連理の樟(五)

 夜は、清が贈ってくれた肩掛けを眺めて過ごす。最初のうちは絢爛な紋様に見とれていたが、顔を近づけて目を凝らすうちに、鼻をくすぐるかすかなにおいに気づく。彼のにおい。鼻を押し当て、思い切り吸い込み、陶然とする。引き寄せられるように、唇を織り目に落とす。やわらかな感触が、生々しい記憶を引きずり出して、朧は惑う。布を抱き締めて寝台に入る。いとしいひと、と甘く優しい声がこだまする。

 夢を――彼の夢を一晩にいくつも見る。素晴らしい装飾の、彼の故郷の家に案内される。裕福な彼の父親、ゆったりと微笑む母親。六人きょうだいの四人目で、婿をとった姉と、神殿に出仕している兄ふたり、早々に常備軍に参加し始めた弟、織物の得意な妹がいる。窓から、彼の髪と同じ色の、厳しい山嶺が見える。この山々を越えなければ、彼の故郷には辿り着けない。

 奇妙なことに、しろたえの島で暑さに打たれている彼を見る。翠の海のうつくしさに歓声を上げ、白い砂を掘って貝柄を探し、それを海水で洗って朧に差し出す。蔦に付いたおおきな花を覗き込み、蝉の鳴き声を不思議がる。島の男たちのように赤銅色に日焼けして、苧麻の単衣を片肌脱いで染彦たちの泥沼での作業を手伝う。

 ひとりの寝台で目を開けて、闇を見上げながら朧はだらだらと涙をこぼした。

 彼はいまはいない。

 つかのまの途方もない幸福は、すぐに無残に切り刻まれて、朧のこころを生涯踏みにじる。

 その確信、悲観でも逃避でもない真実。

 自分を、深い穴に突き落として、上から土くれで窒息させる。自分で自分を葬るような、非業の悲しみが、朧を苦しめた。



 清は自分の想いを周囲に隠すようなことはしなかったし、朧も最低限の気遣い以外、自分を抑えることをやめた。

 智迅君は連れだって歩くふたりを望遠鏡で見たのか、周囲の調度を打ち壊した。貴重な望遠鏡自体も叩き割り、手を切って血を流し、咆哮しながら、目に入るものすべてを破り、折り、裂き、潰した。

 そして、高熱を出して寝込んだ。

 いつくしの嶺から、至急の文が届いたのはそのときだ。

 ――く戻れ。雪獅子病めり。

 清は朧に説明した。

 この手紙が来たということは、わたしは。


 次の雪獅子に選ばれたんだ。

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