第10話 異世界酒場 タベルナ

 今まではローゼの魔法による不正選挙により、自分の都合の良い候補に勝たせ続けていたのに今回はできなくなった? なぜか?

 それは——サクアの話によれば——ここ最近の選挙へのローゼの投票への介入を疑った、選挙管理委員会が今回の市長選に向けて強力な助っ人を連れて来たからだと言う。それはローゼに勝るとも劣らない能力を持つ聖女、

「ああ、ホーリー・ロータスだろ」

 俺はサクアに言われる前に、その名を言う。

 すると、

「おっ、使い魔殿も知ってるのですか。確かにあの偏屈石頭女の悪名は異世界にまで伝わっていてもおかしくないですね。なんともイライラする嫌な女です」

 と意外そうな口調でサクアが言う。

「……そうなのか?」

 俺も、サクアの話がちょっと意外だったので同じような口調で答える。

 なぜなら、俺の知るホーリー・ロータスはそうではなかったからだった。

 俺はこのろくでもない世界ブラッディ・ワールドに召喚される前、この世界をゲームの中の世界として知っていたのだが、その設定上では、ホーリー・ロータス言えば——

 清涼な深い森の中の湖のようなどこまでも透き通った清らかな心、永久平和を願い自らを犠牲にするのも厭わない、青い聖衣に身を包んだ天使のような女性なのだった。

 長身だが華奢な体の前に長い金髪を垂らしながら、祈るように目を伏せるイメージイラストが残虐でセクシーなローゼのイラストとついで随分とネット上で話題になっていたものだった。

 この世界の冷酷な支配者ブラッディ・ローゼへ対抗する唯一の勢力、聖戦士の軍団率いるのがホーリー・ロータスであったのだった。それは慈愛にみちた、まさしく聖女。

 なんでも、彼女はローゼの凶悪な力に対抗するために、自らの生命力を削り霊力を発するらしく、——なので、力を使えば使うほど彼女は弱って行く。戦いの中で次第に死に近づいて行く。その設定がロータスの悲劇的な最後を予想させ、悲惨なストーリー好きの愉悦部員には随分と期待さ荒れていたキャラクターなのだが……

「ぬ!(どうかしたか?)」

「いやなんでも……」

 俺は、ローゼを無意識に見つめていた目をそっとそらす。

 このチンチクリンローゼだって、ゲームの設定では、残虐で傲岸不遜ごうがんふそんのドSキャラ。その上、ぱつんぱつんの衣装に身を包んだ巨乳のセクシーお姉さんなのであった。

 でも、この実物。ダブダブの衣装を着た、ゆるキャラまがいの実物を見れば——ホーリー・ロータスも推して知るべし。まあ、できるなら彼女ロータスには会わないでおきたいものだ。これ以上この世界ブラッディ・ワールドに脱力したくない。とか俺は思っていると、

「——お待たせしました中生三つです」

 その弱々しい声に考えを中断されて振り返ると、この酒場タベルナにやってきた、俺たちのテーブルに、恐る恐る生ビールのジョッキを三つ置くエルフのウエィトレス——胸につけたネームプレートを見ると——デイジーちゃんが言う。

 それに、

「あ、ありがとうございます」

 軽く会釈をしながらにこやかな笑みでお礼を言う俺。 だが彼女は、一刻も早くこのテーブルから去ってしまいたいようで、こんな早いお辞儀見たことがないよ言うような、ずいぶんと性急なおじぎをすると、俺たちのことなどろくに見もしないで、早足で店の奥に逃げるように去って行くのだった。

「ふう……」

 俺はその様子を見て深い嘆息をする。

 ああ——街にでるといつもこの調子だな、と俺は思ったのだった。大魔術師ローゼとその助手サクア。すでに、この二人の仲間と思われている俺も含めて、街のみんなは腫れ物に触るように俺たちを避ける。

 そりゃ、俺が来てからの二ヶ月でも何回災厄呼び込んだのかと考えれば、街の人々の俺らを見る目も分かるが……

 なんだかこりゃ、ダメだな。

 なにがダメって……

 異世界にきても恋愛方面も……

 そりゃ、今はやりの異世界チーレムストーリーみたいに、別に元の世界にきたらいきなり過剰にモテたわけでもないと言うか、——彼女いない歴が年齢の俺に、この世界に来たからって、ほいほい女の子が寄ってくるとは思ってはいないのだが……

