EARTH END FIRE

きんめだい

girl and scientist

2997年、森林伐採や大気汚染、生物が絶滅していくことによって生態系のバランスが大きく崩れたことなどによって、地球は一度寿命を迎えた。この現象は超新星爆発に酷似していることから、学術的にESNE(Earth Super Nova Explosion)と呼ばれる。一般には『アースノヴァ』として浸透してしまっている。

その103年後、4000年丁度の時に、地球は復活した。しかし元あった場所にではない。太陽を基点として最初の地球(以後ファーストアースと呼称する)が北側ならその東側に存在するのだ。ファーストアースはその自爆によって周辺の惑星全てを滅ぼしてしまい、その位置には現在何も残されていない。

後の地球(以後セカンドアースと呼称する)が現在に至るまで繁栄したのは、先人の中にESNEを予見していた学者が多く存在していたからだ。彼らが月面基地のデータベースにファーストアースにおける歴史や技術、文化、問題点など、様々な情報を残しておいたのだ。月面着陸が可能な時になってようやくそれらを引き出し、必要な要素を組み上げることができた。先人達のおかげで割りと何も苦労しないし、問題点も改善しやすくなった。それなりに平和に暮らせているのだった。


しかし、このセカンドアースには、ファーストアースにはない重大な"システム"があるのだ。

それは……………………







「あーすーみ!」


「……ん」


「起きた」


小寺こてら 明日美あすみは女子校生である。丁度3限が終わった今、眠りから覚めた。


公立の高校は国の援助の下、完全無償化されているため、実質義務教育へと変貌したようなものだ。また、習う教科に多少の修正などを加えて、大学を出なくとも社会的に問題の無い人間を送り出す形になった。


明日美の席は窓際。彼女を囲むように前後に友人がいる。


「どしたの?変な顔して」


「なんか……夢見てた」


「彼氏ができた夢かな?」


「ちがうしっ!」


明日美には彼氏がいない。高校が女子校、中学も女子校、小学生の頃は男子に混じって同じように遊んでいた記憶しかない。それより下の付き合いも言わずもがな。かれこれ5年は男子とマトモに接していない。これでは彼氏など作ろうにも作れない。


「最初の地球だの、セカンドアースだの。なんなんだろ?」


「いやそれ授業の内容だし……。半分寝ながら聞いとったなお主ぃ」


「でも最後なんか、『重大なシステム』がどうとか……」


「それは言ってなくね?あたしらちゃんと聞いてたけど、そんなこと言ってなかったよな?」


「うん。てか偉くない?こう見えて優等生なウチら」


夢の内容を話すとあしらわれた。

金髪のショートボブが長内おさない かなえで、黒い髪を後ろで結っているのが玉木たまき 真子まこだ。彼女らは明日美と古くからの付き合いがある。


「それよりさ、昼休み見に行こうよ!」


「あんた飽きないねー。好きな俳優とかはコロコロ変わるくせに」


「それは男の話でしょー。花はかわいいんだもん」


叶はケタケタ笑うと椅子の上であぐらをかいた。


「不審者だ!」


突如、近くの廊下から叫ぶ声が聞こえた。体勢を反らして覗いてみると、白衣を着た男が担任の教師に捕まっている。明日美は意味不明な状況に苦い顔をした。二人はそのままもみくちゃになって教室へと入ってきた。誰もがそこに目線を集めた。


「いやだから僕は不審者じゃなくてですね!?」


「キョロキョロしていて挙動不審だったじゃないか!だいたい、事務室に顔を通さず入ってる時点で不審者だ!」


「場所が分からなくてキョロキョロしてたんですよ!濡れ衣もいいところだ!」


白衣の男は怒っているというより焦っているようだ。

事態を聞き付けてか、校長が顔を覗かせた。同時に校長の顔が青ざめていき、大声をあげて二人を引き剥がした。


「君!この方がどなたかわかっているのか!?」


「い、いえ……」


怒りの矛先は担任教師へと向いた。クラス中が戸惑い、騒然とした。


「説明しただろう!本日『地球歴史と生物学』の授業の特別講師として学者を招いたと!」


「ま、まさかあの人が……?」


「そのまさかだ!見た目こそ不審者に見えなくもないが、立派な学者様なんだぞ!」


「校長先生、丸聞こえです」


今の一連のやり取りで大方の事情を把握することができた。叶や真子はもちろん、明日美にもわかった。


「特別講師だってよ」


「よかったね明日美!若い男だよ!」


「いやいやあれはない……」


白衣の男は確かに20代くらいだろうが、どこか冴えない表情をしている。一言で言えば、覇気がない。


「改めて、紹介しよう」


一悶着終えたようで、校長は隣に担任を立たせたまま話した。


「こちらは『国家公認地球生物学・地質学研究者』の永楽ながら 秀英しゅうえいさんだ。つまり、国が認めた天才学者というわけだ。今日はお忙しい中一時間の講義の為に来てくださった。この機会に沢山の知識を身に付けるといい」


