第44話 それは戦の始まりでした

 ディカーン歴504年3月27日

 フシュタン公国歴107年3月27日


 ピエトロさんとフェリプス・アウレオルス・テオフラストス・ボンバストス・フォン・ホエンハイム様、ではなくて今はテオフーラ・ストスフォン・ホエンハイム様でした……の行方が分からなくなって既に7日が経過しました。行方が分からないのはピエトロさんとテオフーラ様だけではなく、9名の副長の皆さん、そしてピエトロさんの組の組長であるミシェル・レスコさんも。


 特にピエトロさんとミシェル組長は、その日に魔法局局員からフシュタン公国の最重要保護対象となられたのに……その場に居なかったとは言え、僕は何一つできませんでした。もちろん、その場に居た所で僕に何ができたかは分かりませんが。


 いえ、そんな事を言っていてはピエトロさんに怒られてしまいますね。こう見えても僕はスクット……いえ違いますね、えっと、スクッ……なんでしたっけ……スクワッ……そうでした! スクワットです! スクワットを毎日続けているのですから! 今も足の痛みはありますが、今日こそは11回やってみせますよ!! このスクワットを11回できるようになれば、きっと僕はピエトロさんとテオフーラ様を見つけ出すだけの魔法を使える様になるはずです。


 そして、その同日に起こった王城でのアルゴナイトの爆発事故。アルゴナイトを厳重保管する為に倉庫の奥にしまわれていたおかげで人命に影響はなかったというお話でしたが、かなりの方が怪我をされたと聞いています。


 戦になる……アイーラ局長がおっしゃられていた事が現実になった、と僕の組の組長さんが呟いておられたのを思い出します。そして僕はその戦を止める為に今、ラウラさんと共にディカーン皇国の魔法局へ向かう馬車の中にいます。魔法局設立以来、いえ、ひょっとするとフシュタン公国建国以来の大事件となった今回の出来事をディカーン皇国の帝都にある魔法局に報告するようアイーラ様に命じられました。


 最初にその命を受けたのはラウラさんだけだったのですが、ラウラ様は即答でその命を断られました。魔法局の局員が局長の命令を拒否する事が出来るなんて僕は知りませんでしたが、エルメラ局長とカルロタ局長からも説得され、ラウラさんが提示した条件を認めるという事で命を受けられました。


 その条件が、僕の同行を認める。ディカーン皇国に1泊できる。というものです。


 ラウラさんと僕は伝令用馬車に乗っています。この伝令用の馬車は魔法局の大型の馬車ではなく、小型ですが軽く頑丈な車体を2頭の馬が引いています。この馬車であれば目的地であるディカーン皇国の帝都まで半日で着けるという事ですが、この馬車は1人用でして僕は魔法局を出発して以来、ずっとラウラさんの膝の上に乗っています。


 ラウラさんは片手で手綱を握りながら、もう片方の手を僕の腰に回して僕が落ちないように支えてくれています。今はまだ力が足りず護られている僕ですが、いつか僕がラウラさんやエルコテにおられるお姉様を護れる様になってみせる、街道を真っすぐに走る馬車の中で僕はそう心に誓いました。


 魔法局を出発したのは朝6:00過ぎ、到着予定は5時間後の11:00の予定です。2度目の休憩を終えたラウラさんと僕はディカーン皇国との国境にある魔神の森の街道、レネオ13番通りを北上しています。森はそのまま峠になっていて、その峠を抜けると森が終わり、リーオグレゴ7番通りに入ります。そのリーオグレゴ7番通りを西に進むとそこが帝都です。


 「アレッサンドロ! ほら、あれがディカーン皇国の帝都ディカーンよ! 皇国は大きいけど帝都は南西側にあるから意外と近いでしょ?」


 走る馬車が峠を越えた辺りで3度目の休憩を取ったラウラさんと僕は、峠にある崖の上から遠くに見える帝都を見下ろしています。遠くに見える帝都は陽の光で白く輝いていて、とてもきれいです。


 「綺麗ですね」


 僕がそう言うと僕を抱き上げるラウラさんの腕に力が込められました。


 「それ、こっちを見て、もう一度言ってみて」


 僕の声が小さくてラウラさんに良く聞こえなかったようです。確かに気持ちはいいですが、少し強めの風も吹いていますので。


 「綺麗ですね」


 「そうだね!」


 肩越しにラウラさんの顔を見上げるとラウラさんは笑っておられました。


 「じゃあ、行こうか。ここからは休憩なしで帝都まで行っちゃうね」


 「はい」


 3度目の休憩から1時間程走り続けた所で森を抜けた僕たちは、レネオ13番通りからリーオグレゴ7番通りに入りました。まだ帝都からかなり距離があるというのにリーオグレゴ7番通りはロマの王城前の大通りと同じぐらいの大きさです。道の両側には家々が連なり、街道を挟んでどこまでも続いています。その大通りのど真ん中を走り抜け、馬車は巨大な四角い建物の前で停まりました。