 一応この世界にネットチート持ってやって来たヒーローに、少しはフラグ立ったりはしないものなのかと、俺は少し思うのだった。

 普通、そういう物語チーレムでは、酒場の女の子なんかも、こっそり応援してくれていたりとか、実は敵対勢力の間者スパイだけどいつのまにか主人公に惚れていて、いざという時に味方になるとか、そんなことが起きるのではないか? 街で偶然会った異国の姫とか貴族の娘とかが都合よく好意を持ってくれたりするのではないか? 他、ビキニアーマーの女戦士とか、火のそばで暑くて半裸の女鍛治とか、エロい服着たサキュパスとかが俺の目を楽しませてくれるのではないか? いや、全部はいらない。俺はそんな贅沢ではない。でも、その何分の一かでも……いや一つだけでもちょろいヒロインとのイベントが……

「使い魔殿? なんだか顔がニタニタしててキモいですよ?」

「……あっ。いや、なんでもない」

 ついつい妄想に入り込んでしまっていた俺は、サクアから顔をそっとそらし、ちょっと顔を赤くして下を向く。

 ——確かに、我ながらちょっとキモかった、と俺は思った。異世界に来たら都合よく女の子が寄って来るなんてのは物語の中だけ。思春期男子向けにターゲッティングされたマーケッティングで導き出された最適解プロットの中だけの話である。と俺もわかっているのだが……

「お、お通し……は、だ、大根の鶏肉そぼろ……あんかけです……」

 お通しを俺らのテーブルに運びながら、この世の終わりみたいな顔になっているデイジーちゃん、——今日の俺らの席の担当になったそのエルフの女の子が、自分の不運を呪って、

「私が……私がなにをしたと言うの……なんでこんな人たちに私が……お母さん……ごめんなさい……エルフの里で竪琴弾いてるだけの退屈な生活なんてつまらないって都会に飛び出して来たけれど……こわいよ……こわいよ……なんでこんな目に会うんだよ……」

 震えながら小声でずっと後悔の言葉を言いながら給仕をするのを見れば……

 ——うん。

 さすがに、異世界に来たら都合よくチョロインがどんどん寄ってくるとは思わなかったけど……

 ここまでマイナススタートだと潔いくらいだ。

 俺の淡く甘いロマンスへの期待など迷いなくすっぱりと削ぎ落とす切れ味の良さ。

 それほどのこの二人ローゼとサクアの評判の悪さだった。

 でも、実は、俺はこの二人の犠牲者として同情されて好感得るなんてことはないかと言う微かな希望にすがる気持ちも少しはあったのだが、

「……それにこの頃二人の仲間になったあの人……最近の災厄のほとんどはこの男のせいでひどくなったと言う話じゃない……悪魔よ……あんなイケてなくてまぬけそうな顔をして、実はローゼの召喚した悪魔なのよ……こわいよ……こわいよ……」

 デイジーちゃんの呟く内容が、どうにも微妙に、事実無根と言い切れないので言い訳をすることもできない俺であった。この様子じゃ言い訳しようと近づいても逃げられるだろうけど。

 なら、——ともかく、


「「かんぱ〜い!」」

「…………かんぱい」


 余計なことを考えるのはやめて、中ジョッキの生ビールを飲み始める俺であった。

「ぷわっ! やっぱり発泡酒とはちがいますね」

「む!(そうだな)」

「まあ、そうだな……」

 ハイテンションの二人に比べて少し落ち込ん声だろう俺。

 なぜなら、このチンチクリンとクソメイドは、今日は俺が町内会長から渡された金を使って飲む気満々なのであった。いきなりまだ日も高いうちから、飲みに行くぞと言われて、ローゼとサクアの行きつけの酒場タベルナまで連れてこられた俺であった。そして、いつもはここに来ても発泡酒と安い焼酎のお湯割くらいしか飲まないのに、今日はいきなり迷うことなく生ビールを注文する二人。

