第31話 九条、黒ゼリーを拾う

コアの機嫌を直した後、影犬のドロップ品を確認したところやはりというか落とした牙は素材アイテムとなるようで主に魔導具や武器の材料になるようだ。製鉄業が発達した現代では武器の材料では使えることはないと思うが魔導具の材料としてなら十二分に有用だろう。主に魔力を込める触媒にする方法と素材そのものを魔導具として使う方法があるということだ。今は役に立つことはないだろうが《古今戦術武器商店》に卸せば買い取った企業が研究してくれることだろう。


草原はダンジョン内にあるにもかかわらず相変わらずのよい陽気で夜であるほうが嘘のような快晴だ。どこからか涼し気なそよ風が吹いてきて夏の暑さを和らげてくれる。最近熱帯夜でうんざりしていたからモンスターが出なければここでテントでも張って避暑地にでもしたいところだ。


そのモンスターは今までの人型タイプではなく獣系や昆虫系など様々なタイプが見受けられる。

大体が俺達の姿を見かけると襲い掛かってくるが、影犬こそ集団戦だったが大抵は一匹2匹なのでさしたる苦労もなく倒せているわけだ。俺の慰めで元気になったコアを中心に対処している。変なスイッチが入ったようでコアはモンスターをスキル【探知】で検索するとその場所に向かって光線レイを乱射している。『私とマスターの邪魔をする全ての不届き者に鉄槌を!』などと聞こえてきたりしたことはスルーしておこう。……人間?落ち着く時間が必要なこともあるだろうさ。うん。

そんなわけで俺は少し暇を持て余していたりする。


草原と言っても草はひざ下程度なので特に足を取られることもない。それに障害物がないので遠くまで景色が良く見える。広いとは言っても数時間歩けば果てには届くようで遠くの壁に階段らしきものが霞んで見えるのでそれが次の階層に降りる階段だろうからそれに向かって歩くだけだ。


それにしてもこの草原エリアのモンスターは種類が多い。

大抵が地球上で存在しているような生物だが全て真っ黒い体なのは同じだったが。

大きさも影犬こそドーベルマンサイズだったが、コアがさっき倒ていた影兎も影蛇も地球上の生物とさほど変わらず苦戦することもない。そしてドロップ品も属性魔石から皮など種類も多彩だ。だが昆虫系のドロップには参った。瓶が出たので何かと思ったがなんと昆虫の体液だった。……そんなものをどうするのかと激しく突っ込んだ後全力で放り投げてしまった俺は悪くないはずだ。誰が好き好んで昆虫の体液なんぞ使うのかと謎のドロップアイテムシステムに問い詰めたい。


「それにしても本当にいい天気だ。今はもう22時なんだがな。」


『ウフフ……隠れていても無駄ですよ。私のスキル【探査】であなたの位置はバレバレです。』


コアはまだスイッチが入った状態のままなみたいだな。あ、今度はカブト虫みたいなモンスターを光線レイで消滅させたか。昆虫系はドロップアイテムが微妙なんだが何が金になるか分からないから取りに行くか。体液でないことを祈りつつコアが消滅させた地点までのんびりと歩いて近づいていく。さっきまでの影犬戦が嘘のような楽勝ムードだ。まぁこれだけ視界が開けていたら早々不意打ちも喰らわないから大して警戒する必要もないがな。


カブト虫が消滅した地点では未だに赤い粒子が残っていて地面には茶色い魔石と緑色のねっとりしてそうな液体が瓶に納められていた。……やっぱり体液か。体液はスルーして魔石だけを回収する。茶色い魔石だから土の魔石だな。こちらは有用だ。土属性の魔石は魔力を込めると周辺の土を若干だが操作することができる。ゆくゆくは土木系の仕事に役立てることができるだろう。


ドロップアイテムを回収してからまた目的地に向かって歩き出す。

歩き始めて2時間くらいが経過したがようやく半分といったところか。この分だと反対側に到達するのは日付が変わりそうだ。

次からはキッチンカーでも持ち込もうか。

モンスターも大したものはいないから運転しても危険は少なそうだしな。


そんなことを考えながらコアの後をついていくと視界の端に何やらプルプルと震える物体が目についた。その物体は大きさは手のひらサイズでまん丸い。まるで黒いゼリーみたいだ。光沢がありつつくとプルルンと震える。なんだこいつ可愛いじゃないか。黒ゼリーは俺が手を伸ばすとプルプル震えながら手に乗ってくる。触ると少しひんやりとして触り心地もゼリーみたいだ。黒いゼリーも体型を変化させながら俺の腕をペタペタと触ってくる。と、俺が黒ゼリーと戯れていたところでコアが気付いたようだ。何やら慌てているみたいだがどうした?