「そう言われると照れますね~!まあ、その通りなんですけど!」


明日美は尚更しかめっ面をした。





四時間目は多目的室に二年生全員が集まっての授業だった。スライドに映写機が映像を映す。


「さて、君たち。僕は永楽 秀英といいます。生物学、地質学を研究しています。ところで君たちは、この地球に今どれくらいの人口がいるか知っているかい?」


唐突な質問。

なんだ、地質学関係ないじゃん。

明日美はのっけから否定ムード一色だった。


「70億!」


「残念!それはファーストアース、つまりは以前の地球の世界人口だ。現在は約30億だ。半数も減った」


永楽はスライドに目をやった。


「何故ここまで人口が減少してしまったのか。簡単に言えば、今人間はまだファーストアースの頃に比べて年月を経ていない、『種としての成長段階』にあるからというのもある。だが、もうひとつ、人類が以前ほど繁栄しない大きな理由がある。それがこの先の地質学とも大きく関わりを持つ事となる」


明日美はいよいよ眠くなってきて、もう目を開けているのもやっとの状態だ。


「例えばそうだな……。そこの夢を見ちゃいそうな君!」


「ふぇ?」


「君だよ。君に聞いてみようと思う!」


今にも眠りに誘われそうなのを察知して、永楽は明日美をあえて指名した。眠い目にどこか敵意が含まれていた。


「君は、どうして人間は繁栄しないんだと思う?」


「そんなの知らないです」


「そう言わず、当てずっぽうでもいいんだ」


「…………」


めんどくさそうな顔がたぶん外に出た。それでも永楽は引かないし、この時間は終わらない。

とはいっても考えてわかるものじゃない。自分は学者じゃない。分かるわけがない。


そんな時、ふと最近見た映画を思い出した。人間が虫に食われるというものだ。この際ひとボケかましてやろうと明日美は口元だけ笑って、


「人間を食べる生き物が増えたから~」


と答えた。永楽はなぜか目を丸くしていた。


「なんだ、知ってるんじゃないか!」


「え」


「その通り。セカンドアースにはファーストアースに比べて圧倒的に人間を襲う生物が多い」


(ええええええ!?)


まさかの正解に無言無表情で内心驚いた。周りも意外すぎて明日美の方をニヤニヤしながら見ていた。


「ここで重要なのは、『生物』という括りだ。動物じゃない。今や植物でさえ我々人類の脅威と成りうるんだ。代表的な例を挙げるとすれば、『ハライデキュウコン』はその名の通り球根の形をしている。これは女性の胎内に侵入し、妊娠したと勘違いさせ、本来胎児に供給されるべき栄養分を吸って外に出る。その時の出方の多くは入ってきた所、すなわち膣部からまた出てくるものだが、過去の例として、『栄養失調に陥ったハライデキュウコンは出るのを急くため、腹を突き破って出てきた』というものある」


そこにいた女性のほとんどが身震いした。中には目をつぶってしまうほど恐怖する者もいた。


「何故こうなったのか、理由は明確だ。ファーストアースが滅びた原因が我々人類だからだ。先人は私欲の為に生態系を無茶苦茶に引っ掻き回した。今度はそうされないように動植物は『人間を攻撃する』風に独自に進化した。もしくは滅ぼされた地球がそれらをとして組み込んだのか。諸説はあるが、これだけは不動の事実として断言できる。人類は他種族から敵視されている」


「システム…………」


「そう、システム。何故一度滅んでリセットされた地球が過去の事例を知っているのか、果たして惑星が一種族に対して偏った生態系を創るのか、その理論ならそもそも何故人類はまたも産み出されたのか。否定的な意見は多いが、初めから人間を攻撃するように産まれた生物たちを見ていると、どうにもそう思わざるを得ない。まぁ、あくまで一説だ、鵜呑みにする必要はないよ」


この地球は彼らの愚行を断罪しようとしているのかもしれない。そうでなければこうした状況は生まれない。そう考える学者もこの世界には少なからずいるのだ。


「他にも紹介するけど、これだけは安心しておいてほしい。今我々がこうして座するにはほとんどといっていいほど脅威がない。これにも理由があるけど……それは授業で教えてくれるさ」


