第6話カニクリームコロッケ、脅威ではない
「ヒャッハー! カニクリームコロッケには放水だー!」
給水車から伸びたホースを手に持ち、男達はカニクリームコロッケに水を放つ。
勢いよく放たれた水はカニクリームコロッケの衣の構造を破壊する。カリカリに揚がった上質なパン粉が水を吸い、ブカブカと柔らかくなる。衣の一部分がダメになったことによってカニクリームコロッケは体が裂け、動けなくなる。脚を蠢かせ必死に立ち上がろうとするが、ダメ。対称的な体の構造を失った彼らは二度と立ち上がることはできない。
人類はそれを見て、笑う。自分たちを残虐な方法で殺してきたモンスターが、ただの水かけで死んでいく。親を。友を。伴侶を殺したカニクリームコロッケが、足元でただのズブズブで不愉快な残飯に成り下がっているのだ。
これほど痛快な光景は無い。故に人は笑う。涙を流しながらも、笑う。こんなにも。こんなにも簡単で、お手軽な方法で、カニクリームコロッケを殺せることを知らなかったことを。己の無知を。
笑わないと、やっていられなかった。
このような光景が、廃墟群の様々な所で繰り広げられている。いや違う。世界中で繰り広げられているのだ。
カニクリームコロッケ、水に弱い。この驚愕の事実はすぐさま伝播し、試された。最初こそ半信半疑だったものの、狙いどころさえ良ければバケツ三杯程度の水で行動不能にできる。
確かにカニクリームコロッケ達を、雨の日に見たことが無かった。加えてカニクリームコロッケの『キッチン』が作られているのは、雨水が防げる廃墟か乾燥地帯。それに本来のカニクリームコロッケにとっても、水は弱点だと言えるだろう。カラリと揚がった衣に、お手元のお冷をかけたらどうなるか。美味しくなくなる。ベチャベチャになった衣は実に不快で、濃厚なクリームを水分が邪魔してくる。つまり、カニクリームコロッケじゃなくなるのだ。
カニクリームコロッケにとって、水をぶっかけれるということはその存在意義、概念を破壊されるに等しいのである。
もっと早くに知っていれば多くの命が救えたであろう、この真実。けれど今は嘆く暇が勿体ない。今までの恨み、憎しみ。そして悲しみ。負の感情全てを人間達はカニクリームコロッケにぶつけだした。
ありとあらゆる手で。水をありとあらゆる手で、カニクリームコロッケにぶっかける。
軍用車両より圧倒的に安くできる放水車。戦車から砲塔を取っ払い、そこに放水機能だけ載せても良い。市街地なら軽トラに載せても良い。
さらには弾丸よりも圧倒的に安い水。製造基地なぞいらない。汲んでくるだけで良い。飲める飲めないなぞ関係ない。飲用水でも、泥水でも、海水でもいいのだ。
軍ではない個人であっても対応は簡単だ。配布された大型の水鉄砲があればカニクリームコロッケ一体に十分対応できる。というよりもホースと水道があれば問題は無い。ある程度の勢いで、水を発射できればそれでいいのだ。
カニクリームコロッケ、脅威ではない。
人類がカニクリームコロッケを駆逐していくスピードは計り知れなく、瞬く間にカニクリームコロッケの生息圏を破壊していく。ベチャベチャになったカニクリームコロッケの死骸が散乱し、彼らの『キッチン』もホームレス狩り跡地の様な悲惨さを見せている。
人間は増えていく。それに比例して復活する国、都市、地方。土地と人が確保できれば生産される。そうなればカニクリームコロッケ駆逐が捗る。カニクリームコロッケが減れば、人間が増え……。
そんなスパイラルが続く。高度経済成長期の日本のような活力が、人間達には溢れていた。その有り余る活力を、ありったけぶつけ続けれたカニクリームコロッケ達はついに、絶滅した。
カニクリームコロッケ絶滅から一年。人類が取り戻した平和。
街には軍事車両ではない自動車が走り、子供たちが公園で遊ぶ。軍事優先の生産体系だったために売られていなかった鍋、やかん、フライパン。それらが街に並ぶ。今日は誰かの命日だったのが、今日は誰かの誕生日。もう、産まれてきた子供が熱死することを想像しなくていいのだ。
今や人間は、あの頃を手に入れた。無論、これは最も大きなコミュニティの話であり、まだあの頃を完璧に取り戻せていない。今でも廃墟だけの町は多数あり、開発は追いついていない。大幅な人口減少のため、まだまだ課題はたくさんある。行政の機能もまだ完全ではないし、労働力不足は続いている。
けれど希望があった。その日を生きれる。揚げ物の匂いがするたびに死ぬ覚悟をしなくていい。ただそれだけで。それだけのことで、人の目は輝ける。
だが、異変は訪れた。
カニクリームコロッケ、再び。新たなカニクリームコロッケ、再び。
オーストラリアに突如として現れた超巨大カニクリームコロッケ。その高さ、二百メートル。自動車サイズのカニクリームコロッケが可愛らしく見えるほどの、馬鹿みたいなデカさのそれが、空中でプカプカと漂っている。辺りに強烈な揚げ物の匂いを撒き散らして。
無論、人間は対抗する。
いくらデカかろうと所詮はカニクリームコロッケ。水をかければ衣が崩れ、周囲を覆う外殻たるそれが崩れることで中身のクリームが零れる。空洞となった胴体のせいで脆くなれば脚、爪が機能不全になる。この巨大なカニクリームコロッケに対しても、それが通用するはず。
けれど、効かなかった。
放水した水は超巨大カニクリームコロッケに触れる直前に、別の場所へ吸い込まれるように消えてしまう。当然、通常兵器も試した。対空射撃、ヘリからの機銃掃射。けれどこれらの攻撃も、まるで神がその行動を許さないかのようにカニクリームコロッケに触れる直前に消えていく。霧が晴れるかのように、幻想的に、魔法のように消えていったのだ。
最早なすすべ無し。核をぶつけようとも考えたが、それも先ほどのようにかき消される可能性が大きかった。人類はこの超巨大なカニクリームコロッケにただ蹂躙されるだけの未来を悲観した。
しかし、意外なことにこの超巨大カニクリームコロッケは無害だった。人を殺すわけでもなく、建物を壊すわけでもなく。ただプカプカと空を微速で浮遊する、巨大カニクリームコロッケなのだ。
そんなカニクリームコロッケは何処へ行き、何をするのか。もどかしくも人間は、超巨大カニクリームコロッケの動向を、ただただ見守るしかなかったのだ。
それが判明したのは一か月後。超巨大カニクリームコロッケは浮遊を止めて、降り立った。オーストラリアを代表する世界遺産、エアーズロックに。
今、超巨大カニクリームコロッケはエアーズロックに張り付いている。器用に鋏を動かして、文字を刻んでいる。日本語で、英語で、フランス語で。まるでロゼッタストーンのように、ありとあらゆる言語でエアーズロックに文字が刻まれていく。世界遺産が破壊されているのだが、人類はそれどころではない。
あのカニクリームコロッケが。多くの人間を残虐極まりない方法で処刑したカニクリームコロッケが、今更何を伝えに来たのか。それが気になってしょうがなかった。
そして完成された全文は、到底受け入れられるものではなかった。
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