『マスター!離れてください!それはスライムです!』


「へぇ。お前スライムだったのか。」


「ピュイ。」


俺が話しかけると黒ゼリープルプルと震えながら返答してきた。スライムはどうやら鳴くことができるようらしい。

スライムはプルプルと震えているだけで今までのモンスターのように襲ってはこない。

ふむ。コアは慌てているみたいだが害はなさそうだな。


「大丈夫だコア。敵意も感じないし問題ないだろう?」


「ピュイピュイ。」


ほらこいつも頷いているみたいだしな。

何となく感覚的に分かる。


『で、でも…それはあのスライムです!外見はともかくなんでも溶かすモンスターで都市を溶かしつくしたこともある私の世界では危険度ランク準災害級のモンスターですよ!』


どうやらあちらの世界ではスライムは厄介なパターンの生物みたいだな。

見た目はただの黒ゼリーにそんな力があるとは思えないが人、いやモンスターは見た目ではないということか。


「ほぉ。おまえ中々優秀みたいだな。」


「ピュイ!」


『だからなんでそんなにマスターは落ち着いているんですか!』


とは言ってもな。

本当に敵意がないのが分かってしまうんだよな。

倒せばドロップ品になるモンスターでも全く敵意がないものにどうこうしようとはさすがに思わない。最近は定期収入も約束されたお蔭でそこらへんはゆとりがあるのも大きいんだろうな。

それにしてもなんでも溶かす、か。

ふむ。

俺は収納の指輪から適当にコンビニで買った弁当を取り出すとスライムの前に置いた。


『……マスター何しているんですか?』


「いや、なんでも溶かすって聞いて試したくなってな。試しに弁当を食べるかと思ったわけだ。ゴミだけよりも飯もあったほうが食べ応えはあるだろう?ほら、食べていいぞ。食えるなら器も食っていい。」


「ピュイピュイ!」


スライムは俺の手から飛び降りると弁当に飛びついて器ごと体に取り込み始めた。

その姿を見てやはりスライムなんだなぁと感慨深く頷いた俺を見てコアは呆れた視線を向ける。


『スライムに物を与えるなんて…成長したら手がつけられなくなりますよ?』


「とはいってもなぁ。所詮手のリサイズの黒ゼリーだぞ?たかが知れているだろう?」


そんなことを話しているうちに食事を終えた黒ゼリーがよじよじと肩口まで登ってくる。


「ピュイ。」


「おう、うまかったか。」


「ピュイピュイ。」


「そうかそうか。またそのうち食わせてやろう。」


「ピュイ!」


『はぁ……もういいです…。』


コアのため息は置いておくとして。

これからも草原エリアは通るから出会った時に飯くらいやろうか。

スライムはプルプルと震えて返事をしてくるが何となく言いたいことが分かるんだよな。

不思議な気分だが動物は嫌いではないので嫌悪感も感じない。


【条件を満たしました……スキル【テイム】を取得しました。】


【おめでとうございます……シャドースライムと従魔契約が成立しました。】


と、その時頭に声が聞こえてきた。

これはスキル【闘気】を覚えた時と同じみたいな感覚だ。そして従魔か。

見れば黒ゼリーもプルプルと何かを感じているように震えている。

俺と黒ゼリーはじっとお互いを見ているのをコアが怪訝そうな声で尋ねてくる。


『マスター?どうしたんですか?……もしかして怒ってます?』


「いや、そうじゃない。そうじゃないんだが…どうやら新しいスキルを覚えたみたいでな。」


するとコアはパァッと花が咲いたように嬉しそうな声音で返答してくれた。


『すごいですマスター!おめでとうございます!普通そんな簡単にスキルを覚えることはできないはずなんですがさすがはマスターといったところですね。どんなスキルを取得されたんですか?』


「スキル【テイム】だな。ついでに言うとこの黒ゼリーと従魔契約とやらが結ばれたらしい。コアどんなスキルなんだ?大体はスキル取得時の情報で分かるが何か知らないか?」


「ピュイ。」


するとコアは何やら考えた後に口を開いた。


『女神ルアリア様から頂いた情報によると……確かモンスターをてなづけるスキルですね。餌付けを成功させて意識を通じ合わせると従魔契約ができるようです。』


ダンジョンコアとして作られた時の記憶情報を確認したみたいだな。

ふむ。餌付けをして意識を通じ合わせるか……確かに条件としてはあっているか。


「それでその従魔契約とはなんだんだ?大体の意味は分かるが詳しい話は知らないか?」


『はい。従魔契約は主人とモンスター、この場合はマスターとそのスライムですね。この二人の意識下をパスで繋ぐことによって使役することができるようです。具体的には主人と従魔同士の念話と従魔の召喚ができるようになります。今は仮契約の状態のようで名前をつけることで契約は完了するみたいです。』


