初恋と拳銃 Act.01

 それは春と夏の間、梅雨待つゆまちの午後だった。

 加賀谷翔太カガヤショウタは母に頼まれ、コンビニへと歩いていた。買い物は牛乳で、ついでだから漫画雑誌を立ち読みするつもりだ。高校生というのは意外と貧乏で、月に五千円の小遣いだけが頼りだ。

 地方の平凡な男子高校生というのは、そういうものである。


「あーあ、バイトでもすっかなあ……」


 夕暮れ時というにはまだ早くて、商店街は人影もまばらだ。

 アーケードの中を歩く翔太は、左右に流れる景色に溶け込みコンビニを目指す。

 取り立てて特徴もない田舎町いなかまちの、なんでもない午後の日常。

 だが、ふとなにかが彼を引き止めた。

 それが、流していた光景の中にいろどりを感じたと気づく。そう、なにかが色彩を帯びて眩しさを訴えてくる。無意識の内にそれを察して、翔太は立ち止まったのだ。

 商店街のメインストリートを曲がった路地に、それはあった。

 翔太は絶句し、語彙ごいの死んだ言葉だけを辛うじて吐き出す。


「な、なんだ……って、おいおい、おいおいおいおい!」


 そこには、があった。

 水色ストライプのぱんつ、女性用下着だ。

 それをはいた尻が、路地の片隅で揺れている。

 安産型のどっしりとした、いい尻だ。

 スカートを履いた少女が、自動販売機の前に膝をついている。どうやら自動販売機の下へと手を伸ばしているようだが、自分のスカートがまくれて下着が丸出しになっていることなどお構いなしだ。

 そして、翔太は気付く。


「あ、あれ? あの制服……うちの? ってか、おいおい、おーいっ!」


 よく見たら、頭隠して尻隠さずといった体勢の少女は、顔見知りだ。

 自分と同じ高校、しかもクラスメイトである。

 あわあわと翔太は周囲を見渡す。

 誰もまだ、気付いていない。

 慌ててようやく、彼は恐る恐る声をかけようとした。

 だが、次の瞬間……ビクリ! と少女は身を震わせた。

 そして、恐る恐るこちらを振り返る。

 やはり翔太の予想した通り、顔見知りであった。全く喋ったこともなく、接点など皆無かいむである。しかし、顔を知っている。翔太の学校で彼女を知らない人間など存在しない。

 だから、上ずる声で翔太は笑顔を作った。


「や、やあ、委員長。ど、どうもー、こんちわーっす! ……なんて」


 彼女の名は、御統四季音ミスマルシキネ……クラスの委員長だ。そして、学年トップの成績を誇る文武両道、才色兼備のウルトラ優等生である。下級生にも上級生にも大人気の、学園のマドンナといった風格さえある十六歳。

 その四季音が、尻を翔太に向けたままで肩越しに振り返った。

 その表情には、奇妙な緊張感があった。

 普段の優しい笑顔も魅力的だが、どこか驚きほうけたような、意表を突かれたような顔……その中に、奇妙な好奇心を輝かせた瞳が大きく潤んでいる。

 彼女は立ち上がろうともせず、右手を自動販売機の下に突っ込んだまま話し出す。


「あ、ああ。加賀谷翔太君、ですよね? 同じクラスの」

「お、おう」

「……見ましたか? 見てしまいましたか!?」


 一拍の間を置いて沈黙に身を委ね、その後で翔太は首を縦に振った。

 何度も何度もコックンコックンとうなずきを返す。

 それで四季音の顔は、さらなる緊迫感に凍ってゆく。

 おずおずと翔太は、目をそらしつつも呟いた。


「見たっていうか……今も、見てる。丸見えだよ、委員長」

「そ、そうですか……どうしましょう」

「と、とりあえず、隠せば? まずいぜ、いくらなんでも。俺は、そりゃ、嬉しいけど」

「嬉しい、ですか? それは……でも、隠すというのはいいかもしれません」


 ぱんつ丸出しで、四季音は少し考え込む表情を見せた。

 先程から、翔太は頬が熱く火照ほてって息苦しい。高鳴る鼓動はのどの奥から心臓を射出してきそうだ。そして、その原因にして元凶の四季音は……まだぱんつを隠そうともしない。


