後悔



  後悔


土曜と日曜はどんな話かと散々考えた。父に何かあって佳代さんが私を探しているのだろうか?そうだったら彼女に何と言えばいいんだろう。そんな事ばかりを想像して過ごし、月曜になり仕事を終えて、私は福祉課に電話を入れた。


担当の方から聞いたのは、私の知らないうちに佳代さんは父の籍に入り私にとっては義母となっていた事。そして義母は昨年七月にガンで亡くなっていた事。その後父の徘徊が目立ち、いろんな方に迷惑をかけながら奇行がどんどん酷くなった事。一度首都高の出口で逆走の形でトラックに正面衝突され事故を起こし入院、その怪我は回復するものの、どんどん痩せて行き、車が無くなっても、車屋さんへ行き「水をくれ。」と言ってかけつけ五杯飲んだり、担当営業マンが「食事はしているのですか?」と聞くと女性物のハンドバックをパカッ!と開けて「金なら持っている。」と見せてくれるが大金を無造作に入れている。「お譲さんに連絡されたのですか?」と聞くと「僕は天涯孤独なんですよ。一人で生きていかなきゃならない。」と言う。水を飲んだら帰るそうですが又、別の日にタクシーでやってくる。何かあるといけないので、確かお譲さんが一人居る筈なので探してもらえないか?と連絡が入った事等を聞きました。


福祉課としてはすぐに対処したかったものの、本人の意思ではない限り介護認定で要介護以上の認定でなければ探せない規定で、何度か家を訪ねてくださったそうです。

福祉課の方曰く「お子さんはいらっしゃるのですか?」と聞くと「居ない。」とおっしゃった。で、介護認定を受けると色んなサービスを受けられると説明したのですが「出て行け。」と何度も断られ、根気よくお訪ねしているうちに、やっと認定を受けて貰えて要介護一になったのだそうです。これからMRIを取って確定する予定で、父はおそらく認知症を患っていて、今回の連絡に至ったとの事でした。

重ねて聞かれたのは「お父様はどういう訳か、毎日新宿のデパートへ行かれている様です。デパートには何か思い出があるのでしょうか?」。。。

私は実母も義母もそのデパートが好きでしたからと答えました。

話しを聞いているうちに私は抑えきれず号泣していた。まず、彼女だった義母が亡くなってしまったという事がショックでした。父より十七歳も若い彼女がどうしてガンになんか。。。

福祉課の方は私が落ち着くのを電話の向こうで待ってくれました。

私は父に会ってもいいと言いました。そして、父との長年のいきさつを簡単に話しました。その上で今、父がどういう感情を私に持っているのか分かりませんと言った。

福祉課の方も驚かれていて、父の事を請け負っているケア会社の所長と、ケアマネージャーと福祉課の方、そして私。この四人で今後どういう形で再会するかの相談をする事になり、全員が集まれるのはほぼ一か月後ということになりました。


この電話から一週間程私は寝込むほどに泣き続けた。かろうじて仕事だけは行きましたが酷い状態で、正彦も驚いていましたが私の状態が落ち着くまでそっとしておいてくれました。

私の目は開けられないくらい腫れて、それでも涙は止まらない。

私が憎しみを持ち続けていられたのには、義母の存在が大きかったのは事実です。いつか父を看取るのは義母だろうと思っていた。今更私の憎しみが軽くなったとしても、たとえ流せたとしても出ていくべきではない。もし、まかり間違って父との近親姦の事を義母に話してしまったら、彼女を傷つけてしまいます。鬼は鬼のままでいるしかない。自分のした事は自分だけで責任をとるしかない。

無視は最大の侮辱!いつか父は私に縁を切られたと感じて苦しめばいいと憎み続けていた事。これは自分の責任であり覚悟だと思っていた。しかし、そのとおりになった現実を知ると、私は義母に甘えていたのだ。義母に何もかも押しつけていたのだと気付き、そして、深い後悔と懺悔の気持ちで溢れかえりました。

前年、六月に岐阜の教授から言われた事を私は思い出した。「今なら間に合う、今すぐ流しなさい。」あの数週間後に義母は亡くなったのです。

あの時、電話をしていれば、最後に義母に会えた筈。臨終前の彼女に父との真相を話す程私は馬鹿ではありません。私が悪者になってでも会えた筈だった。そう思うと、私は義母に対して取り返しのつかない事をしてしまった。。。

自分の犯した大きな罪に私は押し潰されそうでした。

佳代さんが大好きだったから、私はずっと長い間口を噤んでいたのです。そして彼女が生きているうちに父に会っていれば、天涯孤独だ等と父を追い込む事も無かったでしょう。そうすれば認知症だけは防げたのかもしれない。

私は自分のしでかした事の重大性を噛み締めざるを得なかった。


未成年者への近親姦は性的虐待という犯罪。父は近親姦の加害者であり、私は被害者であるのと同時にそれでも親子だったのだと、こんな事態になって私は初めて気付いたのです。

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