第2話 召喚失敗?

 それは、暴走トラック日和の、ある良く晴れた春の日のことだった。

 俺は、バイトからの帰り、家の近くの最寄りバス停を降りて、良い天気の下、気分良く歩き始めたのだったが……


「おお! あぶね!」


 まずは、急カーブを曲がりきれないで対向車線から突っ込んでくる大型トラックを華麗なるバックステップでかわした。

 と思うと、


「ふう……君、大丈夫? うわっ!」


 次はボールを追いかけて車道に飛び出てきた幼女を、流麗なるダッシュで抱きかかえ、ちょうどやって来たトレーラーをぎりぎりに避けるはめになるのだった。

 そして、こんなヒヤリハットが一日も二回も連続するなんて偶然にしてもすごい確率だ。でも、さすがに三回は無いよな。

 と俺はさらに思うのだが、


「はああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」 


 …………?


「……ロードローラー?」


 突然ロードローラーが宙から降ってくるという有りえなくなくない超常現象と出会うのだった。その空から降って来た圧倒的な重量と勢いに、思わず後ずさって尻餅をついた目の前、ぎりぎりで道路にめり込むローラーを俺はじっと見つめながら、

「いったい何なんだ……」

 そんな言葉を思わず漏らしてしまうのだった。


   *


 で——

 俺はアパートの自分の部屋に入るなり、今日、バス停からの帰り道に起きた事件を思い出しながら、他に何もする気の起きないまま、——寝転ぶ。まだ興奮が覚めやらないと言うか——心臓がドキドキ言うのが止まらずに、ただ天井を見つめてそのまま、何もできずにぼうっとしてしまっていたのだった。

 そうだな。こう言うのなんて言うんだっけ? 確か、……人はあまりの恐怖にあった場合貝のように固まって何もできなくなってしまう。そう言うのシェルショックって言うんだよな。と、この間なんかでググった時に知った言葉をいつのまにか声に出してしまいながら、

「シェルショック……シェルショック……シェルショック……」

 そのまま天井のシミを虚ろな目で睨みながら寝転がり過ごすのだった。

 でも、

「シェルショック……シェルショック……シェルショック……」

 そうやって三十分も、ただ無為にすごしていれば、——時間が解決。

 いい加減ドキドキもおさまって、

「あああ、もういいや!」

  俺はむくりと起き上がり、言うのだった。

「もう考えるのはやめ! 起きたことは起きたことでどうもならないんだし。所詮、偶然なんだし!」

 俺は、自分に言い聞かせるように、少し近所迷惑なくらい大声でそう言うと、数歩歩いて冷蔵庫に行き、中から買いためていたルートビアをとりだすのだった。

 そしてその缶をあけて一気に飲み干せば、

「はあああ! うまい!」

 友達はみんなクソまずいというが——俺は大好きなこの清涼飲料水しっぷのあじを飲めば心も落ち着いて来るのだった。

 これが俺の鎮静剤だいこうぶつだったのだ。

 これを飲めば、考えることも冷静になっていくのであった。

 まあ……なんだ……

 改めて落ち着いて考えれば、起きたことは偶然と思うしかなかった。

 ——偶然以外に起きようが無いことばかりであった。

 いや、さすがにロードローラーが降って来るのはどうなのよと思わないでも無いが……

 それもヘリコプターで山奥の工事現場に搬送中にあやまって落下してしまったのだと、建設会社の人がその後すぐに現場に尻餅をついたままの俺のところに駆けつけて来て、すぐに金一封を渡して来て謝ったので……

 ——そう言われてみれば別に絶対に起きえないと言う話でも無い。

 トラックのブレーキが壊れていたとか、幼女が飛び出したところにトレーラーが走り抜けるとか、空からロードローラーが降ってくるとか……

 まあかなりな偶然がレアな感じで重なっているが、

「まあ、珍しいこともあったもんだと思って——結果オーライと考えますか。命あっての物種……はちょっと意味違うか」

 とか半分無意識で、ひとりごちながら、俺は机に向かい、椅子に腰掛けてノートパソコンを開く。

 ——俺は華麗に気持ちを切り替えるのだった。

 いつまでも今日のできごとにびっくりしているままでは——予定が狂ってしまう。

 今日の俺にはすべきことがあるのだった。

 そう、——俺はブラウザを立ち上げて”プライマル・マジカル・ワールド”というブックマークしたサイトに飛ぶ。

 これが、今日、俺がやろうと思っていたことなのだった。


 ”プライマル・マジカル・ワールド”と言うのは、俺は、今、自分がハマっているネトゲの名前だった。

 原初プライマルの魔法世界から次々に分岐していく様々な異世界が次々に実装され、いろいろな剣と魔法の世界、時には異星やスチームパンク、果ては西部劇や三国志、日本の戦国の世界なんかで自分のキャラクターを探検させて楽し無ことができることが売りのゲームであった。

