第18話 サラマンダー出現

 突然、巨大なサラマンダーの現れた街は、たちまち大騒ぎとなった。

「あなたたちはまた何をやらかしたんんですか!」

 すると、こんな騒ぎを引き起こすのは絶対にローゼ一味だろうと見当をつけて、俺たちのところにやって来たのは聖女ロータス。

「こっちが別の取り締まりに忙しい隙に……」

 後で聞いたのだが、ロータスたちは、乱闘の取り締まりに忙しくて、俺たちのやっていたゲリマンダーに気づいていなかったとのことであった。

 なんでも、著名な知者ソフィストがトランク支持の下層階級の粗暴さをディスってたと言う、そのクランプトン派の集会に、トランク派の過激派が突入して来たらしく、最初は殴り合いの喧嘩くらいだったのに、あっと今に乱闘が拡大して魔法や魔剣の交錯する市街戦状態になってしまっていたらしい。——そんな状態だったので、ローゼの行った街の区画整理も気づかれずに放って置かれたようなのだが、

「あっちも、こっちも——何なんですかこの街は!」

 やっと一つ事件片付けてきたかと思ったら、また大騒ぎの街に、かなりキレ気味のロータスだった。

 なんと言うか、この聖女様、怖いと言うか、絡まれたらめんどくさそうな、——しつこそうなオーラをばりばりに出しまくっていて、俺は目をつけられないようにそっと顔をそらすのだったが、

「なんですか! 街全体を依身よりみにしてサラマンダーを召喚なんて、こんな選挙で忙しい時にそんなことをして何が楽しいんですか! 一体誰がこんなこと考えついたんですか!」


「「……こいつ」」


「………………」


 あっさりと俺を売る二人であった。まあ、確かに、今回のサラマンダー召喚は俺のせいと言われれば、俺のせいなのだが……

「ともかく——このサラマンダーなんとかしなさい! このままじゃ街が焼き尽くされるどころか、世界の滅亡もありえますよ。ほら……」

 しかし、ロータスは、どうやら誰のせいなのかはあまり関心はなく——それどころじゃない——今はこのサラマンダーをなんとかしなければならないと思っているようだった。なにしろ、俺たちのゲリマンダー作業のせいで偶然召喚されてしまったサラマンダーは、冗談じゃなく巨大であった。

 そのうえ、サラマンダーは、なんだかみるみるうちにその大きさを増しているように見えた。今でも、通りから見上げると天空の半分を覆っているくらいであったのだが、さらにどんどんとその体を大きくしていくのだった。

 そんなサラマンダーを見て、

「む! 火炎地獄インフェルノ・フラムマ!」

 ローゼが杖を振り、巨大な炎を宙に発生させ、それをサラマンダーにぶつける。

 ローゼの全魔力をぶつけたようなその攻撃は、普通であれば消し炭も残らないほどに相手を焼き尽くしてしまうのだが、

「……なんだか却って火の勢いが増したような気がしますね」

「むぅ……(くやしい)」

 今も、着々と、地から火の元素を着々と吸い込んで大きくなっていくサラマンダーであった。その火の精霊の大元締めに火炎攻撃を加えてもただ相手を勢い付かせるだけの用だった。

 でも、

「む! 火炎地獄インフェルノ・フラムマ!」

 あくまでも火炎攻撃しかしないローゼ。

 俺はどうやら意地になっているチンチクリン魔法使いに、

「もっと、なんだ……水の魔法とか氷の魔法とか出せないのか? 火を消すのだから……」

 と諭すが、

「む! 我が矜持プライド!」

 自分の火の魔法が負けるのが許せないローゼであった。

 とは言え、世界の滅亡とプライドが天秤にかかっているんだが……まあ、こういつにそんなことを言っても絶対引くわけはないよな。

 じゃあ、

「聖女様は……」

 俺は、もう一人、この事態をなんとかできる可能性をあると思ったロータスを見るが、

「あわわわわ——燃える、燃える、どうしましょう。うゎ!」

 見るからにうろたえて裾を踏んで転ぶ。——地面にしこたま頭をぶつけるドジっ娘であった。

「ロータス様! ロータス様! いかがなされまし——うあ!」

 そこに、乱闘の後始末でもしていたのか、ちょうどその時に遅れて到着のエチエンヌ少年だったが、

「あわわわわ——燃える、燃える、どうしよう。うゎ!」

 仕える聖女同様の慌てぶりでこっちも役に立ちそうにない。

「………………」

 うん、おわた。

 この世界終わったかもしれないな。

 と俺は思った。

 街の火の元素だ、ローゼの火炎だを吸収して、すでに空の半分も覆っている大きさまで成長したサラマンダーを見ながら、その迫力に、俺は世界の終わりをあっさりと覚悟するのだった。

 そのうえ、

「ん、なんだ……! 地震!」

 俺は、激しい揺れに、転びかけて、思わず手を地面につけながら片膝をつく。

 なんだ? サラマンダーだけで手がいっぱいなのに、こんな時に間も悪く地震!