明日美は深い息をついた。さほど気にしていなかったことのはずなのに、やはりどこか興味があったようだった。

するとどこかから視線を感じて、明日美は辺りを見回した。ちらっと見たのは前で、永楽がこちらを見てニタニタと笑みを浮かべている。嘲笑にも見える。明日美はとうとう「げっ」と声を漏らした。






その後も講義は続いた。体感時間はとても長かった。果たして有益な知識を得られたのか。明日美はそんなことを微塵も思わなかった。


「安全国に産まれてよかったー!食われて終わりはゴメンだもん」


昼休み、三人で三角の輪を作って昼食をとる。明日美は窓に背を向けてあとの二人はそれに机をくっ付けた。


「それ!まぁせっかく危険も無いし、のうのうと暮らそうや!」


「…………」


「明日美?」


「あーすーみーさーん」


「…………え?」


また明日美は呼び掛けに応じなかった。いろいろ思うところがあって、それどころではなかったのだ。叶はその様子に少し違和感を覚えて、怪訝な表情で明日美に近寄った。


「明日美さあ、ちょっと様子がおかしいよね。もしかして…………やっぱりあの冴えない男に恋しちゃった!?」


「違う!そんなわけ……」


「きゃー!乙女だ明日美さん!」


「違うっての!声が大きい!」


明日美は赤面していた。好意はまるで無かったが、やんややんやと囃し立てられると誰もこうなるものだ。


「それよりさ!花見に行こうよ!」


「ん?あーそうだった。んじゃ行こうか」


「よし、行きますか」


真子がいの一番に立ち上がって叶と明日美は後に続いた。


その花というのは、校舎の裏側にある小さな花壇に植えられた一輪の桃色の花である。明日美が一年前に国内旅行に行った際に旅先から拾ってきたものだ。その時はまだ蕾だったが、今は立派に花弁を見せびらかしている。

明日美は見つけるなり小走りになった。手に持ったじょうろから水をやる。花は水を弾いて、凛として立っていた。


「明日美も飽きないね、そんな毎日世話して」


「だってこの花かわいいんだもん。ホントは持って帰りたいけど家には庭無いし、学校で育てるしかないんだよねー」


「まぁ熱中することがあっていいじゃんか、叶」


「それもそうか……な」


二人は子供を見る親のように見守っていた。

未だかつて彼女がここまで心血を注いだことはない。それを無下になど扱えなかった。


「おーわり」


「んじゃ戻ろ」


三人はその場を後にした。


長い階段を登ってたどり着いた教室。

一人の女生徒が「おかえり」と手を振った。三人はそれに応じてひらひらと手を振る。


「あの花どのくらいもつのかなー」


「花が咲いたのもちょっと前だし、あと数ヶ月は咲いたまんまじゃない?」


「だといいなあ」


「ご執心だね~。男にもそのくらい積極的に向かっていければ完璧なのに」


「男関係ないでしょ!?」


叶は何かにつけて明日美の恋愛事情に口を挟む。かくいう彼女は3年付き合った彼氏がいたこともあり、真子でさえ2ヶ月ほどはそういった関係を築いたことがある。事実、明日美だけが恋愛未経験と言える。二人としては、『早くいい男見つけてイチャイチャして恋バナ持ってこい』といったスタンスなのだ。まるでおせっかいで世話焼きな母親だった。


「いつまでもそのままでいるの?明日美にだって結婚願望あるっしょ?」


「まあ……無い話ではない……かな」


「ですわよねー。明日美さん女の子だもの」


「当分ないけどね」


「なぬ!?」


こんな風にいつも通りが続いていく。いつもこうなのだ、いつも。



ゴゴ……



何か異様な物音を聞いた。例えるなら大地を巨大な何かが踏みしめた音。他に例えようもない。


「なんか音したよね?」


「したー。なんだろー……」


叶は席から立って外を見渡した。



「明日美!真子!危ない!」


「えっ……」


何も答えさせる間もなく叶の手が明日美と真子の顔を机の下に埋めた。明日美は一瞬何が起きたのか理解できない。明日美が地面に倒れこみそうになった直後


ガシャアアアン!


