たより(四)

 まず目に飛び込んできたのは、鮮やかな福木の黄だった。

「矢車……」

 印月からの文は来ず、さらに三ヶ月ほど待って、早くも秋の実りを終えようとしている季節に、しろたえの島から藤世に仕立て済みの長衣が届いた。

 衣桁にひろげてみる。肩から背、袖にかけて、豊かな滝のような藤の花の紋様があふれ落ちている。島特有の、自由な色使い――桜に青や赤、菊に紺、波に紫――で、裾が染め分けられている。黄色の空を舞う鶴や燕。現実にはありえない、地域も季節も問わない取り合わせ。

 数十枚の型紙を彫り、糊を置いたのち、その枚数分のとりどりの染料を刷毛ですり込む。島の染彦たちの面目躍如――豪壮華麗な型染かたぞめの世界だ。

 袂をすくい取っただけでわかる。この繊細な織り方は母の手になるもの。添えられた花織の帯もそうだった。

 ×印の風車――長寿紋様、円とその真ん中の点の銭貨――富貴紋様、扇状に広がる蓮――栄達紋様。

 藤世の幸福と長寿を喜ぶ。遠く時間と土地を隔てられても、藤世を想っている。

 藤世は絨毯にへたりこんだ。そばに座る四詩にすがりつく。

 矢車と母、ふたりとことばを交わすことは、二度とないだろう。藤世は、この嶺で生きていく。それでも、故郷は、しろたえの島は藤世のこころのなかで輝きつづけるだろう。

 あふれる涙を四詩が舌で受け止める。そのあたたかさを感じて、藤世は声を上げて泣いた。



 日が高いうちは、神殿や街の工房で染織を学ぶ。簡単な意思表示でまつりごとを司るようになった四詩が戻ってくると、夜は彼女を抱き締めて眠る。

 忙しくしていれば、自分の不安と向き合わずにいられた。

 印月からは、王の説得を続けている旨の布帛が届いた。

 ――朧さまは、その夜、すがたを消してしまわれた。

 代替わりが行われたのと同じ夜、朧はいなくなったという。王と妃は嘆いた。それが雪獅子の代替わりのせいであると聞き、妃はともかくとして、王は憤った。嶺に珊瑚を渡すことについては、拒んでいる。

 兄から受け継いだたいせつな宝であるからと。

 臨泉都で藤世がしたこと――王と妃を結びつけたこと――について、後悔はしていないが、藤世は複雑な気持ちになった。王が妃を、妃の愛した自分の兄を受け入れるようになって、珊瑚が手に入る可能性が低くなったのだ。

 一矢の文はすでに都に向けて送られている。重ねて、藤世も王と妃に向けて文を織った。この世の気象を司る霊獣の幸福のために、どうか力を貸してほしい、と。



 ふたたび冬が来て、さらに春がきざし始め、街道が開かれたころ。

「王さまからの文が来たの!?」

 藤世は神殿の広間に駆け込んだ。

 巫祝たちと四詩の集まる部屋に、臨泉都の役人の一行が通されていた。

「藤世に、直接伝言があるそうだ」

 一矢が藤世を役人の前に招く。

 旅装をまとった役人のひとりが、藤世にひとかかえの包みを差し出した。

 藤世は、荒く織られたその綿の布をほどく。

「叡雨君は、藤世殿にこのように伝えるようにとおっしゃいました」

 役人は藤世の手元を確認しながら、訥々と言った。

「宮廷に永く仕えた朧さまの織った、その布を」

 藤世は目をみひらく。

「白く染められたら、珊瑚を渡すと」

 そこには、黒蚕から紡がれた絹――黒絹で織られた反物が現れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る