美しき侵略者よ

天ノ川源十郎

第1話

「ホモサピエンスは絶滅したというのに未だにあなたみたいに日本人という民族がいて、私みたいなカナダ人もいて、隣国にはアメリカ人もいて、海を隔ててロシア人や中国人といったそれぞれの国の人々もいる。それってなんだか皮肉な事だとは思わない?」


 純血種時代の後期に書かれた文学をトウジは好んでいる。

とりわけおよそ300年前に活躍していた作家の手によって書かれた『限りなく平和的な侵略』という作品がトウジのお気に入り。


 冒頭の台詞は作中のラストシーンで主要人物の子孫と思われる女性が呟く台詞だ。


 近未来SFとして出版されたこの小説は外見的特徴が人間とほとんど変らない宇宙人によって人類が絶滅に追いやられるまでの過程を繊細な描写と巧妙に仕組まれた構成によって表現されている。


 人類が絶滅させられる、といってもこれはよくある単純な宇宙人と地球人の戦争ものの小説ではない。地球人が武力によって滅ぼされる物語ではないからだ。


 共存的侵略。

 それが作中でシュロムと呼ばれる宇宙人がとる侵略方法なのだった。

 それは平和的な侵略を目的とした狡猾な征服システム。

 その独自の生存戦略を特徴づけるポイントが下記の五つである。


・シュロムは人によく似た美しい容姿をしている。

・シュロムは平和的で争い事を好まず愛され愛するとことを本能的に求める。

・シュロムと人が性交した際には通常とは比べ物にならないほど激しい快楽が生じる

・シュロムと人との間に生まれた子の能力は体力的にも知能的にも非常に優れている。

・シュロムと人との間に生まれた子は例外なくシュロムとして生まれる。


 人と愛し合い人との子供をつくることでシュロムは増えていくのだ。


 愛を生存戦略に組み込んだその宇宙人の登場によって次第に人間は恋愛対象を同じホモサピエンスからシュロムへとシフトさせてゆく。そして人は同じ人間同士で愛を語らなくなり、シュロムとの恋愛にのめり込むようになってしまう。こうして最終的には全ての人類がシュロムにとって代わるのだった。


『限りなく平和的な侵略』はこうして人類が絶滅してゆくまでの過程を描いた名作なのだ。




 現代人の知るシュロムと「限りなく平和的な侵略」に登場するシュロムは必ずしも同一ではないことは明らかだ。彼らが宇宙人であるという設定は突拍子もないものであるし、我々の知るシュロムは作中で書かれているほどには子沢山ではない。


 しかしながら人間とシュロムの間に生まれた子供たちが美しい容姿、人並み外れた強靭な肉体、そして突出した高い知能といった我々の知るシュロムの混血、通称ハイブリットと似かよった特徴を備えていることから作中のシュロムが彼らをモデルにしていたのは間違いない。


 また現代において我々が彼らのことをシュロムサピエンスと呼ぶのはこの小説に因んで名づけられたからに相違ないだろう。


 この小説が書かれた300年前はシュロムの発生時期とだいたい重なっているがあの時代において彼らはシュロムという新種ではなく、その耳がやや尖った特徴からエルフシンドロームという遺伝疾患の一種とみなされていた。


 そのためこの作品が発表された当初には突拍子もないSF小説であるどころかエルフシンドロームの人々に対する差別的な問題作であると激しく批判を受けたそうだ。


 しかし血種混合時代の今に生きる人々にとってはこの作品がただのフィクションなどではなく未来を的確に予想した風刺作品であることは明らかであり、作者の先見の明には舌を巻かざるを得ない。


 実際にとある高名なロシアの科学者はこのまま進めばあと2500年後には小説と同じようにホモサピエンスは絶滅し、人類はシュロムサピエンスにとって代わるだろうと発表した。学者によってホモサピエンスの絶滅時期は異なるものの将来的に人類はシュロムサピエンスにとって代えられるとの予想は学会において概ね一致した見解である。

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