轟音と共に爆風が辺りを包む。何かが衝突する音、悲鳴、喧騒、水のはねる音。明日美は壁の方に顔が向いたまま動けない。今どういう状況なのか、一人だけわかっていなかった。

やがて音の嵐は止み、虎や熊にも似た獣の咆哮が響いた。


(何が…………)


明日美はやっとの思いで体を起き上がらせた。足を切ったようだ。ガラスの破片が辺り一面に飛び散っている。

さて、明日美が見たのはこの世にあって最大の地獄絵図だった。悲鳴や喧騒は逃げ惑うクラスメイトの声々、衝突音は壁に叩きつけられる音、水が飛んだような音は血飛沫が教室の至る所に散布されたものだった。


あまりの凄惨な光景に明日美は膝から崩れ落ちた。足がすくんで身動きが取れない。


さっきまで平和な場所だったのだ。


バラバラに破壊された机や椅子に手をかけてようやくまた立ち上がって、外を覗いてみた。


そこには蛸の足のような触手を幾つも伸ばした、校舎など軽く越すほど巨大なが鎮座していた。


「大丈夫か!?」


外から声がした。外といっても今度は廊下の方だ。

そこには永楽 秀英がいた。先ほどとは比べ物にならないくらい鬼気迫る表情で明日美の方へ向かう。


「君だけか無事なのは」


「…………は…………は…………」


明日美はまともに会話が出来ない。頭がパニックになっていて柔軟な状況判断力が一時的に欠如してしまっている。それをすぐに見抜いた永楽はカバンから薬品を取り出した。


「飲めるかい?飲めないなら無理にでも流し込む」


明日美の口を開かせて、ビンに詰まった液体を流し入れた。上を向かせて飲み込むように促すと、明日美の喉はそれを受け入れた。


「液状鎮静化剤だ。少しは落ち着いたかい?」


「はい……」


「なら良かった。いや、この状況を考えるとあまりよろしくはないけどね。なぜこんな発展した場所に『モモヅルオオコスモスモドキ』が……」


「それは一体……」


精神的に安定した明日美はその謎の名称について問いただした。


「詳しいことを話す暇はない。取り急ぎコレを始末しなければいけなくなった。君は僕の後ろに隠れていて。いいかい?君は何があっても僕の後ろから出てきてはいけない。下手に動いたら命の保証はしかねる」


「は、はい……」


もう従うしかなかった。専門家の意見だし、何より頼れる他人が他にはいない。明日美は言われた通り永楽の後ろに回って彼の白衣をぎゅっと掴んだ。


「よし、あとは迎撃。これを使うときが来たみたいだ」


永楽は近未来的な銃を取り出した。片手に収まるサイズで、銃口は丸みを帯びてサイケ銃とでも言った方が正しいくらいだ。彼はそれを窓側の怪物に向けて、じりじりと詰め寄った。背中ごしに緊迫感が伝わってきて、明日美は思わず目を閉じてしまった。


ぐおお、という唸り声をあげて、怪物は永楽目掛けて触手を横薙ぎに振った。

しかし、永楽の銃が放った銃弾はそれをいとも簡単に貫き、細胞を崩した。怪物の触手はボロボロと腐り落ちた。


「すごい……」


「細胞レベルで結合を阻害する薬品を混ぜこんだ弾薬だ。これが効かない植物はまずいない」


永楽は次々遅い来る触手の束を射ち、灰にしていった。その姿は勇ましくもあり、また恐ろしくもあった。


やがて異形の怪物は倒れこみ、轟音と奇声が耳をつんざく。

永楽はやりきった顔をしていた。


「さて……目標は片付いた。状況を再確認しよう」


教室は大惨事になっていた。さっきまで机や椅子だったものは屑鉄と木片に成り果てた。この空間を賑わいに満たしていた生徒達は皆、無惨に赤く染められている。


「……叶……真子……!」


思い出したように息を荒げて自席へと向かう。残骸を掻き分けてようやくネックレスをした叶の体を見つけた。まだ生きているかもしれない。僅かでもそう思っていた明日美の希望を現実はいとも容易く打ち砕いた。


叶の顔はもう原型を止めていなかったのだ。


回りには円を描いて飛び散った血の跡があり、所々に見慣れた金色の髪が撒かれていた。


もしかしたら真子は……

少し考えて、明日美は真子を探った。彼女の顔は健在で、少しの傷もありはしない。恐らく叶が咄嗟とっさの判断をしたおかげだろう。しかし、彼女にはすでに上半身までしか残されていなかった。むごたらしく臓物が覗き、血の気が引いていた。