「なあ、委員長。お前さ、あの」

「あ、四季音で結構ですよ?」

「お、おう? ま、まあいいや。四季音さん、あの」

「わかってます、まずは落ち着きましょう。大丈夫です、私は冷静です」

「……それもいいけど、さ。早く隠そうよ」

「やはり、そうですか? しかし、これは」

「これはさ、ちょっと刺激が強いというか……その、御褒美というか」

「刺激……御褒美? ふふ、それは確かに面白いかもしれません。そうですね……私への御褒美、なのでしょうか? 退屈な日常を変えるための、御褒美」

「は?」


 四季音も周囲を見渡し、空いてる左手で翔太を呼ぶ。

 近付き身を屈めると、すぐ目の前に精緻せいちな四季音の小顔が迫ってきた。目も覚めるような美貌が、呼気で撫で合う距離にある。


「実は、ですね……翔太君」

「翔太君!? な、なんで下の名前で」

「嫌でしたか?」

「ぜっ、全然!」

「では、話を続けます。翔太君……私は先程、飲み物を買い求めようとして、小銭を下に落としてしまいました。それを拾おうとして」

「ああ、それで。でもさ、四季音さん。まずいでしょ、あんまし堂々として」

「これでも驚いているんです。人間はある一線を超えると、あらゆる感情がフラットになると聞いています。恐怖とか、歓喜とか、驚愕きょうがく、そして」

「そして、羞恥しゅうちとか? その、恥ずかしくは――」

「とにかく、いいですか? 誰にも言わないでください」

「言わない! 言わないけど……?」


 もう一度、四季音は周囲の視線がないかを確認した。

 そして、ようやく右手を自動販売機の下から取り出す。

 そこには、奇妙なものが握られていた。


「これは? あ、いや……ちょっと待って、四季音さん! これ!」

「ええ……ええ、ええ! そうなんです、翔太君!」

「ちょっと、なに興奮してるの、なんで嬉しそうなの!?」

「御褒美だと、翔太君がさっき言いました」

「いやいや、いやいやいやいや! ないから! ヒャクパーないから!」


 それは、新聞紙に包まれて三角形をかたどっている。

 しかし、四季音に渡されて初めて、金属の重みを持つ物体だと気付いた。そしてそれは……どう見ても、にしか思えない。アレでしかないと見えるが、実際のアレを見たことはない。

 しかし、新聞紙をほどかなくてもわかる。

 三角形の一番短いへんを、持ってみる。

 まるで人が握ることが前提のように、しっくりと手に馴染なじむ。

 そして、それを持つ手を改めて見ると……やはり、アレだ。


「これ……銃じゃない? 拳銃だよ、これ!」

「シッ、翔太君。声が大きいです」

「どっ、どど、どうする!? どうするよ、職員室行くか? それとも生徒指導室……」

「とりあえず、ここは私に任せてください。翔太君は今日のことは内密に……誰にも話してはいけませんよ? 私と約束してください。いいですね?」


 そう言って四季音は立ち上がる。彼女は脇に置いていた鞄を手に取ると、その中へ新聞紙のつつみを葬り去った。

 ようやく彼女のぱんつは、スカートの中へと見えなくなった。

 だが、翔太はすでにパンチラ、いな……パンモロなど考えられなくなっていた。

 四季音がニ、三の注意を事細ことこまかに喋ったが、よく覚えていない。

 翔太は今、憧れの女子とぱんつと拳銃、この三つに頭を支配されていた。


「では、私は行きます……明日また、学校で少し話せますか?」

「え、あ、ああ! いいけど、そのっ」

「大丈夫です、このことは……二人だけの秘密です。いいですね?」

「お、おうてばよ! はは、秘密な、秘密! はは、は……」


 四季音はにこやかに微笑むと、鞄を背負って行ってしまった。

 彼女の背中を見送り、見えなくなるまで翔太はその場に立ち尽くす。

 彼女のスカートは何故か、まだ後ろだけが鞄に挟まって。声をかけようとしたが、そのまま翔太はしましまぱんつをじっと見詰めるしかできなかった。

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