 ある世界で培った魔法を別の世界での戦いに使ってチートできるゲーム序盤と、その異世界の中ボスが出てきてからの攻略の難しさ。そのバランスが絶妙で俺は帰ればついついこれをやってしまう——もうちょっとで廃人コースに落ち込みそうなのをなんと崖っぷちでこらえて毎日を過ごしている——そんなゲームなのであった。

 そして、

「前回の戦国侍世界ソード・ワールドでは塚原卜全がバカ強くて渋かったが——今回はどんなのかな?」

 そんなプライマル・マジカル・ワールドに昨日、新しい異世界マップが公開されたのだった。名前はブラッディ・ワールド。オーソドックスな謎中世魔法世界ではあるということだが、戦闘描写の過激さと、キャラクターのセクシーさが話題になりそうな世界とのことであった。

 そして、その世界観を事前に周知すべく、残虐傲慢であるその世界の支配者ブラッディ・ローゼと従者メイドサクアの立ち絵が一ヶ月前から公開されていたが、露出の多い衣装と捕虜をいたぶっているその絵の背徳的淫靡さに、ネット界隈では期待するM男君がかなり増殖中だった。

 そして、そんな期待の新世界が、ついに昨日の深夜に公開されたのだった!

「これは、期待せざるを得ない(迫真)。むふ!」

 と、俺はパソコンの前で鼻息も荒く言う。

 しかし、

「いや、待て、誤解しないで欲しい」

 俺は、誰が聞いているわけでもないのに、すぐさまそんな言い訳がましい言葉を続ける。

「俺はM趣味なんてない。そんなのでこのマップを期待しているわけではない!」

 俺は、スタッフが今までのプライマル・マジカル・ワールドの様々な異世界制作で得た力を、あえて謎中世と言う凡百な世界に叩きつける。そんな心意気に惚れ込んでいたのだった。

 ——本当だぞ。

 キャラのエロさがプライマル・マジカル・ワールド史上最高と前評判立ってるからじゃないぞ。

 どちらかといえば、

「俺は、オタク業界のネタに困ると周期的に易きエロに走りがちな習性がいつかこの業界に痛手を与えると、最近のラノベやアニメに物申したいおとこであるのだ。そろそろアイディアにこまった運営が安易なエロに走りそうなのを見て心を傷める者なのだ」

 だから、このゲームに期待するのは、決してエロとかそんなものではないのだが……

 でも……

 あるもんは、なんか見ないと勿体無いし……

 怖いもの見たさみたいな……

 ある意味……

 そんな感じで……

 まあ言ってみるならば……


「うおりゃああああ!(ぽちっ)」 


 ——パンパーパーパーパン。パーパーパン。


 と言う訳で、俺は、プライマル・マジカル・ワールドが始まったのを示す、少しマヌケ風味ながらも壮大な曲がパソコンのスピーカーから流れ出すのを聴くのだった。一通り自分に言い訳をした後に、それでも残る後ろめたさを意味不明の勢いで振り切って、この異世界せかいに俺は帰って来たのだった。

 俺は、前回のマップで得た業物の日本刀を構えた中世甲冑騎士と言う、少しちぐはぐな自分のアバターが画面の右上でくるくる回っているのを見る。このままスタートボタンを押せば俺の物語ゲームが始まるのだが……

 ——俺はゲームを始める前にまずは検索をするのであった。

 急がば回れ——っていうのとはちょっと違うかもしれないけど。今時、情報収集もせずにゲームをするほど、俺は剛毅でも暇でもない。俺は、まずはネットの検索をして、それからスマートに、このゲームに追加された新しい異世界探検を始めようと思ったのだった。

 昨日は、バイトが夜間シフトだったので帰ってきてすぐ寝ちゃったのだけど、新しいマップ——ブラッディ・ワールド——が公開された昨日の24時から、この今まで、すでに十数時間が経っている。それだけの時間があれば、廃人のガチ勢が徹夜で鵜の目鷹の目で探っていたはずのその結果が、そろそろポツポツと検索にひっかり始めるはずだったのだった。

