第14話 水龍


「うぁあああああ! ——っっててて!」


 なんどやられても慣れない魔法による転送であった。なんだか転送する前と後で、重力の方向が狂ってる気がするんだよね。だから、地面に足を着いたつもりで足を伸ばした俺は、突然空中に投げ出されて目の前に突っ伏すように倒れる。

 そして、

「はい?」

 ぞぞーっと血の気が引けるのを感じる。

 目の前にあるのは、深さ数十メートルはある峡谷、その崖っぷちというか、崖から顔を俺ははみ出して、大奈落を見下ろしていたのだった。

「使い魔殿、なんですか。危ないですよ。自殺ですか。その前にハードディスク消去しましたか?」

「む!(あぶないぞ)」

 俺の使うコンピュータなんて、絵が動く魔法の箱ぐらいにしか思っていないくせに、やたらと急所突いてくるサクアであった。

「いや、死ぬ気はないというか……死にたくない。でも、腰が抜けて動けない。助けてくれ」

 だが、今は、ハードディスクどうこうに突っ込む気力もなく、今のこの状態をなんとかして欲しいと望むのみの俺であった。

「へえ……そうなんですか……」

 そんな俺を見て、なんだか、悪っぽい笑みを口元に浮かべるサクアであった。

「そりゃあ……助けてやっても良いですけどー」

「なんだ、なんでも良いから……」

「『なんでも良い』ですか? ちょっと言葉が違うんじゃないですかね?」

 うっ、こいつは俺に「あの」言葉を言わせようとしているのか。あのお約束の、言葉。俺はその言葉が口から思わず出そうになるのを必死に我慢するが、

「あっ……」

 俺の突っ伏している顎のあたりの岩がごろりと崩れ、俺の体はずるりと前に傾いて、

「ひっ、た、たすけ……なんでも……!」

「なんでも……(ニヤリ)?」

「なんでもするから助けて!!!!!!」

「む!(助けるぞ)」

 ついに「その」言葉を言ってしまった俺は、「ん? 今なんでもするって言ったよね?」と言う、クソメイドあらため、クソ幼女メイド サクアのお約束の言葉を聞きながら、崖っぷちの崩落に巻き込まれずに空中に浮かぶのであった。

 そして、俺は、

「何あれ……?」

 ガラガラ崩れる岩のなかで雄叫びをあげる真っ白なドラゴンの姿を見るのであった。


   *


 ローゼの魔法に運ばれて、崖から少し離れた草地に着地した俺は、そのまま地面に座り込み、少したって、やっと心臓のドキドキが終わった頃にサクアに尋ねる。

ドラゴンがいたよな」

「ああ、川ですねあれ」

「いや、ドラゴンだろあれ」

「だから川ですって」

「どう見てもドラゴンだろ」

 俺とサクアは軽く言い合いになるが、

「む!(どちらも正解)」

「へ? もしかして、川がドラゴンなのか?」

「まったく使い魔殿は頭悪いですね。ドラゴンが川ですって!」

 まあ、そんな順番なんて、掛け算の順番と同じくらいどちらでも良い。

 つまりは川とドラゴンが同じもの、水龍ってことだな。俺の世界でも川を龍に見立てる伝説とかはよくあったので、意外ではないが、実際に本当に川がドラゴンとして暴れている姿を見ると、その衝撃はとてつもないのだった。

 川が鎌首を持ち上げるようにせりあがって、雷のようななき声をあげながら周りの崖にぶつかるのだ。そして、頑丈な岩をガンガンと砕くのだ。こんなのを見たら、この世界では川遊びなんてとんでもない。絶対近づかないようにしようと心に誓う俺であった。

「……ああやって、川——ドラゴンが崖にぶつかって、岩を崩すのであっという間に谷ができて広がっていくんですよね。で広がった谷底に土砂が溜まって広い河原ができるんです……」

「む!(そうだ)」

「それで、そうやって広がった谷——河原がしばらくすると街の近くまで広がってあぶないので、そのたびにローゼ様地面を隆起させて谷をなくすんですが、するとまた勢いよく川——ドラゴンが暴れて谷を作っての繰り返しですよ」