 でも、俺はそれに良心の呵責を覚えていたのだった。

「じゃあ、つまみはこの後ゆっくりと考えるとして、まずはお通しでも食べますが」

「む!(そうだな)」

「まあ、そうだな……」

 なぜなら、どうも、この二人は、この後の選挙では、町内会の推しているクランプトン候補でなく、対抗のトランク候補に肩入れしているようなのだった。

 そんな対立候補陣営からよろしくと渡された金を使って良いのだろうかと、俺は思ったのだった。俺は、多分、この二人が支持するトランク候補の選挙運動にこの後駆り出されて、きっとその一味だと思われるに違いないのに、敵になる陣営の金で堂々と飲み歩いても良いものかと胸が少しチクリと痛んだのだった。

 しかし、

「うん、よくだしが染み込んで大根おいしいですね」

「む!(そうだな)」

「まあ、そうだな……」

 当然そんなことはどこ吹く風の二人。俺は、この店に来る前に、対立候補の支持者から渡された金なんて使って良いのかとサクアに聞いたのだったが、

「どうせ誰に投票したかわからないんだから適当にごまかしておけば良いんです」

 サクアはあっさりとゲスな答え返し、

「そもそも(流石にこの異世界でも)、選挙で金を渡すのは法律違反なので、「町内会長も金を渡したのにクランプトンを支持しない、と、おおっぴらには使い魔殿を非難できないから大丈夫です」

 と続けて言うのだった。

 でも、だからってこの金使って良いわけじゃないだろと俺は思うが、

「ぷはー! 今日は暑くて喉乾いてたからジョッキ一気に飲み干しちゃいましたよ。もう一杯生でも良いですが、来週に魔術協会の健康診断控えてプリン体気になるので、ハイボールなんかどうでしょうか……それもいつもは飲まない山○のハイボール!」

「む!(そうだな)」

「まあ、そうだな……」

 まったく心に迷いなく、宴を楽しむ、爽やかなビールクズの二人であった。その姿はなんの迷いもてらいもなく……

 はあ——

 俺はまた大きな嘆息をすると、こいつらに何を言ってもしょうがない、と諦めて、どうせならこいつらに飲み負けないぞと思い、

「ぷはー!」

 少々やけ気味に、一気にジョッキを飲み干すのであった。

 すると、

「おお。使い魔殿良い飲みっぷり!」

「む!(負けられない) むはー!」

「おお、ローゼ様さすが! マーベラス! エクセレントな飲みっぷり!」

 対抗して来たローゼと俺は一気にジョッキを飲みつくすのだが、

「……あとそろそろつまみ頼みますか。すぐ出て来そうな枝豆とタコわさたのむとして、他に何が良いですか? 鳥カラ? それともほっけ焼きにしますか? それとも両方頼んじゃいますか?」 

「む!(そうだな)」

「…………予算超えないようにな」

 なんだか調子に乗って来たサクアの様子を見て、適当にバンバン頼んで手持ちの金を使い切られても困る(残されて皿洗いさせられるのは俺になる)ので釘をさす俺だった。

「確かに予算は気になりますね。私もちょっとは出して良いですが、使い魔殿がもらったお金だけで三人が思う存分飲むのは難しいですね」

「むぅ……(そうだな)」

 俺の言葉を聞いて、ちょっと冷静になる二人。

 確かに町内会長が寄越した五千異円yenだと、三人だとちょっと飲むくらいしかできないな。と言うかもらったのは俺なんだけど。と言うか、そもそも、使っちゃいけなさそうと言うか、そもそももらっちゃいけなさそうな金なんだけど、……どうせこの二人ろくに金持って来てないだろうから、今日はこの金使わざるをえないとしても、

