異世界で生き残るには? チャック・○リスなら大丈夫

第21話 異世界で生き残るには? 事実召喚!

 サクアもロータスもエチエンヌもいない。騒々しい連中がなんだかみんな何か用事があるようで誰もいない。そんな静かな俺の部屋。

 しかしローゼはいる。このチンチクリン魔法使いは、たまたま他に何もすることないようで、もう残りは数えるばかりとなった缶ルートビアーを飲みながら、俺の部屋でごろごろとしている。

 特に何か俺の部屋でないといけないわけはなさそうだし、水龍とサラマンダーの激突以来、水の精霊が刺激されたのか、しばらく雨がちだった天気も、今日はすっかり晴れて良い気候だし、——こいつも外でぶらぶらでもしてくれば良いのに。と俺は思うのだった。

 いや、本当。ローゼはここで、何をしていると言うわけでもない。時々持って来た魔道書を読み始めたりすもするが、すぐにつまらなさそうに放り投げると次は体を伸ばして気持ちよさそうにしてみたり、ゴロゴロ床をころがったかと思うとそのまま居眠りをしてみたり。

 これじゃまるで……

 ——猫?

 俺はそう思うと可愛く見えてこなくもないこいつをじっと見つめるのだが、

「……?」

 視線を感じて振り返った目があって、不思議そうに目を見開くローゼ。それに、俺が違う違うと首を振ると、偶然目があっただけかと思ってくれたのか、関心なさそうに、そのまま(布団のかかってない)コタツの下でローゼは丸くなるのだった。その姿は……

 ほんと、こいつは……ね……

 俺は思わず口から出かけた言葉を飲み込んで。

 ——まあ、いいや。

 と、心の中で呟くのだった。

 そして、軽い安堵の嘆息をつきながら、俺は机に向き直り、パソコンを見るのだった。

 ローゼが今日は俺を放っておいてくれるのならば、俺も今日はこいつに構わないでおこうと思うのだった。

 それで、今日は、俺は俺のやりたいことをしよう。何の目的もなくネットを適当に漂流しよう。今日は徹底的に無意味にすごいてやろう。俺は、そんな風に思ったのだった。

 だって、——休む暇もなく続く大事件の連続だった毎日の中に、ふとエアポケットのように現れた暇な一日。それが今日なのだった。何の事件もなくただまったりとした時が過ぎる。暇で退屈だが、それゆえに貴重な日。

 何かをするために——何かに急き立てられて——下手したら世界の終わりが俺の検索結果にかかってるかもしれない? そんな死ぬほど焦ってキーを叩くようなネット閲覧を今日はしなくて良いのだった。

 俺は、徹底的に無目的に、無為に今日を過ごせば良いのだった——そんな俺が今日ネットでたどり着いたのは……


 チャック・ノリス・ファクトであった。


   *


 チャック・ノリス。それは武術家、俳優、エッセイストその他諸々をこなすアメリカの有名人のことである。様々なアクション映画でヒーローを演じた彼は、ついにはインターネット上で強さと完璧さのアイコンとして扱われるようになる——そのアイコンとしての彼を用いたジョークがチャック・ノリス・ファクトなのだった。


 ——チャック・ノリスは一度ガラガラヘビに咬まれたことがある。

 ——3日間もがき苦しんだ末……、ガラガラヘビは死んだ。


 こんなジョークがネットのあちらこちらにあふれかえっている。


 ——チャック・ノリスは火星に行った事がある。

 ——火星に生物反応がないのがその証拠。


 スクリーンの中の彼を超え、ジョークの中ではさらに完璧な強さと、神のごとき能力を誇るノリス。そんな彼ならば、世の中の常識を超えて何ができるのか? その思考実験で、誰がよりいかれたジョークを導き出せるか。それを競うようにネット上で大喜利をする。それがチャック・ノリス・ファクト、ジョークであった。


 ——神が「光あれ」と言ったところ、

 ——チャック・ノリスに「『お願いします』だろ?」と怒られた。


 もう「神のごとき」どころか、神もアゴで使ってるようなチャック・ノリスだった。このネットにあふれる事実ファクトの中の彼はまさしく全知全能。ああ、もちろん、「全て」なんてものは、チャック・ノリスが知ること、できることの一部でしかない。彼が「知る」とはそれが「在る」ことであり「できる」ことなのだから……

 まあ、と言うわけで、特にすることもないこの日、俺はそんなチャック・ノリスのシュールなジョークを夢中でネットで検索するのだったが、


 ——Googleはチャック・ノリスを検索しない。

 ——何故ならあなたがチャック・ノリスを見つけるのではなく、

 ——チャック・ノリスがあなたを見つける事を知っているからだ。


 なるほど、そんな俺もチャック・ノリスの事実ファクトの中にもう囚われていると言うわけか……

「ほんと……すごいやつだぜチャックノリスは!」

 俺は、思わず、そんな風に声を出して言ってしまうのだったが、

「む! そうだ!」

「あれ……?」

 いつのまにか俺の横で一緒にパソコンを眺めてていたローゼが言う。

 夢中になっていて気づかなかったが、どうやら一緒に画面を眺めていたらしい。

 なんだか、とてもワクワクしている様子の彼女に、俺は、少しふざけた様子で言う。

「……どうだい、ローゼ? こんな男がいる俺の世界は? すごいもんだろ?」

「む!(そうだな)」

この世界ブラッディ・ワールドはチャック・ノリスがいないせいで損をしているな」

「む!(そうだな)」

こいつノリスがここにいたら、この世界はずっと面白くなるかもしれないな」

「む!(そうだな)」

「どうだローゼ? お前の魔力で、この男をこの世界に召喚でもしてみたら?」

「む!(そうする)」

「……と言ってもネットの中の架空の超人を召喚んて……あれ?」

 俺が、杖を宙に掲げあやしげな詠唱を始めたローゼを呆然と見つめるうちにも、床にできた魔法陣はどんどんとその輝きを増す。

「まさか? まさかね? あらわれてもチャック・ノリス本人だよね? アクションスターご本人が現れるんだよね? 事実ファクトの中の彼が出てくるなんてあるわけないよね? だって、彼は架空の事実……ネットの中のジョークなのであって……」

「む! もう少し……」

 俺は、魔法陣の中から少しずつその姿を表す、チャック・ノリスの姿を確認しながらも、それは彼本人が召喚されてしまったに違いないと思ったのだが、——手に噛み付いたキングコブラをぶら下げた彼は、

「……5日間もがき苦しんだ後に...コブラは死んだ」

 力なく床に落ちる猛毒ヘビを冷ややかに眺めながら言うのだった。

 これって?

 もしかして……

 事実ファクトが……

 来ちゃった?

 

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