第15話 告白

「いくらデータが揃っても決定的な何かが足

りない気がするんです。」


「確かにそうかも知れないな。もっと詳しく

話をしておくべきだった。恩田君、なんとか

もう一度あの場所に行くことはできないもの

だろうか。あの者の知識は他に代え難い。も

う一度話をしたい。」


 新山教授は苦悩の表情を浮かべた。恩田幸

二郎も同様の表情を浮かべている。杉江統一

と三人で進めていることが行き詰っているか

らだ。


「綾野先生にそれとなく話をしてみたのです

が、どうもあの時の孔は完全に塞がっている

ようです。地中をスキャンしたら空洞がなく

なっていたとの報告があったそうです。何か

別の方法を考える必要がありそうですね。」


 基本的なデータは揃っている。動物実験で

の結果は良好だった。しかし持続しない。個

体は持って1週間だった。決定的に何かが足

りない。それが何なのか判らない。そういっ

た状況が続いていた。


 失敗は許されない。


「桂田君と綾野先生に全て打ち明けて協力を

仰ごう。」


 新山教授は決断した。


「綾野先生、桂田君。君たちに協力してもら

いたいことがあるんだ。」


 新山教授はいきなり切り出した。二人はな

ぜ呼ばれたのか理由は聞かされていない。


「どうされたのですか、急に。」


 新山教授の部屋には他に恩田助教授と杉江

がいるだけだ。桂田は琵琶湖大学付属病院心

理学病棟で発見されて以来、自宅には戻らず

綾野のアパートに一緒に居る。どこかに行方

不明にならないよう監視の意味も込めてだ。


「私と恩田君、杉江君がここのところずっと

関わってきたある実験について協力を請いた

いのだよ。」


「ある実験?」


「そうだ。」


 新山教授は話しにくそうだったので恩田が

あとを引き継いだ。


「私が話ましょう。私の妻が教授の娘さんな

のはご存じですよね。」


 それは綾野も桂田も知っていた。


「その妻、沙織というのですが、沙織がある

病に倒れたのがちょうど二年くらい前のこと

です。」



 恩田の話はこうだった。


 恩田の妻、つまり新山教授の娘さんである

恩田沙織さんが末期の子宮がんと診断された

のだそうだ。転移が酷く治癒の見込みがない

状況で鎮痛だけを考えるレベルだった。その

時からこの計画は始ったらしい。


 まずは新山教授が人工的に動物を冬眠させ

るシステムを人間用に作り替えた。理論的に

はある程度進んでいるが人体実験はほぼ実施

されていない物を教授が独自の理論をもって

完成させたらしい。一番の問題は脳をどうす

るか、ということだ。コールドスリープによ

る冷凍は細胞を破壊する可能性があり、現実

的ではなかったので別の方法で冬眠させるこ

とを選んだのだがそれでも覚醒後元の意識の

ままでいられるかどうかが一番の問題だった。


 それを解決しようとしたのが新山教授が考

案した脳だけをある溶液に浸しておく、とい

う方法だった。溶液の成分については口外さ

れなかったが、その様子からすると何か冒涜

的なものである可能性が高い。


 そして、その措置が取られたのがちょうど

沙織さんが呼吸器を付けなければならなくな

ったタイミングで行われた。冬眠させた上で

患部を全て入れ替え、完治させて覚醒させる

つもりだったのだ。しかし沙織さんが目覚め

なかった。というか、今でも眠り続けている

というのだ。


「君たちも気づいていたことと思うが

との密約によって私は

知識の一端を貸し与えられることになった。

密約の内容は言えない。言って君たちを巻き

込みたくないからだ。あまりにも冒涜的であ

り廃退的であり、世間に公表されたなら犯罪

者になってしまう類のことだから。それで彼

の者からの手助けを得て沙織を目覚めさせる

つもりだったのだ。だが、どうしてもうまく

いかない。死んではいないし、脳波も正常な

のだが目覚めないのだ。」


 悲痛な叫びだった。父親の苦悩だった。


「それで私たちにどうとろと?」


 続きは恩田が引き取った。


「もう一度、に会って話をした

いのです。そこに何かしらの解決策が見つか

るのではないかと一縷の期待を持っているの

です。私は付いて行ってなかったので、そこ

がどんな場所なのか想像もつきませんが。」


 新山、恩田、両名の希望はもう一度あの

山に行ってに会

いたい、ということだった。


「それは無理です、とお答えするしかありま

せんね、残念ですが。あの時、私たちはどう

に呼び寄せられたようで、だ

から容易に山に到達できた

のだと思います。の思惑は今で

もよく判りませんが。向こうから呼んでくれ

ないと行けない、というのが現状なんです。

こちらからの呼びかけに応えてくれるとも思

えません。」


「打つ手はないと?」


「そうです。どこの誰にアクションを起こせ

に伝わるのか、皆目見当が付

きません。向こうからのアクセスを待つ以外

には。」


 新山教授と恩田助教授は落胆の表情を隠せ

なかった。


「現在の娘さんの状態はどうなのですか?」


「今は脳だけを取り出して、

ら教えられた液体につけてある。脳波には問

題ない。身体の方は、ここからは聞かなかっ

たことにして欲しいが傷んだパーツを取替え

て問題を無くした。そして脳を元に戻そうと

したのだが、目覚めないのだよ。所謂植物人

