しろたえの島(三)

 身に沁みこんでくるような寒さだった。

 暗くてなにも見えない。

 藤世は苧麻ちょま単衣ひとえをかき合わせ、しゃがみこんでぶるぶると震えていた。

 寒い。草履を履いただけの藤世の足を冷気が這い上る。歯ががちがちと鳴る。そんなことは初めてで、驚いて肩を揺らすと、固いものにぶつかった。

 ここはどこ?

 手を伸べると、つめたい木の感触。そのまま上に滑らせても、同じ感触。立ち上がれないほどの狭い箱のようなものに閉じ込められているのだ、と思った瞬間、ひゅっとことばにならない声が出た。

 だれか助けて!! ここから出して!!

 拳を木材に打ち付け、どんどんと音を出す。

 ……だれかいるの?

 聴き取りづらい、ちいさな声が遠くから聞こえる。

 いるわ!! ここから出して!

 ……待ってて。開けるから。

 足音と、金属のこすれ合うがちゃがちゃという音が立ち、

 ……っ。

 力を込める息遣いが聞こえたあと、ぎいっと頭上の木材が持ち上げられた。

 嗅いだことのない、生臭いにおいが鼻を刺す。

 ……あなたは……?

 においの元である灯りをかかげて、こちらを見下ろすのは、もこもことした毛皮の帽子の下の赤い顔。おおきな赤い珊瑚玉をこめかみに連ね、鈍く光る絹の上着で分厚く着ぶくれした、小柄な少女だ。

 藤世はぎょっとしてことばを失う。暗闇のなかの少女は、ひどく寒風に灼かれて頬を赤くしていたのだ。こんなあかぎれは、藤世の島の冬では見られない。

 痛々しい見た目に眉根を寄せた藤世を見て、少女は目を丸くした。

 そんな薄着じゃ、肺病になってしまう! 待ってて!

 彼女はばたばたと暗がりのなかに消えると、ややあって戻ってきた。

 とにかくそこから出て!

 灯りを脇に置き、藤世の腕をつかむ。熱いてのひら。藤世は箱から引っ張り出され、少女の持ってきた毛皮を被せられる。それでも藤世の震えは止まらず、少女はおろおろした。

 いつからそこにいたの!? こんなに冷えて!

 少女は藤世の手を両手でくるみ、ぎゅっと握りしめる。

 ……わからない……たぶん、ずっと昔から……。

 藤世はぼんやりと答える。ずっと昔から、藤世は彼女を待っていた気がしている。

 待っていたときの寒さとさみしさを思い出して、藤世はほろほろと涙をこぼした。

 ずっと待っていたの……。さみしかった……。

 ああ、泣かないで!

 少女はうろたえ、熱い指先で、藤世のつめたい頬に触れる。あかぎれでがさがさした感触の手で、藤世の涙をぬぐう。それでも、藤世の涙は止まらない。

 とにかく、温かいところに行こう……!

 彼女に手を引かれ、藤世は歩き始めた。

 そこは、しんと静まりかえったおおきな建物だった。夜のなか、いくつもの部屋を抜け、階段を上り、入り組んだ通路を通って、赤い綴れ織をめくった先に、ちいさな少女の私室があった。毛足の長い敷物の上に、両開きの扉が取り付けられた家具がある。

 入って。温かいから。

 扉を開け、少女は藤世をその家具のなかに押し込む。少女が上部の金具に灯りを取り付けるとわかったが、ふかふかの毛皮が敷かれたそれは、寝台だった。

 脱いで!

 えっ?

 唖然としていると、少女は藤世の服を手早く脱がせ、寝具でくるんで、自分も分厚い服を脱いだ。弱い灯りに少女の肌が赤く照らされたと思う間もなく、彼女は藤世と同じ寝具にもぐりこんで、藤世に抱きついた。

 藤世はびくりと震える。少女の肌は火のように熱い。

 ほんとうにつめたい。大丈夫、温めてあげるから。

 耳元でささやく彼女の声が、藤世のからだの芯を震わせた。

 彼女のからだだけでなく、寝台の底もじんわりと温かい。

 ちゃんと炭を焚いておいたから、一晩もつと思うよ。

 えっ、ここを炭で燃やしてるの!?

 藤世が声を上げると、少女はきょとんとした。

 うん。近くに炉があって、一晩燃えるようにしてあるんだ。

 ……ここまで燃えちゃわないの?

 おそるおそる藤世が訊くと、少女は吹き出した。

 大丈夫だよ! 煙道がこの下を通ってて、石の床越しに熱が伝わるだけだから!

 目の前で彼女がからからと笑う。息が藤世の頬にかかる。それから、またぎゅっと彼女が藤世を抱き締める。

 手や顔と違って、少女のからだはしっとりと湿っていて、柔らかかった。

 藤世のからだが、じんわりと痺れたように痛み出した。

 ……からだがびりびりする。

 熱がからだに回り始めた証拠だよ。

 ……ずっとずっと、あなたを待っていたの。

 ごめんなさい、見つけるのが遅くなって。

 藤世は少女を抱き締め返した。

 わたしは藤世。あなたの名前は?

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