 ならば、俺は、その先達の皆様の努力を恭しくもいただいて、俺はゲームを始めようと思うのだった。そもそも共通世界から新マップへの行き方も公式では公開していなく、それを通りや酒場にいるNPCから聞いて回るなんて面倒臭いことをする気もない俺は、ブラウザで、ゲーム画面の他に別のタブを立ち上げると、検索ワード、

 ”プライマル・マジカル・ワールド ブラッディ・ワールド 異世界への行き方”

 を打ち込み、そのまま流麗に指先をキーボードの上を滑らしてリターンキーを押す。

 これで、俺の新世界での冒険は、つつがなく始まりをむかえるはずであった。


 ——のだが……


「なんだ……?」


 検索結果の一番上に出たのは、


 ”そのままそこを動くな。今度は成功させる”


 俺は、なんだかとてもやばい感じのする文字列で作られたそのリンクは踏まずに、その下のサマリーの文章を読む。


 ”さっきから転生の魔術を三回試みたが、どうもうまく条件が合わないみたいだ。だから、お前にはそのままこちらに来てもらう。いいか? いいな? なら、じゃあもう召喚しちゃうぞ。はい、終わった。これを見たのでお前と我は契約完了だ”


「なんだこれ?」


 俺はこんな変な検索結果は何か入力間違えたのかなと思って、フォームを見直してみる。


 ”プライマル・マジカル・ワールド ブラッディ・ワールド 異世界への行き方”


 まあ入力ミスってないな。

 なんだろ? プライマル・マジカル・ワールドって検索トップに出てこないようなマイナーなゲームでもないのだが、なぜか検索に変なのが混じってしまっているようだった。

 ——弘法google筆の誤りアルゴリズム・ミス

 とかつぶやきながら、俺はあまり深くは考えずに、検索ワードを少し変えてみるかと、もう一度キーボードを叩きかけるのだが……

 その瞬間……


   *

 

 ——ドンドン!


 んっ? ドアを叩く音。こんな時間に? というほどの時間でもないが宅配かな? と思いながら、


「はい? どなたですか?」


 俺は浅慮にもあっさりドアを開けると……


 ………………………………?


 目の前には、満面の笑みを浮かべたメイド服姿の少女。

 そして——

 不遜な表情でこちらを見つめる小柄な、と言うかちんちくりんといった感じの、ぶかぶかした魔法使いの服を着た少女が立っていたのだった。


 ………………………………!


 ………………………………(ニコッ)


 まあ関わりあいにならないのが正解だな。

「あの、私たちは……」

 ——バタン。

 俺はメイドが何か話しかけたのを無視をして、そのまま無言でドアを閉める。


 しかし……


 ——ドンドン! ドンドン!

 ——ドンドン! ドンドン! ドンドン!

 ——ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン!

 ——ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン!


 しつこくドアをノックする音に、


「うるせえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 思わずドアを開けて叫んでしまう俺であった。こいつらに関わるとろくでもないことになりそうな予感がプンプンとしたのだが、その絶妙にいらいらするドアの叩き方に俺は耐えられなくてドアを開けてしまったのだった。

 すると、

「あっ!」

 その開け放たれたドアの前には、目を半眼にした冷酷な顔で、思いっきりドアを叩こうと、手を頭上に掲げていたメイド姿の少女。彼女メイドは、俺と目があっているのに気づくと、ハッとしたような表情になると——所在無げに手を顔の横に置き、満面の笑みを浮かべて……


「にゃ(うふ)」


「…………」

 俺は、その取り繕うような、すがすがしくもわざとらしい仕草に呆れてその場に固まるが、

「……あっ、こういうのお好きですか? それなら——にゃ(うふ)! ガオー(うふ)! キィー(うふ)!」

 俺が猫のしぐさに興味をもったのかと勘違いしたメイド服の少女は——子猫が甘えるポーズ、女豹のポーズ、最後はなぜか荒ぶる鷹のポーズでキメ顔になるのだった。

 俺はあっけにとられて——と言うかさらに呆れて——そのポーズをとるメイドを白目気味に眺めるのだった。一本足がプルプルと震えていて、キメ顔が逆に物悲しくも感じられる彼女メイドは、しかし俺が注視してることを確認すると口の端をニヤリとさせて、横の魔法使いにさっと目線を送りながら、

「今です!」と言うのだった。

 すると、その言葉に、一歩前に出たちんちくりん魔法使いは、鼻の穴を少し広げた自慢げな顔になると、右手に持つ杖を俺に向かって突き出して、その先端に付いている紋章みたいなのを見せつける。


 ………………?