「ふむ。名前ね……。お前は名前はあるのか?」


「ピュィィ…」


俺は黒ゼリーに話しかける、がまだ仮契約の状態では念話ができないようなので黒ゼリーはプルプル震えてピュイピュイ話すだけだった。…なら俺が考えるしかないわけか。黒ゼリーをじっと見てみる。プルプルとした体は光沢があり、コーヒーゼリーのようだ。某国民的RPGみたいに先が尖っているわけでもなく饅頭のようにまん丸としている。

某国民的RPGか…ふむ。


「お前の名前だがスラリンというのはどうだ?」


「ピュゥゥゥ!」


だめらしい。何がダメなのか分からないがどこかから苦情が来そうな名前がいけないのか。

ならスライム繋がりで考えてみよう。

スライム、スライム……


「ならゴメちゃんは?…ダメか。意外とわがままだなお前。」


ゴールデンでメタルなスライムになるよう願いを込めた名前だったんだが色々と問題があるのだろう。

黒ゼリーはジェスチャーで拒否の意志を伝えてくる。

すると次にコアが名乗りを上げてきた。


『マスター!ここは私が名前をつけます!デススライム山田さんという名前はどうでしょう?かっこいい名前ですよ。』


「ピュィィィィ!」


『ダメですか?では黒プリン鈴木さんという名前はどうでしょう?スライムさんの外見をイメージしでみました。』


「ピュイ!ピュィィィィ!」


『これもダメですか?えーとでは…。』


色々突っ込みどころが多いがその山田だとか鈴木だとかどこから取ってきたんだ?

とりあえず全国の山田さんと鈴木さんに謝っとけ。

とは言え外見をイメージか。コアの時も安直だったが分かりやすいしそれもありだろう。

なら早速提案だな。俺は黒ゼリーに話しかける。コアは今度は何とか佐藤とかつけていたが無視だ。奴の名づけは全く信用が置けない。


「黒ゼリー、名前なんだがクロはどうだ?」


「ピュイ。ピュピュピュイ。」


どうやらいいようだ。

黒ゼリー改めクロは俺の肩からひょいっと降り手のひらに降りる。

するとクロが光ったと思うと俺の手に入れ墨?いや紋章みたいなものが現れたと思ったら頭に声が響き渡った。何か妙な感覚だな。


(ピュイ!マスター素敵な名前をありがとう!これからよろしくね!)


(これが念話か。お前はクロか?)


(うん。)


(そうか。いきなり従魔契約なんて成立してしまったがお前はよかったのか?いや、俺が嫌だという訳ではないんだが少し気になってな。)


(全然大丈夫だよ!マスターは美味しいご飯をくれたしマスターの魔力はポカポカするから好きだよ!)


(そ、そうか。まぁ何にしてもこれからよろしくなクロ。)


(うんよろしくマスター!)


こうやって素直に感情を露わにされるとどう対応したらいいか困るのは俺が捻くれているからだろうな。コアやクロから信頼されるのはむずかゆくなってくるがどこか頭のどこかで裏切られるのを恐れている自分もいるのを意識してしまう。やはりまだ過去を引きずっているからか。我ながら女々しいことだ。


『二人共どうしたんですか?ずっと黙ってしまって、も、もしかして私のこと無視してます…?』


俺とクロが念話をしているとコアが不安そうに聞いてくる。

コアから見れば急に黙り込んだわけだから不安にもなるよな。

放っておくとネガティブモードに入るので返答しておくか。


「正式にクロ、こいつな。クロと従魔契約が結ばれたみたいで念話ができたんだよ。それでこいつと話してただけだ無視していたわけじゃないさ。」


『ホッ、よかった。もしかして捨てられるんじゃないかと思ってしまいました。』


相変わらずのネガティブだな。いい加減捨てられるとか売られるとか言われると俺でも少しは気にするんだがこいつは気付いてないよな。

はぁ、もう少し自信を持ってもらいたいものだ。

ホッとしているコアにクロが話しかけるがコアは念話ができるわけではないので鳴き声にしか聞こえていない。なので俺が同時に通訳してやることにした。


「ピュイ。」

(コアのおねーさんよろしくね!)


『マスター、クロさんはなんて言っているんですか?』


「よろしくだってさ。な、クロ?」


「ピュイ!」


『クロさんこちらこそよろしくお願いします。でも辺り構わず食べないでくださいね?私の世界では本当に国が滅んだこともある存在ですから気を付けてください。』


「ピュイ。」

(僕は酷いことはしないから大丈夫だよ。)


『マスター、クロさんはなんて?』


「心配するなってさ。クロはちゃんと分かってるよ。」


『よかったです。ならなんの心配もいらないですね。クロさん仲良くしてくださいね。』


「ピュイ!」


クロは俺の手のひらから飛び降りコアの上によじ登っていく。

仲がよくなりそうで何よりだ。ついでにコアのネガティブ癖を直すのも協力してくれるよう後で頼んでおこう。


草原の出口はもう少しだ。

新しい仲間と共に俺達は談笑しながら出口を目指した。

もちろんモンスターは狩りながら、だが。


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