「そんな…………」


絶望的だった。現状は一つも良いことがない。

永楽もどこか気まずそうに、ひとまずは退散していった。





残った教師達が総出で対処に当たった。しかし、初の出来事だったせいもあって、対応し切れない。永楽は顎に手をあてがって色々考え始めた。


「…………どこかから侵入したのか?それとも種子が風に乗って運ばれてきた……とか?」


ぶつぶつと独り言を続けていた。横目には項垂れて唇を噛む少女の姿が見えた。


…………!」


「……君の?どうして?」


「あの…………たぶん…………」


明日美にはもう何となく分かっていたのだろう。あの植物が何だったのかが。


「あれは私が育ててた花なの……!」


「君が……?」


「一年前に旅行に行った時に可愛いから拾ってきて……校舎の裏っかわでこっそり育ててたの……」


「君以外でそれを知っていた人は?」


「叶と真子だけ…………」


皮肉なもので、彼女はいずれ怪異となりうるものを自らの手で育成し、完成させてしまっていたのだ。


「当然だろうけど、君はあれがあんなものだとは知らずに育てていたんだよね?」


「知っていたら……こんなことに……」


明日美は過去を振り替えるばかりで埒が明かない。耐えかねて永楽は座り込んだ。


「君が育てていたのは『モモヅルオオコスモスモドキ』といって、初めは小さくいたいけな花の姿をしている。しかし適度な環境を与えてしまうと、先のように巨大化し暴走する。生えている所は大体僻地で、環境は整っていない例が多い。本来なら警戒しすぎる相手ではないんだ」


明日美は改めて己の過ちの罪深さに気付く。


「単刀直入に言うと、今回の一件は君の無知が生んだ弊害だ。知らない事は時に罪となる。こんな世界じゃあね……」


「…………」


「君が僕の質問に答えた時、本当は分かっていないってことにすぐ気がついたよ。僕はそういう人達が新たな二次災害を起こしてしまわないように知識を植え付けている。セカンドアースの仕組みを知らないというのは、この地球を綱渡りで生きていくのと同じなんだ」


彼女はここで初めて彼の仕事の意義を知った。やはりただのおちゃらけた男ではなかった。


「そろそろ僕は行くよ。ここだけに長く留まっているわけにもいかないからね」


永楽は非情にあしらってカバンを閉めた。彼にとっては歴史の一ページにすぎない出来事。でも、明日美はこんなことがこの世にあるということに耐えられなくなった。


気づけばいつの間にか永楽の白衣を掴んでいた。


「私も連れていってください……」


「どうしてだい?」


「私のせいでみんなが死んだ……!私が何も知らなかったせいで……。だから私も学者になります……!もう……こんなの見たくないから……。私のような人をもう二度と出さない為にも……私が……」


明日美の目から初めて涙が零れた。溢れだして止まらず、枯れた地面を濡らす。

永楽は答えに困った。こんな少女を外界に出していいのだろうか?いかなる所にも危険が伴う恐ろしい旅になる。楽しい旅行とはわけが違う。


それでも彼は、この少女の想いを無駄には出来なかったのだ。


「わかった。でもこの旅には大きなリスクがつきものだ。僕の出す三つの条件が飲めるというなら連れていっても構わない」


「言ってください……」


「まずはこの道のりは長く険しい。想像を絶するほどね。自分で出来る事は出来る限り自分でしてくれ。僕は面倒を見きれないかもしれない。そして二つ目、この旅路では多くの国や地域に立ち寄る。その先で様々な調査をすることになるが、時にはさっきよりも悲惨な現実に直面することだってある。それでも耐えられるかどうかだ。そして最後になるが……」


三つ目を永楽はなかなか言い出さない。しばし時を置いてから彼は目を閉じてゆっくり開いた。

その目にどこか憂いを感じた。


「この道を選んで後悔しないかい?」


「…………もちろん!他の条件だって飲みます……!」


「そうか。それならいいんだ」


永楽はニコッと笑った。こんな悲劇の真っ只中においては場違いなのかもしれないが、彼はまだ希望を捨てていない。


「僕ら学者が世界を救う日が来るかもしれない。今は誰もが世界を絶望視しているんだ。でもこのまま為す術もなく食われていくなんて、悲しくないかい?生き残る方法はきっとあるのに、みんな悲観的になって、情熱の火を心に仕舞ったままにしている」


明日美の前に今、光が差し込んだ。


「だから僕らが『火』になるんだ」


永楽の白衣が風になびき、その存在を大きく誇示していた。


「『地球最後の火』に」


これはこんな二人の物語………


地球EARTH最後ENDFIRE

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