 

 と言われても、と言うか、見せつけられても俺には何のことやらさっぱりわからないのだが、

「おお! その紋章はこの百万世界一の魔術者の証——血のバラ! これは! これは! ブラッディ・ローゼ様! 素敵! 素敵! 素敵! ヒュー! ヒュー! ヒュー!」

 メイドは、ちんちくりん魔法使いの周りに、なんだがその辺で摘んできた花みたいなものを撒き散らしながら彼女のことを褒め称える。

「…………?」

 おれは何ごとが起こったのかわからずそれをただ白目で見つめていると、

「ああ、ローゼ様! あなた様がわざわざ参りまして……この者は感動で身動きができなくなっているようです。ああ、この後、あなた様に声をかけられましたら限界を超えた歓喜で卒倒してしまうかもしれません。ローゼ様! ローゼ様! 罪な お・か・た(ハート)!」

「ぬ!(当然である)」

 まだつづくのかこれ? なんだこの猿芝居? 俺の白目はますますその面積を増していくが、

「ああ、ローゼ様、それではこのものに御言葉を。儀の完成を!」

「ぬ!(乞われるならばしかたあるまい)」

 魔法使いは杖をトンッと地面に1回つくと、勿体ぶったような口調で言うのだった。


「そこなる男よ我が使い魔となれ!」


 はい?


 何言ってるのこいつ?


 当然、俺は、


「——いやだ」


 と即座に答えるのだった。


   *


「何ですか! あなた何考えてるんですか?」


 俺の拒絶が予想外だったらしく、勢い余って前につんのめって倒れた二人であったが、こすって擦り傷を作りながらも、メイドの方がすぐに立ちがり、俺が閉めようとしたドアの隙間に足を突っ込んで閉まらないようにしながら——必死の形相で俺に詰め寄って来るのであった。

 だが、俺もこんな猿芝居にこれ以上付き合うつもりは無い。

「何を、と言われても……お前らみたいな怪しい連中に付き合っていられるわけ無いだろ。何が目的か知らないが、その変な芝居に騙される奴探してるなら他を当たってくれ。俺はお前らの宗教にも入らなければ何も買わんぞ」

 俺は害虫を追い払うようし手をしっしっとしながら言う。

 しかし、 

「何を言ってるんですか。あなたはローゼ様ですよ! ローゼ様! ローゼ様が直々にあなたを召喚し、使い魔にしてくれうという僥倖ぎょうこうなのですよ」

 メイド姿の少女は諦めずに俺に食いさがる。

「なにが僥倖ぎょうこうだ! そんな胡散臭い奴のことなど聞いたことも見たこともないわ!」

「えっ……この百万世界に名だたるローゼ様のことを知らないって言うんですかあなたは? どんな辺境に住みの野蛮人ですか?」

「うるせえ! 杖もって魔法だとか言ってる奴に野蛮人扱いされたくはないやい! とにかく、そんな奴のことなんて全く知らん!」

「なんで知らないんですか? 普通知ってるでしょ? いくらそっちが理の外ノン・マジカルの世界でも。現に、こちらとつながって召喚されたのですから、我々のことはそちらでも知られていないわけは無いとおもうのですが?」

「知らんって言ったら知らん! でも……あれ?」

 俺は、ふとそのローゼと言う名前に心当ったのだった。

 ああ、そうだ。

 俺がさっきやろうとしていたネトゲ——プライマル・マジカル・ワールドの新しい異世界ブラッディ・ワールドのキャラクター……

 残虐傲慢であるその世界の支配者ブラッディ・ローゼ。

 だが……

 俺は目の前のチンチクリンをもう一度見直すが……

 公開されていたキャラ絵での大魔法使いローゼは、どSっぽい顔をした、長身でスレンダーだが爆乳のセクシー系お姉さん。この目の前のゆるキャラまがいの魔法使いとは見た目が違いすぎる。

 でも——ああ——よく見ればこのチンチクリンが着てる服はローゼのキャラ絵が着ていたものとそっくり同じだった。チンチクリンなので、キャラ絵ではパンパンに張っていた胸のあたりとかぶかぶかで、なんだがセクシーとはほど遠い姿になっているが、なるほど、

「分かった! お前らコスプレだろ。お前らもプラマジプライマル・マジカル・ワールドのファンなのか?」

 なんでそんな連中が俺のアパートにやってきたのかはさっぱりわからないが、ひとまずこいつらが、何者なのか納得すると少し冷静になりながら俺は言う。

 なんだろこいつら? どこかでプラマジプライマル・マジカル・ワールドプレイヤーの個人情報でも入手して、コスプレをして訪問して回っているのだろうか?