 なるほどな。この街の河岸段丘はこうやって作られて行っていたのだった。

 だけど、

「……もうそろそろ限界じゃ無いか?」

 俺は振り返りながら言う。

「そうなんですよね……」

「む……」

 サクアとローゼも振り返り、困ったような顔になる。

 俺たちは目の前まで迫っている新興住宅地を見ていた。

「ローゼ様が水龍の脅威から街を守ったから、安全かと思ってこんな近くまで家を建てる人たちが現れてしまったんですよ」

 ああ、何処の世界も同じである。たまたま今は災害が起きていないからと言って、今後水龍が暴れたら家ごと崖の下に落ちてしまいそうな場所にまで住宅地を作ってしまっているのであった。

「もうこれ以上地面をあげてもすぐに水龍が暴れて、このへんの家は谷底に落ちてしまうでしょうね」

「むぅ……」

「なんだいそれ! 危ないじゃないか! 今すぐにでもこの辺の家の人たちには避難命令出した方が良いよ。市長とかからさ」

「それが駄目なんですよね……」

「なんで?」

「だって、このへんの住宅地を開発したのは市役所で、大陸中に住居者募集のチラシ配って、風光明媚な郊外の高級住宅地として売り出した場所なんですよ。いまさら引っ込みはつかないですよ」

「はああ!」

 少し憤りを感じる俺であった。

 市が無計画に拡張した住宅地が危機に瀕していると言うのに、市のメンツのために避難命令が出せない? そんなバカな話があるか! 俺は思わずそう叫びそうになるが、

「それに、ローゼ様的にもまずいんでよね。避難命令……」

「…………?」

「この街の開発進んだのってローゼ様が地面を隆起させて水龍の害から街を守れるようになったからじゃないですか」

 まあ、そうなのだろう。でも、それで?

「こんな開発を進めてしまったのも、ローゼ様が魔法で土地を隆起させたからだって今の市長は言うんですよね。だから、ローゼ様が責任とるべきだって……」

「むぅ………………」

「……でも」

 俺は言葉を飲み込んだ。

 こいつらは、——はめられたのか?

 大魔術師とその人造助手メイド。

 まあ、ゼロから選べるなら決して親しく付き合いたい二人では無いが、しかし一宿一飯の義理というか、二ヶ月に渡り苦難を共にしてきた連中である。

 そんな二人が、今の市長に、この無謀な住宅地開発の責任を押し付けられてしまっているのだ。

 基本的には事なかれ主義の俺にしても、さすがに憤りを抑えきれない感じだった。

「……なんだ、市長が悪いのか?」

「はい?」

「むう?(なんだ)」

「ローゼが悪いってのは今の市長が言ってるんだな?」

「まあ、そうですが……」

「む?(どうしたのだ)」

「今の市長が変わったらどうなる?」

「……?]

「む?」

「市長が変わったら、ローゼのせいにはされないのか?」

「…………?」

「っ?」

「市長が変わればいいんだな?」

「今の市長と同じ派閥のクランプトン女子だと今の市長と同じこと言うと思いますが……」

「むう?(何を考えているのだ)」

「じゃあ、対抗のトランクに変わればいいんだな?」

「そりゃ、そうなら、前候補のやり方を変えるので、ローゼ様のせいじゃなくて、前市長のせいにするかもしれませんが……」

「む……(その通りだが)」

「じゃあ俺はやるぞ!」

「……何を?」

「む?(どうしたのだ)」

「俺は勝たせるぞ!」

「誰を?」

「む?(誰を)」

「トランク候補を!」

「はい?」

「ん?(どうした)」

「俺はトランク候補を市長にすると言ってるんだ」

「使い魔殿……」

「ん……(どうした)」

 なんだか一気にあがった俺のテンションに少し引き気味のローゼたちだった。

 でも……

 なんだか、許せない。

 ろくなことをしないこの二人だが……勝手にこの世界に召喚されてこき使われているのに不満たらたらの俺なのだが……善意を逆手に貶められて良いわけじゃ無い。


「うぉおおおおおおおおおお!」


 義憤にかられ、テンションマックスとなった俺は、——振り返り、ちょうど崖の上に飛び上がって中を舞う、水龍の姿を見ながら、その龍の鳴き声にも負けないような雄叫びをあげるのだった。

 まあ、後から思えば、またもや軽率な行動だったんだけどね。

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