間状態ということだ。死んではいないが目覚

めることもない。」


「脳だけを保存して移動するシステムは確か

ラヴクラフトも言及していましたよね。」


「そうだ。その方法を私はから

教えられたのだ。ただ、彼の者の方法では脳

は保存できても完全体として蘇生させること

がどうしてもできない。何か、もう少し別の

要因が必要なはずなのだ。私はそれがどうし

ても知りたい。知らなければならない。」


 新山教授の悲痛な叫びだった。しかし、聞

いていた恩田の顔色が変わった。


「新山教授、いや、お義父さん。今、蘇生、

と仰いましたね。それはどういう意味ですか。」


 新山教授は、しまった、という思いを顔に

出して答えた。


「恩田君。申し訳ない。実は君にも隠してい

たのだが沙織は一度完全に死んだのだよ。そ

して身体を別で保存したうえで脳だけを蘇生

させたのだ。」


「そっ、そんな。」


 恩田沙織さんは既に亡くなっていた。それ

を禁断の技術によって蘇生させたというのだ。


「その辺りは僕が説明しなければいけません

ね。」


 杉江統一が話し始めた。



「大学入学以前より僕は新山教授と連絡を取

り合い不老不死の研究をしていました。僕が

小学校高学年の頃からになります。教授は娘

さんの事がなくても早い段階から不老不死や

死者の蘇生に興味を持っておられたのです。

そこで同じ目的の僕とも協力しあって、大学

に入ってからも、ずっとそれだけをやって来

ました。ある程度のところまでは僕が独自に

考えた方法で不老という部分に関しては成功

しました。細胞学上ほぼ不老を成しえたので

す。」


 それは、画期的な発明の筈だった。


「但し、この方法は冒涜的過ぎて一般に流布

される類の方法ではありませんでした。様々

な、それこそ読むだけで忌避されるような書

物の数々を研究し辿り着いたからです。そし

て僕と教授は不死の研究に移りました。但し、

そのころから教授は不死ではなく蘇生に力を

注ぐようになっていったのです。それはもち

ろん近い未来に訪れると思われた娘さんの死

を思ってのことだったと思います。」


 新山教授は無表情で聞いている。恩田助教

授はショックが隠せない。


「僕は飛び級でこの大学に入っているので、

今年で18歳になります。8年ほどでこの

段階を迎えられたのは一重に教授の公私とも

に献身的な異常とさえ言える努力と冒涜的な

部分の隠蔽に支えられてのことだと感謝して

います。但し、僕の研究の目的は1年程前に

水泡に帰してしまったのです。僕の目的は、

僕が両親と呼んでいる二人の人間の不老不死

を成しえることでした。それが不慮の事故と

いう、なんとも耐え難い出来事で不意に終焉

してしまったのです。それからは、目的を失

ってしまった僕に教授はご自身の娘さんの蘇

生に協力する、という目的を与えて下さいま

した。恩田助教授、申し訳ありません。僕も

奥さんの蘇生に立ち会いました。今となって

はただの興味でしかありませんが、人間の不

老不死は必ず到達できると思っているので

す。」


 杉江の口調は淡々としていたが、とても寂

しげだった。自らの両親を不老不死にしよう

と頑張ってきたのが無駄になってしまったの

だから当然か。しかし、綾野は少し引っかか

った点があった。


「杉江君、不躾で申し訳ないが、今の話で気

になったことがあるんだが、聞いてもいいか

い?」


「どうぞ、お答えできることなら。」


「両親と呼んでいる、と言っていたよね、そ

れは実の子じゃない、というような意味なの

だろうか。」


「ああ、いや、少しご説明が必要でしょうね。

そうではないのです。遺伝子上は全くもって

両親の実子で間違いありません。但し、綾野

先生が純粋な人間ではないのと似たような事

情で僕も普通の人間ではないのですよ。だか

ら人間のような死に方はしません。既に成体

にまで成長しましたから多分見た目はこのま

ま変わらないでしょう。僕は老いないのに両

親が老い、死んでいくのが辛かったのです。

だから僕は人間の不老不死の研究を始めたの

です。」


 新山教授は知っていたようだが恩田助教授

は明らかに動揺していた。彼には色々と知ら

されていないことがあったようだ。


「僕の正体は、この際置いておいてください。

いずれお話するときもあるでしょう。そんな

こんなで僕と教授は沙織さんの脳の蘇生に成

功しました。身体は今のところ損傷が進まな

いよう丁重に保存している、といったところ

でしょうか。但し、中身はいろいろと交換さ

せていただきました。転移していた部分は全

部、転移の可能性のある箇所もほぼ交換が終

わっています。あとは、脳を元に戻すだけ、

といった状況から、一歩も前に進めないのが

現状なのです。」


 綾野も桂田も動揺していた。杉江が人間で

は無い、との告白も衝撃的だった。綾野のよ

うに旧支配者の遺伝子を引継いでいる訳でも

なく、桂田や岡本浩太のように一旦吸収され

て遺伝子が変容してしまった訳でもないよう

だ。自らを人間とは違う存在として元々認識

していたらしい。


(まさか、何かの旧支配者の一柱だとでも言

うのか、それなら大変なことだ。)


 そう思う綾野だったか、口にはできなかっ

た。

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