 でも、何のため? いくら同好の士でも、さすがにそんなことをする連中と関わり合いにはなりたくなかったが、 

「コスプレ? なんですか、それ?」

 あくまでもシラを切って猿芝居を続けようとする、こいつは、

「んっ? そう言うお前はサクアのコスプレだな」

「ほほお……私の名も知りますか」

 キャラの名前を言われて少し嬉しそうなメイド。

「知ってるよ。大魔術師ローゼの従者メイドサクアだろ」

「おお! 我が名を存じておりますか? でもそれは略称です」

「略称?」

「そう我が名はサバカンガ・クサッテ・アクシュウ——略してサクアです!」

「…………」

 俺は無言でそっと目を逸らしたのだった。

 コスプレのキャラ作りでフルネームまで考えて来るなんて随分凝ってるが、それにしてもセンスの無い名前だ。変な名前をつけて本人だけ面白いつもりかもしれないが、こうやってドヤ顔で聞かされても寒いだけ。

 なんとなく勢いに押されて、こいつらの相手をいままでしてしまったが。この調子で、こんなセンスの無い与太話聞かされ続けるのも、いい加減もう限界。潮時だろう。

 だから、俺は、

「……まあ。もうサバ缶でも桃缶でもいいけど、もうこれくらいで……」

 と言って、またドアを閉めようとしたのだが、

「あれ?」

 なんと無く違和感を感じて手が止まる。こいつらに入り口を塞がれて、外があんまり見えなかったのだけど。

 その瞬間、二人の後ろの空になんか違和感を感じる。

 なんというか都会の空にしてはあまりに広いというか、空気も澄みわたり雲もくっきりと見えて……田舎のおばあちゃんの家に行った時の空に似ている、と言うか俺はその空の下の光景も、その時、目に入ってたのだと思うが、頭の理解が追いつかなくてその見たもののが分からなくなっていたのだった。


 だって——


 ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべるメイド(サクア)と相変わらずしつこく杖の紋章を俺に向かって突き出してくる魔法使い(ローゼ)の後ろには——そこはさっき俺がバス停から3回も命を落としかけながら歩いてきた、どこにでもある平凡な郊外の住宅地ではなくて……


 メイドと魔法使いの二人の後ろを馬車が通った。いや、これは馬車とは言わないか。ひいてるのは緑色の小さな竜だからな。じゃあ竜車か。そうだな。

 向かいの煉瓦造りの建物の果物屋の店先を歩いてのは、ああこれは獣人だな。顔が狼だから狼男かな。その横の耳がとんがっているのはもちろんエルフだよな。

 横の鍛冶屋の店先で剣を物色してるのはあれは騎士かな。なんていうか騎士っぽい格好している。なら騎士だよな。

 なんだここはなんかのテーマパークか? 俺のアパートの前、いつのまにこんなのできてたんだ。謎中世異世界テーマパークかな?

 はは、まあそれならそれで良いかな。今日はもう疲れたけど、家の前にあるならまたすぐいけるだろ。週末でも行ってみるかな。

 なんだかいろんなエキストラがいて面白そうだな。いつまにこんなになったのかな? さっきまでは、空からロードローラーが降ってくる他はなんの変わった事も起きないよくある街角だったのに。急な事もあだなもんだな。ははは……


「はははははは……」


 俺は乾いた笑いを顔に浮かべながら、キョトンとした顔をしたメイドとチンチクリン魔法使いの隙をついてドアを閉める。


「はははははは……まったくこの頃の建設技術ってすごいよな。家に返ってきて三十分くらいしかたってないのに街がテーマパークに変わってたりして……ははっははは」


 ——ドンドン!


「はははは……そうだよな。そうだよな?」


 ——ドンドン! ドンドン!


「そうだよな? そうに違いないよな?」


 ——ドンドン! ドンドン! ドンドン!


「ははは……そうであってほしいな。そうならいいな……」


 ——ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! 


「でも……」


 ——ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン!




「違ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああう!」





 俺は、ドアを開け叫ぶ。


 俺はググったら、いつのまにか異世界に来ていたのだった。

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