出逢いを語って、酒を飲むと美味い

 仕事終わり、桜花は同僚の井田いだゆかりと飲み屋でビールのジョッキを手に乾杯を交わしていた。ガヤガヤしている店内の様子が、大人の女二人連れには心地良い。


「……で、今日は桜花の可愛い彼の事聞かせてくれるんでしょうね?」

 清楚な雰囲気を漂わせつつも深み有る笑いを浮かべるゆかり。

「ここに来る前にも言ったけど他の皆には内緒にしてよ。ゆかりだから信用して話すんだから」

 対する桜花は華やかな衣服を着こなしながらも、しかし口を尖らせている様子は少し子供っぽかった。


「はいはい、そんな拗ねた顔しなくても分かってる。アンタの恨みを買うなんて怖い真似しないわ」

 ゆかりはあくまで調子を崩さずに言っていたが、その目はすぅっと細められ桜花をの顔をまじまじと見つめている。


「何よそれ。なんか私が怖い女みたいじゃん」

「アンタ気に入った男が出来たら躊躇が無くなるでしょ。自覚が無いなら教えといてあげるけど、男が絡むとアンタたまに凄い顔してる時あるからね」

 ゆかりの言葉に桜花は「あっ」と声を漏らした。


「こないだその彼の家に行った時、その彼からみたいに言われたっ!」

 桜花が目を丸くしながら言ったのがツボに入ったらしく、ゆかりは「ぶふぉっ!!」と吹き出してしまう。


「ちょっとっ、ゆかり汚い……」

「けほっ、けほっ。……い、いや、その彼中々鋭いツッコミするんだって思って……」

「私のお気に入りなんだから、そんなの当然よ」


 自慢げに語る桜花に対し、ゆかりは呆れた顔で告げる。

「胸張って言ってる意味が分からないんだけど、アンタそれ避けられてるって事だからね?」

「別に分かってるもん。……でもさ、そうやってツンとしてるトコが良いんじゃない」

「その方が落とし甲斐が有るって言うつもり?」

「そういうんじゃなくて、先が楽しみだって風に思うの。はいはい言う事聞いてくれる良い子ちゃんな男の子よりもね、イイ男になってくれそうじゃない」


「先ねぇ。その子、歳幾つだっけ?」

「十六歳。花のっ、高校二年生よっ!」

「高二? 思ってた以上に若いわね……でもそれ、大器晩成を狙うにも程が有る気がするんだけど。その子が大人になる頃アンタ一体幾つよ?」

「……三十にはなってないと思うかなぁ」


 惚けた様子で答える桜花に、ゆかりは警告を入れた方が良いと判断した様子だ。

「仮にその子が大人のイイ男に成長するとして、その時までその子の心をアンタに繋ぎ止めていられるの? 現実的じゃないわね」

「うるさいわねーっ、そういう自分だっていっつも男選びで失敗するじゃん!」

 痛い所を突かれた事に逆キレしだす桜花にゆかりは辟易してしまう。


「何で私が攻撃されてるのよ。大体イイ男なんてそんな簡単に転がってないから、駄目な男かもしれなくても数撃たなきゃいけないんでしょうが」

「うわぁ、ゆかりそれ身も蓋も無いよ……」

 桜花が痛々しそうな顔で言うのにも構わずゆかりはジョッキに注がれたビールをぐいっとイッた。


「……ぷはぁっ。ったく、不満漏らしながら飲むビールって最高よね。ねぇ? 桜花」

「う、うん……」

 最初の落ち着いた雰囲気は何処へやら……桜花はゆかりの心の地雷を踏んでしまった事を後悔する。


 すっかり目が据わってしまっているゆかりが、ふと呟く。

「……恋愛って、面倒臭いのよ」

「うんっ、面倒臭いねっ」

 桜花はとにかく調子を合せておいた方が良さそうだと判断して適当に相槌を打った。


「桜花」

「はいっ!」

「だから、やるなら変な手加減とかしちゃ駄目よ。年下だろうと子供だろうと相手は男で、っといたら何処でどう心動かされちゃうか分からないんだから。他の女を知ってしまう前に、アンタしか見れないようにしちゃいなさい。良いわね?」


「えっ?」

 突然の真剣な言葉に桜花は面食らってしまった。てっきりこれからゆかり自身の事や桜花の事で文句が噴出しまくるのだろうと思っていたからだったのだが……


「……アンタがもし上手くやれてるようなら、その時は私もアンタのやり方を真似して年下を狙う事にするから」

 今度は仄かに妖艶さを漂わせてゆかりが言った。冷静だったり怒ったり、時にエロシティズムを垣間見せたり……感情を飾りのようにと付け替えて循環してみせるのは、大人の女が獲得した或る意味での作法なのである。


「あはは……寧ろゆかりの方が上手に年下君を落とせる気がする」

 これは調子を合わせたお世辞ではなく、桜花の正当な評価である。このゆかりという女は自分の感情のコントロールが巧みで、その表情の変化していく様は碌に女を知らない少年には刺激的に映るに違いない。所謂手玉に取る、という事を簡単にやってのけられそうだと思えた。


 しかし当のゆかりは流石というか根っこの部分では冷静だ。

「簡単に落とせたとしても、その子にちゃんとイイ男になれる素質が無きゃ駄目でしょ」

「ああ。それはそうね」

「まあ、だから私は数撃ってるだけなんだけど」

「悪かったってばゆかりぃ。ゆかりはちゃんとに嵌る前に自分が傷付かないようにポイって捨ててるもんねっ、えらいえらい!」

「ふん。ちょっと言い方が引っ掛かるけど、まあ良いわ」


 ゆかりは辛子れんこん揚げを摘んでから、会話を続ける。

「そういえばアンタ、そのと何処でどう知り合ったのよ?」

「えっとね。ふふふ、実はスーパーの玉子特売で彼と最後の玉子を取り合ったのがきっかけなのよ」

「何よそれ!? クラブで彼が年誤魔化して来ててそれで出逢ったとか、そういう派手な展開を期待してたんだけど」

「思いも寄らないでしょ? でも出逢いとはいつも意図しない場所で、突然やって来るものなのよ、ゆかり」

「うわぁ……今その髪、めっちゃ引っ張りたいって思ったわ」


 今度は桜花がを身に纏っているのである。ゆかりが辛子れんこん揚げを頬張ってした状態を見計らった上で、優位な立場をかっさらったという訳である。ゆかりもジト目でツッコミこそ入れていたが、本心ではさっき優位に立っていたのでここは譲ってやろうという気持ちだった。


 敢えて見た目のリアクションを大きく取る桜花と、腹の底では常に冷静に物事を見るゆかり。お互いの特徴を捉え合っている二人は、大人の女同士として良いコンビなのかもしれない。


「見た目が派手で遊び方が上手い男が居る場所より、地域密着的な場所で目を光らせた方が、案外イイ男が見つかるのかもしれないわね。ゆかりもレッツトライ! してみれば?」

 そう言って桜花がビールをごくごく飲んでいる様を見て、ゆかりは「はぁ」と溜め息を吐く。


「何だか急に出逢いに対して億劫になってきたわ……私が思い描いてた華やかな出逢いのイメージとは違い過ぎててね……」

 まだまだ気を良くしている桜花と額に手を当ててうな垂れるゆかり。どっちも良い具合に感情を発散出来て、きっととても酒が美味いと感じていた事だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る