 「さ、着いたよ。ここが帝都の魔法局。降りるから注意してね」


 「はい」


 僕を抱きかかえたままラウラさんが馬車から降りようとしたとき、四角い建物の前に立っていた黒い人影が近づいてきました。


 「おい! お前達、何をしている!?」

 「ここを何処だと思っているの?」

 「こんな所に馬車を停めるな!」

 「ん? まだ子供じゃないか?」


 集まって来たのは4人の男女、男性2人と女性2人です。その皆さんがエルコテと同じような黒いローブをまとっておられます。ここが目的地の魔法局であれば、この方々はディカーン皇国の魔法局の局員ということでしょうか。


 「え? ここって帝都の魔法局だよね?」


 「そうよ。でも、誰に向かってそんな生意気な口をきいているのかわかっているのかしら?」

 「これだから子供は嫌いなんだよ」

 「まあまあ、2人とも。ただの子供が馬車で来ると思うの? どこかのお金持ちか貴族のバカなお嬢様かも知れないんだから、一応、丁寧に追い返せばいいのよ」

 「そうだな。後は任せた」

 「ちょ! 邪魔臭いからって何でも俺達に任せるなよ!!」


 1人の方がそう言って帰られました。残された3人の方は不機嫌そうにこちらを見ておられます。


 「なんだ? 子供が子供を抱いているぞ」

 「子守りかしら? 迷子かしら?」

 「馬車に乗って迷子って……珍しいわね」


 「だめだこれ。アレッサンドロ、行こうか」


 ラウラさんは3人の方々の横をすり抜けて四角い建物の入口に向かって歩き出しました。


 「おい! 止まれ!」

 「仕方ないわね。とにかく捕まえるわね」

 「こういうのたまにあるよのよね」


 3人の方々はラウラさんと僕の前に再び立ち塞がり、ラウラさんの腕を両側から掴もうとします。


 「あのさ? 私の格好を見て、私が何者かわからないなような下っ端に用事はないんだけど? あの馬車だって見る人が見たら何処の馬車か一目でわかるよね?」


 伸びて来た手を振り払ったラウラさんがそう言うと、3人の方々は顔を見合わせて驚いた表情を見せました。


 「ん? 恰好? 白いローブって、この辺りにそんな魔法学校あったっけ?」

 「さあ? 私が通っていたのは深い緑だけど?」

 「私は今と同じ黒だよ。どこの学校だろうね?」


 「はぁ……ロマよ。ロマ」


 「ロマ? ロマってどこだ?」

 「さあ、聞いた事ないけど、どこかの田舎じゃない?」

 「私知ってる!! 確かずっと北の方にある、山の中に確か……あ、あれロマじゃなくて、ロッサだったわ」


 ロマの魔法局はディカーン皇国ではなくフシュタン公国なので、ディカーン皇国の魔法局の局員の皆さんはご存知ないのかも知れません。


 「やっぱり馬鹿ね。ロマと言ったらフシュタン公国の首都に決まってるじゃない。私とアレッサンドロはロマの魔法局の局員よ。話の通じる上級局員を早く呼んでこないと燃やすわよ」


 「フシュタン公国? 聞いた事があるな……」

 「あ、ああ! あの局長が3人もいる変な魔法局よ」

 「あれ? そんな連絡受けてたっけ?」

 「いや、俺は知らないよ」

 「私も聞いてないわ」


 「あのさ? 他国の魔法局の局員が、どう見ても公用の馬車、しかも伝令用の馬車に乗って来ているんだから、それが重要な内容だってすぐに想像つくよね?」


 「う……」

 「うむ」

 「そ、そうなの?」


 「じゃ、そういうことだから」


 ラウラさんはオロオロしている3人を残して四角い建物の中に入られました。ラウラさんが入ったという事は、抱きかかえられている僕も同じ様に建物の中に入ったのですが、中は大きなホールになっていました。ホールは半円形になっており、その底辺の直線部分に僕たちは居ます。


 半円になっている部分にはたくさんの通路があり、局員と思われるたくさんの人々が行き来しています。


 「人が多いけど、外に居たのと同じぐらいの奴らばっかりなら、ディカーン皇国の魔法局も知れてるわね」


 「あの真ん中にあるのは受付じゃないでしょうか? 上級局員の方への取次をお願いしてみませんか?」


 「そうね。アレッサンドロの案ももちろん良いけど、どうせだったら自分達で探してみない? そっちの方が面白そうだし」


 「自分達でですか?」


 「うん。アレッサンドロならどっちに向かう?」


 「そ、そうですね。ロマの魔法局でもそうですが、上級局員の方でしたら、恐らく上の階におられるのではないでしょうか?」


 「私もそう思う。じゃ、上に行ってみようか。あそこに階段あるし」


 「は、はい」


 半円から繋がっている通路の中の1つに上に向かう階段になっている場所があったので、ラウラさんと僕はその階段に向かいました。ラウラさんは面白いとおっしゃられていましたが、僕は正直、怯えているというか、怖いです。ラウラさんに抱いていただいているので耐える事ができますが、もし自分で歩いていたら足が震えて歩けなかったと思います。