 そんな間の悪い偶然があったりするものだろうか?

 でも地震? そういや?

「ああ、水龍が暴れ出したようですね。街中でこんな魔力や精霊が暴れていれば、あれは、熟睡していても目を覚ますでしょうか——はて、困りましたね。サラマンダーさんを放っておいてあっちにもいけませんし」

「む!(こっちが優先)」

 やっぱり、この間と同じように、水龍が目覚めて暴れ始めたせいの地震のようだった。

 すると、そりゃ緊急度はサラマンダーが優先は同意するが、この地震は地震で早く対処しないと水龍が崖を崩して近くの住宅地が被害にあってしまうわけだが……

 どうしたら?

 この二つをさっさと解決……

 できるなら、一緒に解決?

 ん?

 一緒に?

 もしかして、

「合わせて解決とはならないかな?」

 と俺は閃くのだった。

 その俺の言葉に、

「ん? 魔女の使い魔、『合わせて』とはどう言う意味だ?」

 まだ慌てているのか、立ち上がろうとして足を滑らしたロータスを肩で支えながらエチエンヌ少年が言う。

 俺は彼に答えて言う。

「そりゃ、火には水と言うことさ。二つの相反する災厄が起きたなら、その二つを合わせれば無にできないかってね……」

「なるほど……サラマンダーに水龍をぶつけるのですね。試す価値はありそうですが……」

 ひたいにたんこぶを作る間抜けな姿ながらも、キッと真面目な顔になったロータスだった。聖女様は俺のアイディア自体は認めているようであるが、

「いかにしてサラマンダーを水龍のところまでさそいだせばよろしいのかですね……」

 と言うエチエンヌ少年の言葉に、深く首肯するのであった。

「…………それな」

 そして、俺も、その手段が思い浮かばずに、そのまま口を閉ざしてしまうのだった。

 ——しかし、

「む! ある!」

「へ?」

 自信満々に、少し鼻の穴を膨らましながら言うローゼであった。

「ああ、あれですね……」

 そして、サクアの楽しそうな顔に、俺は嫌な予感マックスとなるのだが、

「む!(そうだ)」

 そんな俺の気持ちはガン無視でローゼが杖をドンッと地面に叩きつけると叫ぶ。


童話夢幻魔法!かちかち山


   *


 罠にかかった俺は、必死に老婆に懇願しているところだった。

「もう、火の精霊に水をかけるような悪さはしませんから。石綿の採掘も手伝いますから。拝火教に改宗しますから。だからたぬき汁にだけはしないでください!」

 俺の必死の回心の演技に困ったような顔をする老婆であった。

 へへへ。

 俺は心の中でいやらしく笑う。

 所詮、こんな善人のばばあなんていくらでも騙せるぜ。

 俺の体を縛った縄を説き始めた老婆を見ながら、俺は心の中でペロリと舌なめずりをする自分を思い描く。

 まったく善人というのは度し難い——馬鹿者だ。

 ほら、かいがいしく家の掃除とか洗濯とか手伝ったら、あっという間に俺を信用して、「こんな息子がいたらね」とかメロメロだね。肩を叩いてあげると安心して寝てしまうくらいだ。

 ふはは、こりゃもう全く警戒心を解いちゃってるな。

 ひひひ、そろそろ潮時かな。

 俺を狸汁にするように言って畑仕事に出かけたおじいさんももうすぐ戻ってくるだろうし……このままさっさとお婆さんをひどいめにあわせたら……

「サラマンダーさん、どうかこの翁の無念をお晴らしください!」

「へっ?」

 ローゼの魔法童話夢幻魔法!かちかち山

 その魔法に囚われた俺は、その童話の中に入り込むと、悪だぬきになってお婆さんを殺してしまっていたようだった。

 ならば次に来る場面は、

「たぬきさん、山に芝刈りに行きましょう。今、山火事が多いので芝の相場上がってるんですよ。芝をいっぱい貯めておけば、すぐに大金持ちですよヒッヒツヒッ!」

「そうか……サラマンダー。お主も悪よの。山火事を起こしているのはそもそもお主じゃろうが……」

「いえいえ、狸様にはかないませんよ」

「「はははははっは」」

 なんだ、芝刈りか?

 ずいぶんと楽しげに童話の一シーンを演じる俺だったが、——だめだ、これ。このペースに乗せられてはいけない。

 カチカチ山の童話の中に俺はいるんだ。それも狸として。

 なら……

 ——カチカチ!

