう閉まっているか……」


 品定め……もとい店定めをしながら歩いていると、駅チカでお馴染みのチェーン店蕎麦屋の前で足を止めた。


「お、蕎麦。蕎麦か……。でも、結構お腹空いているからな。蕎麦だけじゃ、物足りない……」


 蕎麦屋の窓ガラスに貼られているポスター『お得な丼セット!』がこれ見よがしに目に入る。


「丼と蕎麦セット……これよ!  丼は、もちろん……カツ丼ね!」


 蕎麦とのセットの定番となれば、カツ丼。蕎麦とカツ丼は、王道のコンビだ。

 それに、蕎麦やカツ丼のランクが低くて(味が悪くと)も、セットというオマケ勘があるからなのか、それなりに我慢ができる理由にもなる。


 店に入ると、小奇麗な内装にテーブルや椅子も置かれており、客が数人程度居り、自分と同じ女性客も居た。


 こういう駅チカのチェーン店の蕎麦屋は、オッサンたちの溜まり場というイメージがあるだろうが、昨今では女性客を獲得する為に、それなりに力を入れている。

 店内は明るく綺麗に清潔が保てられて、女性一人でも気楽に入り易い雰囲気を醸しだしているのだ。


 さて、注文する(食券を店員に渡す)時に、蕎麦を冷たい(もり蕎麦)か温かい(かけ蕎麦)かを選ぶことが出来るのは周知の事実。


「セットの時は、蕎麦は冷たいの方が私は好きなのよね」


 かけ蕎麦を味噌汁代わりにする人もいるだろうが、かけ蕎麦は味噌汁ではない。

丼飯を口に入れて、蕎麦の汁を啜る。何か合わない。どうも違和感が生じて仕方がない。


 それに熱いと冷たいを交互に食べた方が、より味が際立ち、味を楽しむことが出来る。と、個人的には思っている。


 三分ほどで注文したカツ丼セット(冷蕎麦)が出される。

 家で作ろうとなると、この何十倍も時間がかかるだろう。流石は日本の元祖ファーストフード店である。


 空いている席に座り、いざ実食!


「蕎麦ズルズル、丼パクパク、カツをガッツガツってね。うん、美味しい!」


 しかし、セットものは結構ボリュームがあるので、後半になると味に飽きたり、満腹が近くて苦しくなってしまう。


「うぷ。結構空腹だったからサラリと完食出来ると思ったんだけどな。残すほどではないし、食べるなら最後まで美味しく食べるのが私の心情!」

 

 カツ丼、蕎麦つゆ、漬物、薬味(ネギ、ワサビ)が、少々が残っている。


「食べかけのカツ丼の器に漬物と薬味を添えてから、蕎麦つゆをぶっかけると。

この状態でも食べられるけど味が濃いから、ここでひとひねり。“そば湯”を入れて、味の調整を行って……『蕎麦カツ茶漬け』の出来上がり!」


 サラサラと流し込む。残っているカツの衣が出汁を吸って油っぽさは感じさせない。漬物の歯ごたえが良いアクセントにもなる。


「蕎麦、カツ丼、そしてお茶漬け。まさに一石三鳥な食べ方ね!」


 こうして見事米粒一つ残さずに食べきれたのであった。


「ふー、ごちそうさまでした。お腹一杯。……はあー、早く帰ってひとっ風呂浴びて、眠りたい……」


 食欲を満たして店を出ると、真っ直ぐ家路を急いだのであった。




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