第53話 大河ラフテス・チュグスを越えて

 テオフーラと共にワールロ三国からディカーン皇国の中央にあるフィロートの魔法局に旅立ってすぐ、テオフーラからフィロートに向かうにあたって注意すべき点を教えられた。


 「ここからフィロートに向かうには北東に進む事になる。その場合、難所が3つ程ある」


 難所? 警備が厳しいとかそう言うことだろうか?


 「1つ目は大河ラフテス・チュグス、2つ目は死地マッカンタクラ、最後は黄金の三日月バッチロースタン。この3つをどう越えるか? まあ、真っすぐ突き進むことができれば、2日、いや1日半で到着できるだろうが、下手をすると2倍から3倍はかかるだろうな」


 「3倍もですか?」


 話をしながら走っていた俺は、その場で立ち止まりテオフーラを見下ろす。


 「そうだ」


 「あの、ではどうすれば?」


 「今、考え中だ。そうだな、まずは、1つ目の大河ラフテス・チュグスについて説明するから、お前も何か良い案が無いか考えてみろ」


 「は、はい」


 俺の左腕に抱えられたまま難しい顔をするテオフーラが説明を始める。


 「ラフテス・チュグスはこの大陸でも3本の指に入る大河だ。我々が運ばれたワールロの5倍以上の水量があるだろう。つまり、対岸を目視できないというものだ。この大河はあまりの大きさに川の流れが一定では無く、その為大型の船でないと渡る事ができない。つまり、こっそり小舟で渡るという事はほぼ無理だ。唯一、この大河に架かる橋がある。その名はビッグブリッジ。ここを通る事ができれば1つ目の難所は楽に越える事ができる。だが、少々警備が邪魔臭い。なにより、橋の上でお前が暴れて橋が壊れてしまっては元も子もないからな」


 じゃあ、大型の船に乗れば良いのでは?


 「船に乗るには通行手形が必要だ。勿論、ビッグブリッジにも必要だぞ。これを手に入れる事ができるのはディカーン皇国の国民である必要がある。つまり、ディカーン皇国に税を納めえる国民でないと商売もできないということだ。まあ、そうだな……2人、私とお前の分、ディカーン皇国の者を殺して奪えば渡れるわけだが、私はそれでもかまわないぞ?」


 いやいやいや、川を渡りたいというだけで、人殺しをするのはちょっと……。


 「嫌そうだな。まあ、盗賊のような真似は私も好きではない」


 ちょっと前にミシェルさんの振りをして相手をだまそうとしていた者がそれを言うかと思ったが、それは言わない事にした。


 「となると命がけで小舟で渡るしかない。そして渡るとするなら場所は1つだ。この大河が一か所だけ半分ぐらいの幅になる場所がある。それは終わりの滝、エンドフォールだ。この少し手前で幅が半分になり、川の流れは3倍になる。だが、ここだけは流れが一定なのだ」


 「そ、そうですか……」


 流れが3倍、そして直ぐ先が滝って……やばい気配しかしないのだが……。


 「誰も殺さないなら、それしかないがどうする?」


 ぐ、それを言われると、他に方法はない。


 「小舟は手に入るのですか?」


 「いや、造るしかない」


 「え? 造るのですか?」


 「そうだ。幸い木はたくさん生えているぞ」


 いや、そうだろうけど。


 「わかりました。では、その滝に向かいましょう」


 「そうだな。2つ目以降は、大河ラフテス・チュグスを渡れてから考えるとしよう。エンドフォールは大河の上流にある。ここから真っすぐ北東に向かい、川に出たら上流に向かえ」


 「はい」


 俺は自分で作った巨大なクレーターに背を向けて北東に向かって走り出した。


 「この森を抜け、さらに緩やかな山地を抜けると川があるはずだ」


 「わかりました」


 相変わらず疲れを知らない俺の体は森の中を走り抜ける。テオフーラを落とさない様に気を付ける事にも慣れてくると、徐々にペースが上がって行くのを感じる。


 あまり調子に乗ると、また止まれなくなるかも。


 早く動かそうと思えば、その意図通りの速さで動く俺の体はやはりどこかおかしいのかもしれない。だが、森の木々の間を飛ぶように走り抜けていると、オデさんを追いかけて走り回っていた時の事を思い出す。そう言えば、オデさんはもっとトリッキーな移動方法だったな。


 なんとなくだが、俺は生えている丈夫そうな木に向かって軽くジャンプした。


 ドンッ!


