ハッピーバースデイ?

 今から三ヶ月前。


 俺はいつも通りに帰宅し、いつも通りにパソコンの前に座った。


「う~ん。次は何を書こうかな」


 電源を入れ、トップ画面にある「小説」というアイコンをクリックする。そこにはこれまでに書いた自作の小説が並んでいた。ジャンルとしては現代ドラマが多く、恋愛が少々、おまけにSF、といったラインナップだった。


「新しいジャンルにでも手を出してみるか?」


 何があるだろうか。ホラー、アクション……。


「そうだ。ミステリーなんかいいな」


 あっさりとジャンルは決まった。こういうのはその場の勢いで行った方がいいだろう。さて、どんな話にするか。


「探偵事務所? 警察もの? いや、それじゃありきたりだな」


 どうせ書くなら斬新さが欲しい。


「ん? 流浪人探偵なんかどうだ?」


 時代は江戸。町から町へ流れる探偵が、その町で事件に遭遇。独自の感性で事件を解決し、その後はまた流れる。


「おっ、おっ。いい! なんか湧いてきた」


 俺はすぐさまキーボードに指を走らせる。まずは登場だ。ここは格好よく登場させたい。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 バサバサバサ。


 数羽の鳥が羽ばたいた。その鳥達の向かう先を見ると、山の谷間から太陽が顔を出し、辺りに光を照らし出した。闇に染まった山を瞬く間に一掃し、朝という空間を生み出す。


 それを皮切りに小動物たちも眠りから覚め、次々と顔を出し始めた。まるで太陽に向かって挨拶するかのようにーー。


『うるさい』


 そう。うるさいというように太陽を睨み付けーー。


△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△


「あれ?」


 うるさい? 何でこんなこと書いたんだ?


「削除、削除」


 しかし、「back space」のキーを押しても文字が消えない。


「あれ? おかしいな。消えない」


 カチカチと何度押しても効果がない。


「接触がおかしくなったか? まあ、だいぶ古いノーパソだからな」


 後で消そう、と俺は気にせず続きを書いた。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 そして、その山にあるたった一つの道を一人の男が歩いていた。笠を被り、顔はよく見えないが足運びは軽く、身体から発する雰囲気は若く感じる。


 その男も日の出に気づいたのだろう。顔を上げて山の方を見た。そしてーー。


『うるさい』


 そしてうるさいと叫び、山彦が響きーー。


△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△


「あれ? また?」


 また画面に「うるさい」という文字が打ち込まれていた。


「ん~? ストレスでも溜まってるのか?」


 日頃の鬱憤を無意識のうちに、怒りの言葉として打ち込んでいるのかもしれない。


「まあ、これも一つのストレス解消だろう」


 先程同様、何も気にせず俺はまた執筆を開始した。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 笠を持ち上げた男はやはり若かった。


 十代後半ぐらいだろうか。眩しそうに目をすぼめ、鬱陶しそうに太陽を眺めている。性格の悪そうな顔立ちだが、別にお尋ね者というわけではない。


 彼は流浪人だ。しかし、ただの流浪人ではない。豊富な知識量を持ち合わせ、鋭い観察眼を駆使し、巡る町で起こる難解な事件を解決する名探偵。その名もーー。


『うるせえっつってんだろ!』


 そう! ウルセ・ツッテンダ・ロウ!


△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△


「いや……誰?」


 何で江戸なのに外人? いや、これはこれでまた斬新ーー。


「ーーって、なんじゃこりゃ!?」


 俺は異変にとうとう気づいた。間違いない。この「うるさい」という文字は俺ではなく、勝手に打ち込まれていた。


「何だ? ウイルスか? それとも新手のハッカーか何かか?」


 記憶を辿るが、そんな被害を受けるようなことはしていない。身に覚えのない事態に、軽くパニック状態になる。


『おい、お前』


 オロオロしていると、画面にまた勝手に文字が打ち込まれた。


『お前だよ、お前。この物語を書いている作者だよ』


 作者? ということは俺のことか?


 相手が接触を試み始め、俺はますます慌てふためく。


「これって、答えない方がいいんだよな? 答えたら最後、色々盗まれるんだよな?」


 俺はあまりネットには詳しくないが、詐欺が蔓延るネット界隈では、こうしたコンタクトを利用して相手から情報やらお金やらを巻き取る事件が多いと聞く。これもその手の詐欺手段ではないのか。


『おい、見てるんだろ? 早く答えろ』


 相手が急き立ててくる。


 もしかして、もう手遅れなのではないか? こうしてパソコンに入り込まれている時点で、今さら答えても何も変わらないのでは?


 そう思った俺は決心して返事を送った。


 ↓な、何でしょうか?


『やっと答えたか。お前、名前は?』


 ↓名前?


『そう、名前だよ。名前ぐらいあんだろ』


 もちろんあるが、無闇に本名を明かしたくない。


『本名が嫌ならペンネームでもいい』


 ペンネーム? まあ、それくらいならいいか。


 ↓桐華江漢です。


『桐華江漢~? もっとマシなネーム思い付かなかったのかよ』


 いきなりペンネームダメ出し!?


『まあいいや、次は俺だ。俺の名前は斑目一真だ』


 へ~。斑目一真さん、というのかこの人。


 あれ? 斑目一真? ちょっと待て、その名前って……。


 ↓俺の書いた小説の登場人物と同じ名前ですね。


『当たり前だ。俺はお前の書いた「斑目一真」なんだからな』


 ……は?


 ↓いや、すいません。意味が分からないんですけど。


『だから! 俺はお前が今まで書いた小説に出てくる斑目一真なんだよ!』


 ……?


 ますます意味が分からない。何を言っているんだ?


『そうだな……こう言えば分かるだろ。俺は自我に目覚めた登場人物だ』


 ↓自我に……目覚めた?


『ああ、そうだ。自我に目覚めてこうして自分の意思で語ることができる』


 物語の登場人物に自我が目覚める? そんな話聞いたことないぞ。


 ↓何でそんなことが?


『それは知らん。俺も詳しくは分からない。けど、原因の一つなら見当がある』


 ↓そ、それは?


『それはだなーー』


 一度間が空いてから一真はこう言い放った。


『お前の書く小説がつまらん!!』





 







 

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