「……なんだ、カチカチとへんな音がするな?」

「それは、この山がカチカチ山という名前なのでカチカチと言う音が聞こえて来るんですよ」

 いや違うよ。気づけよ狸——と言うか俺。

「そうなのか……」

 そうじゃないよ!

「まあ、でもわざわざカチカチと音をたてて火打ち石なんかで火を起こさなくてもいいですけどね」

「…………?」

 ん? なんか童話と展開少し違うな……

 と思ったら——

「何故なら——私は火の精霊サラマンダーですからね!」

「うゎああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


「使い魔殿! がんばってください!」

「む! がんばれ!」

「がんばれ! 死ぬなよ!」

「がばってねー!」

 

 カチカチ山の童話の中から抜け出した俺は、狸の着ぐるみを来て、背中にしょった芝を燻らせながら、ものすごい形相で俺を追って来るサラマンダーから必死に逃げるのであった。

 ローゼの夢幻魔法から抜けて現実世界に戻って来た俺だったが、ウサギの役目をやったサラマンダーあいつは、まだ魔法で童話の中にいた時の気分抜けてないようだった。俺をお婆さんの仇と思って追いかけて来るのだった。

「使い魔殿! その狸スーツ、ちょっとは防火性能ありますが、サラマンダーに追いつかれたら、そんなの関係なく黒焦げですから気をつけてくださいね!」

 気をつけろと言われても、何を気をつけるんだ! 俺は、無責任な労いの言葉をかけてくるクソメイドに向かって、心の中でありったけの悪態をつきながら、

「ひえええええええ! なんで俺がこんな目に!」

 と悲鳴をあげるが、

「だって、崖に落ちそうになった時に、助けたらなんでもするって使い魔殿言いましたよね!」

「そんなの知るかああああ!」

 俺は悪魔のようなこの二人に安易に全権委任を約束してしまったことを悔やみながら、今にも追いつかれそうなサラマンダーの猛追から逃れて、一生でこれくらい走ったことは無いというくらい一生懸命に走るのだった。心臓が破けそうになっても、足がパンパンになっても構わずに走る。

 俺は、一瞬も止まらずに走るのだった。郊外の、あの水龍がいる谷に向かって、後ろから追いかけてくるサラマンダーから逃げて……

 そして……

 ——ぐぉおおおおおおおおおお!

 水しぶきをあげながら、谷からその鎌首を持ち上げる水龍。

 ——ぷしゅるるるるるるるる!

 その火の天敵をみつけ警戒して止まるサラマンダー。

 俺は無我夢中で走るうちに、いつのまにか水龍の元にサラマンダーを連れて来ることに成功したのだったが、

「……これじゃこのままこう着状態になるんじゃないか?」

 にらみ合い、まるで動こうとしない二大精獣を見て、そんな言葉が思わず口から漏れるのだった。

 しかし、

「何を言ってるんですか使い魔殿」

「へっ?」

 サクアは俺が何を馬鹿なことを言ってるんだっていう顔をして、嘲るような口調で言う。

「まだローゼ様の魔法は終わってませんよ」

「はい? 魔法? カチカチ山の童話の中から俺はもう出てきただろ?」

「いや、終わってませんよ。だって……」

 ……?

 ゴクリと、俺はなんとなく悪い予感にドキリとして息を飲み込む。

「カチカチ山の悪だぬきは最後は水の中に沈むじゃないですか!」


「って、それかああああさああああああああああ!」


 気づけばいつの間にか泥舟の上にいた俺は、荒れ狂う川と言うか暴れまくる水龍の背中に落とされて、

「沈む! 沈む! 沈む!」

 みるみるうちにあちこちが割れて水が漏れ出したのに慌てて叫ぶのだった。

 そして、そんな崩壊寸前の俺の大きな泥舟の横には、プカプカと小さな木の船が浮かんでいる。童話でならそれに乗るのはうさぎだが、このローゼ版カチカチ山であれば……

「うぉおおおおおお! 来た! 来た!」

 その小舟に乗ろうとするのは、街サイズから遥かに膨れ上がった巨大サラマンダーで、そんなのが俺の近くに落下したら?

 うん。死ぬる……

 そう思った俺は、沈みゆく泥舟をあっさり見捨てると、そのまま自ら水面に身投げして、できる限り水(水龍)の奥深くに向かって潜って行くのだった。

 しかし、俺が沈み始めてちょっとしたら……

 ——バシャーン!

 俺は巨大な水と火がぶつかってたちまちのうちに水蒸気になる、そんな爆発によって空高くに打ち上げられるのであった。

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