 そしてその木の幹に右足を突く。木の幹がきしむ音が右足に響いてくるが構わずその足に力を込める。


 メギ


 きしんだ木の幹が戻ろうとする力に合わせて次の木に向かってジャンプする。


 ドンッ!


 こ、これは面白いぞ。筋トレが出来ないなら、せめて細かな動きが出来る様に体を鍛えよう。筋トレだけをしていると動きが鈍くなると言われることがあるが実際はそんな事はない。筋肉があるからこそ素早くも動けるのだと俺は考えている。だが、それは指先まで神経を通わせて体を動かす事を意識しているかどうかという事が重要なのだ。


 目で見て次の足場を探し、そこに向かって正確にジャンプを繰り返す。足場を見失ったり、目測を誤ったり、力加減を失敗するとそこで止まってしまう事になる。


 ドンッ! ドンッ! ドンッ! あ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! あ!


 最初の内は何度もミスをして地面に着いてしまったが、繰り返すうちに俺はオデさんの様に木々を渡り歩く事が出来る様になった。間に大きな岩や、右手を使って木の枝につかまるなど、まるでターザンにでもなったような気分だ。


 「おうえぇぇぇぇぇぇぇ、おえうぉぇぇぇぇぇぇぇ」


 え?


 「お、おま……え、い、いいかげ……おえぇぇぇぇぇ」


 テオフーラが俺の左腕の中で盛大に吐いていた。そして、一通り吐き終わると、ぐったりとうなだれた。どうやら気を失った様だ。俺は立ち止まって様子を確認する。テオフーラは気を失ったままだが、どうやらうまく吐いてくれたようで、テオフーラの口の周り以外はどこにも汚れはなかった。


 ここで休憩しても良いんだけど。どうせ気を失っているのだったら、今の内にもっとトレーニングをしていたい。ジャンプでの移動が楽しくてテオフーラの事を忘れていたのだが、それでも、何処か気にはしていた筈だ。だが、今、気を失っている間ならもっと積極的に行けるのではないか? そう思うともう我慢はできなかった。俺はテオフーラの口の周りの汚れすらそのままに左脇に抱えると、再び木から木へとジャンプを繰り返した。


 その後も何度か失敗はしたが、概ね納得が行くところまで体の動きを制御できるようになった頃、俺は森を抜け、低い山が連なる場所に出た。少し先に小さな川があったので、そこで俺は立ち止まりテオフーラを地面に寝かせた。俺のペースは相当上がっていた様で、恐らくだが1時間もしないで森を抜ける事ができたようだ。


 時間的余裕がどれくらいあるのかは分からないが、テオフーラが気が付くのを待つか。


 喉の渇きすらない俺だが、なんとなく川の水を手ですくって飲んでみる。冷たい水が喉元を通る。普通に飲めるな。腹が減らず、喉が渇かないと言っても、満腹という訳ではないから食べたり、飲んだりする事は出来るという事か。


 「んん……、ん? ここは」


 「森を抜けたところです」


 「そうか……、いや、お前! 私を殺す気か!!」


 目が覚めて立ち上がったテオフーラが大声で叫ぶ。


 「すみませんでした。つい……」


 「つい、だと! ……まあ、良い。次から気をつけるんだぞ」


 小川の水で口元を洗い流し、さらに喉を潤したテオフーラが辺りを見渡す。


 「この方角に真っすぐ進め。その先に大河ラフテス・チュグスがある」


 テオフーラは山々の間を真っすぐ指さした。だが、その方角には特に目印になる様なものはなかった。


 「真っすぐですか。目印が無いので迷いそうですね」


 「大丈夫だ。森にさえ戻らなければ、どっちに進んでも大河ラフテス・チュグスに出る」


 そうなのか。


 「では行きますね」


 「ああ、気をつけろよ」


 「はい」


 俺は再びテオフーラを抱えて走り出した。山肌には木々は無く、岩と草の起伏がどこまでも続いている。しばらく走り続けると遠くにキラキラと輝くものが見えて来た。それは徐々にはっきりと見えて来て、その内見渡す限りの地平にそのキラキラが見える様になって来た。