「……まだ大丈夫だと思うけど、お通しの値段が分からないのが怖いな」

 俺はメニューを見ながら、サクアの頼んだもの足し合わせて、もう一杯飲んだら危ないかなと思いながら言う。

 お通しの値段書いてないのでホッケまでたのむとそろそろどうかなとか頭の中で計算する俺だった。

 だが、

「お通しの値段? これってサービスじゃなかったんですか?」

 と意外そうな口調で、そんなことを言い出すサクア。

 それに、

「違うだろ……たぶん……」

 ちょっと自信無さげに答える俺であった。

 そりゃ日本でのお通しの話なら、——自信満々に答えるが……

 ここは異世界である。

 なんだか偽中世らしからぬ、どこぞの国の居酒屋としか思えない酒や料理ばかり出て来るが、……ここは異世界である。

 ジャガイモとトマトくらいまでなら、まあそう言うこともあるかと流してたが、ほっけ焼きに大根おろしがついてきて醤油かけて食べる異世界である。

 とは言え、異世界は異世界である。ここでで日本と同じ商習慣になっているかは俺も確証はない……

 だが、

「む!」

「ええ、そうなんですか! お金取られるんですか! 知らなかった!」

 ローゼが肯定してくれた。お通しは有料のようだった。

「むぅ!」

「ひゃあ、すみません。お通しがサービスでないなんて知りませんでした。今までタダだと思って予算の計算にいれてませんでした」

「むぅぅ……」

「はい。おっしゃる通り。確かにそのせいでお金が足りないことも前に何度か。その度に偉大なるローゼ様のご威光のおかげで店に許してもらいましたが、このサクアこの罪は一生を持って償わさせていただき……」

「むむ!」

「なんと、ありがたきお言葉。過ぎたことは許すと……大事なのは未来だと……ローゼ様……私はあなたに使えていて本当に……うっ!」

 なんだか、泣き出してしまうサクア。しかしいつも思うがサクアはなんでローゼのあんな短い言葉で意を汲み取れるのか分からないが、——ともかく、どうもこの世界でも酒場でのお通しは日本と同じ扱いになっているらしい。

 しかし、お通し? よく考えて見れば、俺も、サクアをあまり馬鹿にできなくて、日本での居酒屋なんかでのお通しの扱いについて深く考えたことはなかった。あれって席料、チャージのついでに出て来るものぐらいに思っていたが……

 まあ。検索するググるか。

 俺は、まだ田舎芝居まがいの感動劇を続けているローゼとサクアは無視をして、ポケットから取り出した、異世界でも電波バリ4のスマホで”お通し”の検索をする。

「ふうん? お通しの習慣の起源ってよく分からないみたいだな」

 席料の代わりという説もあるが、酒場で料理をお任せでみつくろって出してもらった時代の名残って説もあるし、料理ができるまでの口つなぎにすぐ出せるものを出すのが習慣化したって説もあるみたいだな……

「……どちらにしても、店にして見れば、そういう曖昧な成り立ちゆえか、安い材料費でも高い料金取れる高利益率の商品として重宝されている——と言うことか。客にして見れば損な食べ物ということだな」

「「…………損?」」

「……ふんふん、だから、日本でも居酒屋の形態や人々の意識の変化などからお通しについて要らないという人も増えて、大手居酒屋チェーンなどでは無しを選択できる人も増えていると……ここの店は違うのかな……」

「「…………損が無しにできた?」」

「メニューを見ると……あれ、そもそもお通しのことなんて何にも書いてないじゃない? 一体いくらなんだい?」

 俺は、ちょうど隣の席にホッピーを運び終わり、こちらに気づかれないうちにさっと逃げようとしていたデイジーちゃんを呼び止めて聞いてみる。

 すると、

「せっ、千異円yenです……」

「えっ、高いなそれ……」

「「…………」」

 俺は、「私のせいじゃありません! すみません!」と言うと飛ぶように厨房に逃げ帰るデイジーちゃんの後ろ姿を見ながら、ちょっとこの店でそれはボリすぎじゃないかと思うのだった。まあ日本で言ったら、飲屋街の格安居酒屋と言った風の店内である。そしてその外見を裏切らずに料理も酒も安く、俺はここに連れてこられるたびに、ローゼたちがこの店はお得だとか言ってるのを何度も聞くことになるのだが……こんなところでぼっていたのか。

 まあ、料理や酒が同じような店より少しずつ安いので結構飲み食いしたら、全体のお会計は競合店にくらべそんな高いわけでもないが、メニューに値段も書いてないでこれだとなんとも騙し討ちをされた気分になる。だいたいお通しで千異円なら、三人でもう三千異円で、町内会長から渡された金は残り二千異円じゃないか。三人でビール飲んで千異円以上使ってるからもう一杯も飲めないんじゃないのこれじゃ。