 しかし、半円形のホールを抜けて階段を登っていても、ラウラさんと僕はどなたからも呼び止められる事はありませんでした。すれ違う皆さんは全員僕とラウラさんを見て驚いたり、眉間に皺を寄せたりされるのですが、それ以外の事は何もされません。自分に関係の無い事には興味が無い、そう言った気配を感じます。


 「勝手に歩き回っても誰にも止められないって、どれだけ適当な警備なの? まあ、今は都合が良いんだけど、同盟国としては複雑な気分ね」


 すれ違う局員の方々の反応にラウラさんも驚いているようです。


 「外から見た感じと、ホールの天井の高さから言うと5階建てぐらいだと思うんだけど、このまま登っちゃうね」


 1階ごとにジグザグになっている階段を上へと進むラウラさん。ずっと階段を登って疲れておられるのではないだろうか?


 「ラウラさん、僕も自分で歩きます」


 「え!? 抱っこされるのが嫌なの!?」


 「い、いえ……その、僕を抱きかかえたまま階段をずっと登るのは、ラウラさんの負担になるのではないかと思いまして」


 僕の言葉を最後まで聞いたラウラさんは、抱いている僕をクルッと半回転させました。


 「アレッサンドロは優しいね! 大丈夫だよ! だから気にしないで!!」


 ラウラさんは僕の背中をぎゅっと抱きしめると、僕の頬に自分の頬を擦りつけてきました。ラウラさんが着けている香水、最近ロマで流行していると言っておられた薄いバラの香りがします。


 「さあ、5階だよ。次はどっちに行こうか」


 階段の途中で半回転してそのままの僕からは進行方向を確認する事はできなかったのですが、上級局員の方がおられる部屋ならきっと立派な扉があり、どなたか警備の方が護っておられるのではないかと思ったのでそのように伝えると、ラウラさんは5階の通路を歩き回ってその部屋を見つけました。


 「じゃあ、あれだね。えらそうな扉の両側に頭の悪そうな局員が並んでるからね」


 そう言ってラウラさんは速足で歩きだします。


 「待て! ここは局長室だ! 許可亡き者の立ち入りを禁ずる!」


 「へえ、局長室なんだ。それなら丁度良かった。私はフシュタン公国からの使者よ。局長に伝えべき火急の要件があるから、そこを通して」


 「え? 火急の? お前みたいな子供が?」


 「あのさ? その子供が、こんな所まで来ているんだから、それが普通じゃないってわかるわよね?」


 「おい、どうなんだ? これってそうなのか? あ、ちょっと待て!」


 ギイッ


 警護の局員の方を無視してラウラさんは部屋に入られました。


 「待て! おい!」


 「なんだ、騒がしいな」


 「こ、これはクロウリ局長。こ、この者が勝手に部屋に……」


 「ん? おお、フシュタン公国の魔法局の局員とは珍しい」


 「あら、やっと話が通じる人に会えたようね。私はロマの、フシュタン公国の魔法局の局員、ラウラ・ダララです。そして、こちらも同じ魔法局局員、アレッサンドロ・ロンヴァルデニです」


 ラウラさんは局長と呼ばれた人物に挨拶をする為に僕を地面に降ろしてくれました。僕はラウラさんの隣に立って魔法使いの挨拶をします。


 目の前に立っておられるのは高い鼻、鋭い眼、細く手入れられた眉、そして肩までの長さの真っすぐの黒髪が黒いローブとつながったシルエットが特徴的な男性でした。これがディカーン皇国の帝都にある魔法局の局長さんなのですね。そう思って見上げていると、局長さんも髪の毛と同じ真っ黒な瞳で僕を見つめておられます。


 「ほう、ダララとロンヴァルデニか。双子の局長の娘とチリャーシ八家の者ということだね。若いとはいえ優秀な魔法使いということか。で、私に何か用かね?」


 そう聞かれたラウラさんは、ローブの中からアイーラ局長から預かったと思われる封書を手渡されました。


 「ふむ、おお、これは麗しのアイーラ殿からの手紙だね」


 局長さんはアイーラ局長をご存じの様で、手紙を嬉しそうに受け取ると指で封を開け、中の文書を取り出すと何度か頷きながら読み終えられました。


 「なるほど、分かった。我が皇国魔法局は、フシュタン公国魔法局の軍勢が皇国内を移動する事を認め、同盟国として援助する事を約束しよう。しかし、実は昨日、別の知らせが来ていてね。こちらも我が皇国との同盟国なのだが、フシュタン公国の魔法局局員を名乗る者が町を破壊したという訴えがあってね、向こうからは既に宣戦布告をしている様だよ」


 「あら? それはどこの国ですか? 私達に戦をしかける愚者達の国は?」


 「うむ。それが1国では無くてね、レオルアン、トルー、トナンのワールロ三国からなんだよ。勿論、我々は同盟国として彼らが皇国内を移動する事は認めたがね。まあ、恐らくだが明日頃には魔神の森に到着するだろうね。まあ、どちらも同盟国なので我々は手出しはしないから、我が皇国の外で自由に戦ってくれたまえ」


 いきなりですが、フシュタン公国はワールロ三国と戦になることになりました。

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