カムパネルラどこを探せば「ほんとうのさいわい」なんてあるっていうの



 十和ちゃんが、オーストラリアから帰ってきた。

「はい、お土産」

と、わたしの家まで持ってきてくれたのは、いかにもオーストラリア土産らしく、カンガルーのぬいぐるみ。

「有難う。お腹の袋がないから、この子、男の子だね」

 わたしが言うと、

「売り場には、雌もあったんだよ。お腹の袋から、子供が顔を出してるの」

「へぇ、可愛い」

 十和ちゃんは、ニヤッと笑う。

「袋の中をのぞいたら、子供、首までしかなくてさ」

「…………」

 それは、ちょっとシュールな絵かも。買ってきてくれた子が、雄で良かったと思う。

「ところでさ、十和ちゃん。オーストラリアの、いったいどこに行ったの?」

 出発前にも聞いたのだけれど、そのときは「さあ?」という、何とも頼りない答えが返ってきたのである。どうやら、十和ちゃん自身もあまり把握していなかったらしい。

 今回は、非常に簡潔に答えてくれた。

「モプラ」

「……ごめん。それ、どこ」

「オーストラリアの地図で言うと、右下らへん。シドニーと同じ州」

 ものすごく大雑把な説明だが、詳しく説明されたところで、わたしもオーストラリアの地理はわからない。ある意味、正しい選択ではある。

「山奥に、観測所があってね。まあ、観測所なんてどこも、辺鄙なところにあるんだけど。モプラも、観測所のフェンスのすぐ外で、野生のカンガルーだかワラビーだかが跳ねてた」

「すごーい! 写真、撮った?」

「撮るには遠すぎたんだよ。あいつら、保護色だし!」

 デジカメで写真を見せてもらったけれど、確かに、どこにいるのか、そもそも何を撮ったのかわからない残念な写真になっていた。十和ちゃんもつねづね、「あたしに写真の腕はない」と公言している。

 ついでに、他の写真も見せてもらう。

「あ、それ『魔女宅』みたいだろ? そりゃまー、アニメほど立派じゃないけどさ」

と十和ちゃんが言ったのは、道路の真ん中に時計塔が建っている写真。言われて、『魔女の宅急便』の映画の中で、主人公が住んでいた町に大きな時計塔があったことを思い出す。

「観測所の近くに、と言っても車で移動だけどさ。クーナバラブランって町があって、そこで撮ったんだ。ここ、夜になると、すごいんだよ」

 珍しく、力説する十和ちゃん。

「通りを歩いてて、周りは普通に街灯とか点いてるのに、空を見上げたら満天の星空なんだ。天の川がくっきり見える」

「町の中なのに?」

「もちろん、山奥のモプラのほうが綺麗だったけどね。オーストラリアに着いて初めて星を見たのがクーナバラブランだったから、あれは衝撃的だったなー」

 十和ちゃんは一人で、うんうんとうなずいている。

「あたしは天文をやってても、星座とか全然わからないんだけど。一緒に観測に行ったセンパイが詳しい人で、天の川を指さしながら教えてくれたんだ。あれが白鳥座の北十字。あれが蠍座。あれが南十字星。あれがコール・サック」

「コール・サック?」

「石炭袋、っていう名前の暗黒星雲。自分より後ろにある星とかの光を遮るもんだから、そこだけ星空に穴が開いたみたいに真っ黒く見える。『銀河鉄道の夜』にも出てくるよ」

「……あったっけ」

 わたしも、十和ちゃんから文庫本を借りて読んでいるが、細かいことは覚えていない。

「ジョバンニが銀河鉄道に乗ってすぐ、北十字を通過する。車内で、女の子から蠍の火の話を聞く。女の子たちは南十字で降りて、カムパネルラと二人きりになる。石炭袋を見た直後に、カムパネルラもいなくなってしまって、ジョバンニは目を覚ます」

 さすがは十和ちゃん、何も見ずにすらすらと物語の筋を話す。

「クーナバラブランで夜空を見上げながら、ああ、今あたしは、ジョバンニとカムパネルラが旅した道を見てるんだ、って思った。最初から最後までいっぺんに。そう思ったら、何か、すごく感動した」

 十和ちゃんの脳裏には、きっと、そのとき見た天の川が甦っているんだろう。わたしも、その星空を見たいと思った。

「列車からいなくなったカムパネルラは、どこへ行ったんだろう。あの天の川の、どこにいるんだろう。カムパネルラが探していた、ほんとうのさいわいはあったのかな」

 言って、突然わたしの存在に気づいたみたいに、十和ちゃんは照れ笑いを浮かべた。

「そんなことを考えちゃったよ。柄にもなく」


 しばらくしてから、大学の図書館で宮澤賢治『銀河鉄道の夜』を借りて、もう一度読んでみた。

 カムパネルラは、言っていた。

「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸になるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」

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