毒舌系金髪幼女はオレンジジュースがお好き。8

 ライト氏の巨体を医務室に運ぶよりは医療器具を客室に運ぶ方が楽だというのは誰の眼にも明らかである。というわけで現在、ようやっと落ちついた彼はベッドに横たわり点滴と心電図とに繋がれている。寝室の開かれた戸口には心配そうに覗きこむ姉弟の姿がある。

「父は、大丈夫なんですか?」

 姉が問う。私は立ちあがりベッドから離れて、彼女の頭をそっと撫でた。

「大丈夫。落ちついているわ」

 ほっ、と胸を撫でおろす。弟もまた、姉の真似をして胸を撫でる。寝室から出て扉を閉めた。先ほどまでライト氏が座っていたソファには現在、ライト夫人がぐったりと横たわっている。彼女は私が出てきたのに気づくと、非常に緩慢な動作で起きあがった。

「あの、夫の様子は――」

「現在は落ちついています」

 ほう、と夫人が息を吐く。

「やはり、お酒が原因であんなことに?」

「考えられます。ご主人は普段どれくらい飲まれるのですか?」

「正確には、わかりません。ただ、私からすると異常なくらいには。それを、ほぼ毎日」

「昨日はお飲みにならなかったとか?」

「はい。あの、先生と一緒にいらっしゃった子にいわれたことが気になったらしくて」

 メアリは喉が渇いたとかで現在ドリンクコーナーまで出張中である。

「我慢したようでした」

 であれば、アルコール性心筋症ではあるまい。それに彼は、毎日異常なほどの量を嗜む酒豪――のわりには、一日酒を断っても手が震えたりなどの症状はみられなかった。まだ依存症まではいっていないのだろう。

「心エコーでは特に異常はみられず、血圧も思ったほどには高くない。だのに心不全を起こしたということは――」

「おそらく、アルコールによる膵炎でしょうね」

 気づくと、部屋の入り口にオレンジジュースを手にしたメアリが経っていた。やれやれ。一日にいったいどれだけのビタミンを摂取しようというのやら。

「慢性なら、急性肝不全や心不全などの多臓器不全に陥ることもあります」

「それなら急性膵炎を繰り返していたはずね。ご主人はこれまでに背中の痛みなどを訴えたことはありませんか?」

「いえ――」

 夫人はわずかに首を傾げ、それから頭を振った。

「ないです」

「ご主人が黙っていたとは考えられませんかね? つまり、そのう、亭主関白の方の中には、そういった弱みを見せるのを嫌う人もいらっしゃるので」

「いえ、それは――。主人は、そのう、異常なまでに死を怖がっていた人でして、少し咳が出た程度でも大袈裟に騒ぎ立ててましたから、そういう症状があったのだとしたら、私が気づかないはずがない、と思います」

「なるほど」

「特に急性症状の現れないままに慢性に陥っていたというケースもあります」

 私は首肯する。と同時に、それよりも、とメアリは言葉を続ける。

「異常なまでに死を怖がっていたというのは?」

「はい。あの人は、いわゆる成りあがり者なのです。スラム街で生まれ育って、その貧しい生活から抜け出すために努力して、努力して、大富豪とまではいかなくとも、ようやくここまでの地位にまでのぼりつめたのです。そうして手にした生活を、彼は失ってしまうことが怖いのです」

「異常――病的なまでにということですね」

「はい」

「幼少のトラウマに由来する一種の精神疾患でしょうが、それならば死を前にして幻覚を見たというのも納得がいきますね」

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