第12話 人間原理

「人間原理というものは、ご存知ですか?」


 それは向坂健太も知らなかった。君塚理恵

からすると、チンプンカンプンだ。


「この宇宙は人類が観測したから発生した、

とも言えるのです。観測する者が存在しない

宇宙は存在しない、ということと、この宇宙

は地球の人類の為だけに存在している宇宙で

あり、それ以外の他者は存在しない、という

ことでもあるのです。」


「なんだか、観念的過ぎてよく判りませんが

その人間原理がどう関わってくるのですか?」


「この宇宙は人類が発生し観測することによ

って存在している、ということなのです。逆

にいうと観測できる人類が発生するように調

整された宇宙、ということですね。」


「全てが地球の人類のために創られたもの、

ということですか。」


「そうです。そして、この宇宙では予定調和

として旧神と旧支配者の戦いが起こり、それ

は前者の勝利をもって終わることになってい

る、ということでもあります。

言うのはその負けた方の主格ですね。」


「確か、昔のアメリカの小説家が残した話に

そんなことが書いてあると聞いたことがあり

ますが、それですか?まさかフィクションで

はないと?」


「ラヴクラフトのことですね。彼はその特有

の精神感応力から真実を導き出した数少ない

存在です。但し、そのまま発表するにはあま

りにも荒唐無稽な話なので小説という形を取

らざるを得なかったようですね。但し、その

業績は今も様々な後継者によって引継がれて

いますが。」


 荒唐無稽どころの騒ぎではない。そんな話

を信じろと言う方がどうかしている。


「その負けた方の《《アザトース>》が修太郎の中に

入っている、と仰るのですか?」


「そういうことです。理由は今のところ判明

していません。よって七野修太郎の普通の生

活を壊さないように善処している、というと

ころなのですが、近しいあなたたちのように

違和感に気が付いてしまう存在は十分予想さ

れたことです。但し、対処方法は今の所思い

ついてはいないのですが。」


 健太や斎藤加奈子が感じていた違和感は

確かにそれで説明できるが、その原因があ

まりにも誇大妄想的で、信用していいのか

悪いのか判断が付かない。


「それで、あなたはどういった関わりをも

つ方なんですか?」


 目の前の杉江統一という自称家庭教師も

何かの人類ではない存在だというのだろう

か。


「僕ですか。僕は先日大学を退学してしま

った元学生の杉江統一という者です。それ

以上でも以下でもありませんよ。ただ

とは昔から

のちょっとした知り合いではありますけど

ね。」


「ナイ?何ですか?」


、です。今彼が

を元に戻す方法を懸命に探してい

るところなのです。本来それは僕の役目の

筈なのですが。とりあえず彼が戻るまで、

しばらくはこのまま何事もなかったかのよ

うに振る舞っていただく訳には行きません

か?」


「そういわれても中身の違う修太郎と今ま

でと同じように接しろ、と仰るんですか?

それはちょっと難しいと思いますけど。」


「さっさと元に戻して修太郎を返してくだ

さい。加奈子もきっとそう言うに違いない

と思います。」


 杉江は少し困った顔になった。その方法

が見つからないので、こんな状況になって

いるのだから。


「そうしたいのは山々なのですが僕たちに

とっても不測の事態でして。

人や七野修太郎君にとっても全くもって予

想外だった筈です。」


「今、修太郎は、というか入れ替わってい

るとしたらそのさんとか言う人

の身体は何処にあるんですか?」


本体は旧神によって幽閉され

た閉ざされた空間に居ます。四次元とかと

は本当は少し違うのですが、感覚的にはそ

う思ってもらっても強ち間違いではありま

せん。修太郎君とはその玉座、僕たちはそ

う呼んでいる所ですが、そこで

が接触しています。

の中に七野修太郎君が入っていることは確

認済です。」


「どうしたら、そこに行けるんですか?」


「いや、そこには僕でもそう簡単には行け

ません。行き来できるのは

だけです。旧神でさえ自由には出入

りできないのです。まあ、旧神は今眠って

いるので、この現状も知らないままでしょ

うが。」


「そんな無責任なものなんですか、その旧

神とか言う人は。」


 理恵は少し腹が立ってきた。意味も解ら

ない、理由も判らない、解決策もない、何

もしてくれない、その旧神とかいうやつは

手を抜き過ぎとしか思えない。


「無責任というか、まあこの事態は想定し

ていなかったのでしょうね。元々地球が消

滅してしまうまでの宇宙ですから。」


「ちっ、地球が消滅するんですか?」


「それはいずれするでしょうね。太陽はい

つまでも今の大きさを保つ訳ではありませ

んから、いずれ飲み込まれて消滅です。」


 杉江はあっさりと言う。それは数十億年

も先のことではあるが確実に訪れる未来で

はあるのだ。


「そんな先の話ですか。」


「消滅する運命には間違いありませんね。

まあ、地球より先に人類は死滅してしまう

でしょうが。」


 やはり杉江の言い方を聞いていると自身

は人類ではない、と言っているように聞こ

える。


「もしかしたら、その破滅が突然訪れる前

兆なのかも知れない、と言ったら脅し過ぎ

でしょうね。」


「怖いこと言わないでくださいよ、心臓に

悪い。」


「まあ、万が一にもそんなことが起こらな

いように協力してほしい、ということなの

です。」


 杉江の話は、結局そこでまとめられてし

まった。

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