 「あれが大河ラフテス・チュグスだ」


 陽の光が川の水を反射して輝いているのか。それにしてもデカい。もはや湖か海かというレベルだ。それからいくつかの山を越えて俺は川岸に辿り着く。


 「対岸が全く見えませんね」


 「そうだ。川の流れもはっきりしないが、上流はこちらだ」


 テオフーラが右を指さす。川の流れが分からないのに何故あっちが上流だと分かるのだろう。


 「我々は南側から来た。ということは右側が上流になるということだ」


 そうなのか。まあ、テオフーラがそう言うのだからそうなのだろう。


 「では、上流に向かいます」


 「巨大な滝が見えたらその先が目的地だ」


 「わかりました」


 巨大な滝。ということはその滝の落差分、登らないとダメという事か? テオフーラを抱えたまま登れるような道があるのだろうか? まあ、行ってみればわかるか。という俺の不安は的中する。走り出してすぐに地響きの様な音が聞こえ、何処までも続く巨大な滝が見つかった。その落差はエルコテ学園の岩山と同じぐらいの高さだ。しかも、登れるような場所は無かった。


 「どうやって登りましょう」


 「探せ」


 「へ?」


 「登れる場所をさがせ。あと、小舟にできる木もな」


 「木ですか? この辺りには生えていませんが?」


 「心配するな、上には生えている」


 そう言われて見上げると、確かに上には木々が生えていた。


 「わかりました。あの、このまま登るというのはありですか?」


 岩肌がむき出しになっている崖を見上げて俺が問いかけると、テオフーラはニヤリと笑う。


 「ほう、それができるのか? ならばやってみろ」


 「あの、その為には左手を使いたいのですが」


 「なるほど、触手を使うのだな。わかった。その三つ目から赤い光を出すなよ」


 「はい」


 俺は右腕でテオフーラを抱えると小さいオデさんの触手を伸ばして岩肌に絡めながら、ゆっくりと崖を登って行った。


 「着きました」


 「便利な手だなそれは」


 確かに。自由に伸ばすことができ、そこに絡みついて体を引き上げる事ができた。テオフーラを抱えずに俺だけだったら森を移動する時にもこれが使えたかもしれない。


 「よし、では船を造れ」


 テオフーラが木々を指さし命令する。そう言われても俺は船など作った事がない。できるとしたら、何本か木を束ねてイカダを造るくらいだろうか。とにかく俺は大きめの丸太をへし折って、それにツタの様な木の枝で無理やりつなぎ合わせたイカダを造ってみた。


 丸太10本が横に並んでいるだけのイカダ。ものすごくやばそうだ。


 「で、できました……」


 「おまえ、これの何処が……いや、やむを得ないか。とにかく向こう岸までもてばよいのだ」


 「はい」


 俺はそのイカダを川岸に浮かべる。丸太が大きすぎて全然浮いていないが、その上にテオフーラを乗せ、後ろから押して行った。


 あ、そう言えば、川の流れをちゃんと見ていなかった。


 川の流れが激しいのだから、当然だが、もっと滝よりも上流から川に入るべきだったのだ。俺もテオフーラも丸太のイカダが、川に浮き、そして川の流れに押し流されてからその事に気が付いた。


 「おまえ! このままじゃ!!」


 「は、はい! も、もう滝がそこまで!!!」


 あ、そう言えば、前にも俺滝つぼに落ちた事あったっけ。俺はゆっくりと滝に吸い込まれるイカダの上で左手の触手を真っすぐにテオフーラに伸ばし、その体に絡みつけると、何故か、滝とは反対側に向かって大きくジャンプしていた。


 「な、なにを!!!」


 テオフーラの叫び声が遠くに聞こえる中、俺は荒れ狂う様に流れる川に思い切り右足の裏を叩きつける。


 パアァァァァン!


 俺の足に打ち付けられた荒れ狂う水面が一瞬だが大きく波紋を広げて弾ける。その瞬間俺は右足を振り上げ、代わりに左足の裏を水面に叩きつける。


 パアァァァァン!


 そういえば、昔、そんなトカゲがいたな。


 パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!


 そこからは、同じ事の繰り返しだ。右足、左足、俺は体が動く限界の速度で川の水面を蹴り続け、そして対岸へと向かった。


 パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパアァァァァァン!!!


 そして、そのまま対岸へと辿り着く。俺の触手が絡みついているテオフーラはちゃんと左腕の中にいたが、再びグッタリとしていた。


 「おま……今のは、な、なんだ!??」


 「いえ、あの、足が水に沈む前に、反対の足を出すという方法で川を渡りました」


 「はぁ? そんなこと出来るわけが……いや、出来たから我々はここにいるのか。だがな、今日はもう、一歩も動かんぞ!! おうえぇぇぇぇぇぇ!!」


 テオフーラはその場で3回吐いた後、動かなくなった。

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