2.

 ばーちゃんは最近ずっと、夢の中にいる。


   ◇


 あたしが子供の頃、ばーちゃんが買ってくれる服はいつも、『不思議の国のアリス』みたいにピラピラのいっぱいついた可愛い服だった。

 しかしあたしは、男子と忍者ごっこや戦隊物ごっこをするのが好きな小学生。ピラピラの服でもお構いなしに穴を掘ったり木に登ったりし、汚して帰っては、ばーちゃんに嘆かれた。

(ばーちゃんは近所に住んでいたが、うちが父子家庭なので、よく夕飯を作りに来てくれていたのだ。)

「お母さんは、そんな乱暴な遊びをする子じゃなかったのにねぇ」

 そして、もう何度見たかわからない、お母さんの幼少時のアルバムを持ってきて、あたしの前で開く。アルバムの中では、スカートをはいて髪にリボンをつけた女の子が、ままごとや人形遊びをしている。

 幼稚園の頃に死んでしまったお母さんが、昔どんな女の子だったのか。あたしが全然知らないのはとても悪いことなのだ、と当時は思っていた。


   ◇


 従妹のみっちーは、去年いろいろと悩んでいたようだが、最近は少し吹っ切れたみたいな顔をしている。何でも、短歌に興味を持ち始めて、自分でも作るようになったらしい。

 みっちーイチオシ歌人の歌集を二冊貸してもらったところ、なかなか良かった。返却に行った際に「他にもない?」と訊く。

「なくはないんだけれど……」

 ビミョーな顔をして、みっちーは一冊の文庫本を出してきた。

 いろいろな歌人の作品に触れてみよう、と書店で見つけた歌集を買ったのだが、みっちー曰く「面白いけど、好きかと言われると、うーん……」とのこと。

 でもせっかくなので、その佐藤真由美『プライベート』なる本を借りてきた。家に帰って、早速読んでみる。


   今すぐにキャラメルコーン買ってきて そうじゃなければ妻と別れて


 確かに、みっちーがこれを読んでも困るだろう。かくいうあたしも、二十三にもなって彼氏いない歴イコール年齢の女なので、普通の恋愛すっ飛ばして不倫の話をされても困る。

 ただ、自分のことのように感情移入するのは難しいが、そういうキャラの登場する恋愛物だと思って読む分には、言葉がズバズバしていて気持ち良い。


   この煙草あくまであなたが吸ったのね そのとき口紅つけていたのね


 思わず笑ってしまった。下手な言い訳をする浮気男と、問い詰める女。コントか。


   今日中にしなくてもいいことばかり片づいていく締め切り前夜


 これ最高。恋愛関係ないが、忙しいときに限って現実逃避したくなるのは万人共通だ。

 恋愛にせよそれ以外のことにせよ、本当のことを、隠さずに、これ以上ないってくらいストレートに言い切れる人なのだろう、と思う。


   好きはいつも死んでしまいたいに似ている穏やかであれ激しくであれ


   ◇


 女の子らしい格好をさせるくせに、ばーちゃんは、あたしが女になるのは嫌う人だった。

 あたしが幼稚園に行っている間、自転車で父さんの職場に忘れ物を届けに行く途中、突っ込んできたトラック。悪いのはそのトラックだろうに、どうも、〝父さんと結婚したから、お母さんは早死にしたんだ〟と思っているらしい。あたしが高校で理系コースを選ぶときも、周りが男子ばかりだから、という理由で心配された。

 そんなこと言われても、あたしだって、いつまでもアリスではいられないのに。


   ◇


 ばーちゃんは、今はボケてしまって、施設にいる。

 時々お見舞いに行くが、もうあたしが誰だかわからないのに、にこにこ笑って出迎えてくれる。そして、お母さんの名前であたしを呼ぶ。


   点滅の青信号にダッシュするくらいにわたしわりと平気だ


 去年、あたしは失恋した。

 あたしが知らなかっただけで、好きになったときには既にセンパイにはカノジョがいたので、徹頭徹尾あたしの一人相撲だったワケだが。

 それでも、告白して、玉砕して、ちゃんと自分で終わらせたのは、良かったと思う。

 気に入った歌を何首か自分の手帳にメモすると、みっちーに『プライベート』を返した。



End.

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