 ——やはり騙されてる感強いなこれ。

 と思えば、俺は気になって、こう言うのって果たして法律上許されるのかなって俺はさらにネットで検索をしてみるのだが……

「なるほど、メニューや店内表示にお通しの記述がないのにお通しが出たら拒否できるが、食べたら同意と見なされる可能性高いか……まあ裁判でもしてみないとわからないのかな……とは言えそれもめんどくさいし……俺らはもう食べたからだめか……」

 と諦めて、こんな店この辺でもう出るのが正解だなと思うのだが、

「へえ、食べてなければ拒否できるのですね……」

「む!(そうか)」

 なんだか、

「なら大丈夫ですね」

「むっ!(大丈夫)」

 良からぬことを考えていそうな二人。

「待て! あくまでこの世界が日本と同じ法律ならだぞ。それに俺らはもう食べてしまっているじゃないか……」

 俺はなんとなく悪い予感を感じながら言うが……


嘔魔召喚ゲロ・ゲット・バック!」


「げえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」



 ………………


 気づけば、

「ははは、これで文句ないでしょ! お通しは無しでお願いね!」

「む!(その通り)」

 テーブルの上には、俺ら三人の腹の中から食べたものを吐き出させて元に戻したお通しの大根の鶏肉そぼろあんかけがあった。

 それは、もちろん、ローゼの魔法により復元されたもの。——こんなチンチクリンでも大魔術師の行った魔法である、見た目はまったく元どおりになっていた。

 だが、

「はいはい、そこの女給さん! これ私らいらないから戻してね。お金も払わないわよ!」

「えっ…………」

 とても困った顔のデイジーちゃんであった。

 そりゃそうだ。人が食べてたものが吐き出されて……言ってしまえばゲ○から創られたものを戻すと言われても、

「そ……それは……店長に相談を……」

 なんだかすごいビビってしまっている彼女だった。

 しかし、

「なんだ! 俺の店でなんの騒ぎだ!」

「うわっ! こわっ!」

 店の騒ぎを聞きつけて出てきたのがこの酒場タベルナの強面の店長であった。

 それは、どう見てもカタギには見えない匂いをプンプンさせた2メートルはありそうな柄の悪そうな大男。

 その男は、こっちをじっと睨み、俺はその迫力にビビって思わず後ずさってしまうのだったが、

「ああ、まあ、なんだ……」

 男は騒ぎのテーブルにローゼを見つけた瞬間、明らかに目が泳いでキョどりながら、

「…………?」

「なんかな……あれだ」

「…………?」

 くるりと後ろを向き、

「ふっ! 今日はこの辺で勘弁しといたるわ……デイジー、後は頼む……」

 小声でそう言うと店長はすごい勢いで厨房に逃げ込むのだった。

 そして、

「…………ふぅ」 

 俺は、深い嘆息をしながら、こんなのに巻き込まれてかわいそうと思い、デイジーちゃんを優しく慰めるように見たつもりだったのだが、

「ひぃ!」

 まるで悪魔に薄笑いを浮かべられたかのように顔面蒼白となって、今にも倒れそうなデイジーちゃんと、

「なんだ、やっぱり私たちが正しいのですね。ヒッヒッヒ——」

「むひっ!(そうだ)」

 それをあざ笑う本物の悪魔二人。

 なんだか……

 これって……

 ——俺らまるで悪役みたい。

 と俺は思った。

 いや、「みたい」じゃなくてどう見ても、もともと、どちらかと言うこの世界で悪役なのだが……

 今日は、俺らは、どう見ても、酒場でクダを巻いて、主人公にボコボコにされるザコキャラにしか思えないのだった。

 どうにも——そう思えば——悪い予感しかしないのだった。

 俺は、異世界に来てからのこの二ヶ月で、不本意ながら、ローゼが騒動を巻き起こす前兆の嫌な予感を感じることについては(異)世界一と言って良い嗅覚を持つようになったのだった。

 ならば、


「ローゼ! あなたの度重なる悪行もう許しませんよ!」


 それはやはり現れるのであった。


「この慈愛の聖者、ホーリー・ロータスが来たからにはもう好き勝手にはさせませんよ!」


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