第27話

 練習が再開したその日、練習の後携帯電話を見ると鏡也からメッセージが入っていた。


『レスリング部入ることにするからお前も俺の頼みを一つ聞け』


 なぜテスト勝負に勝った者が頼みを聞かないといけないのかと一瞬思った海生だったが、せっかくレスリング部に入ってくれる気になっているのだからと『良いよ』いう返事を返した。


 そして返ってきた返事はさっそくその頼みのことだった。

『土曜の夏祭りに付き合え』とのメッセージに、

『練習したいんだけど』と返すも、却下され場所と時間を指定された。


 ____________________________


 土曜の夕方、待ち合わせ場所に来た海生は鏡也と合流した。待ち合わせ場所は祭り会場から少し離れた市役所の前だった。


 鏡也は私服で袖が肘まであるロングTシャツにネックレスというファッションで来ており、海生は袖が短めの夏でも着れるパーカーを身に着けていた。


「海生お前良いよって言ったくせに、練習したいとかいってんじゃねぇよ。一日中練習するわけでもあるまいし」


 鏡也はこの前の携帯でのやり取りのことを言っているらしい。


「いや練習終わった後も練習したいし……」


「スマン海生、お前が何言ってるのかちょっと分かんない」


 じゃあ行こうかと歩き出そうとする海生に、ちょっと待ったと静止する鏡也。


「まだここに来る奴らがいるからちょっと待て」


 他にも誰かくるらしいという事実を今日初めて知らされる海生。


「え? 他にも誰か来るの? 聞いてないんだけど」


「言ってないからな」


「いや言えよ。なんでだよ」


 まぁ人見知りする方でもないしとそのまま待つことにする海生。


「で、誰がくるの?」


「あー二人来るんだけど一人はまぁお前も知ってるっていうか…あっ来たじゃん」


 浴衣を着た眼鏡の女の子が海生達を見つけて駆け寄って来る。小走りで近づいて来ており、ポニーテールの髪が揺れている。


「え? 鏡也彼女でも出来たの? 自慢したいだけとかだったらぶん投げるぞ」


「いや違ぇよ。寧ろあの子は…… いや何でもない」


 近くに迫ってきた姿を見て海生は見覚えのある顔だということに気づいた。


「いやぁ海生先輩久しぶりっす」


「百合菜ちゃん?」


 その子は海生が中学生の頃、バレーボール部でマネージャーをしていた一個下の女の子。花城百合菜はなしろ ゆりなだった。


 百合菜と合流した少し後、もう一人の人物も待ち合わせ場所に到着した。


 もう一人の人物は打って変わってTシャツ半ズボンの巨体の男という謎の組み合わせだった。


「えっと初めまして比嘉海生です」


 100㎏はありそうな巨体にビビりながら話す海生。身長自体は海生とあまり変わらないが、横幅が大きい。髪は短髪で、目つきが鋭い。


「レスリング部の人だろ? 中里帆億なかざと ほおくだよろしくな」


 話してみるとなかなかフレンドリーな感じだった。それと同時にレスリングをやってることを知ってるということに疑問を感じた。


「あぁコイツこの前の大会の時一緒に見に行ったんだよ。それで興味持って一緒にレスリング部入ることにしたから」


 鏡也の話にマジでっと一気にテンションがあがる海生。


「うわー貴重な重量級だよーお腹触って良い?」


 言いながらすでに触り始める海生。


「良いけどっていうかあんた試合で見た時と雰囲気違うなぁ」


 少し戸惑いながらもいきなりスキンシップをはかって来る海生を受け入れる帆億。


「帆億スマン。海生はテンション上がるとこんな感じで絡んでくるんだよ」


 別に良いよと答えながらまんざらでもなさそうな顔を浮かべる帆億。


「これからよろしくねポーク!」


「帆億だっつってんだろ。見た目でわざと呼び方変えたろあんた!」


 ちなみにポークとは沖縄でポピュラーな豚肉の缶詰のことだ。中身がギュッと詰まっている。


 男同士でワイワイ盛り上がってる中、一人放置されていた百合菜が不服そうに顔を膨らませている。


「うちも話に混ぜてくださいよー 女の子一人で放置とか寂しいっすよ」


 テンションが上がり百合菜のことを忘れていた海生が慌てて取り繕う。


「ごめんごめん! そいえば何で今日こんな組み合わせ? っていうか鏡也と知り合いだったんだね」


 海生の質問に鏡也が答えようとする。


「あぁそれは姉さんづてに紹介されてお前との仲を……」


 いつの間にか鏡也の後ろにたっていた百合菜。海生に見えない位置で鏡也の背中をつねっている。


「うちの友達と知り合いだったんすよね! 鏡也先輩!」


 話を途中で止められて歯を食いしばる鏡也。力関係は百合菜の方が上なのだろうか。


「お、おおそなんだよ。今日祭りに行くって言ったら一緒に行きたいってことだったからさホントは三人で行くつもりだったんだけど……」


 何か言わされている感がぬぐえない感じだったがこれ以上つっ込んで話をすると鏡也が酷いことをされそうな気がしたので、ここで話を終わらせることにした。

 これからは貴重なレスリング部の部員になるのだ。


「じゃあ俺と鏡也は二人で回って来るからまた」


 帆億が意味不明なことを言って鏡也と二人で行こうとする。


「え? 四人で行くんじゃないの?」


「いや? 帆億と顔合わせさせるために連れてきただけだし、あと俺もコイツも彼女いるからそっちと行く」


「あぁ!? なんだって!?」


 この場に集まった理由が顔合わせだけだったということ。鏡也も帆億も彼女がいるという事実。


 そして海生は百合菜と二人で祭りを回るという事実。

 もう何が何だかわからない海生は気持ちの持っていき場所がわからない。


 とりあえず出てきた言葉は、


「ポーク! 君は敵だっ!」


「帆億だっつってんだろ! 英語で鷹って意味みたいで格好良いだろ!」


「うるさいキラキラネーム!」


 初対面のはずの相手によくわからないつっかかり方をしながら鏡也達と離れた。





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