第19話 破壊神と呼ばれて

 足元に広がる砕け散った黒い金属の欠片を一つ俺は拾い上げる。確かに俺が殴って砕いたのだが、決して脆い金属では無い事が、その砕けた欠片からも感じ取れた。


 「デストロイヤー……」


 「え?」


 俺から少し離れた場所で俺に向かって完全に魔法の準備をしているジョーヴェがそうつぶやく。


 「うわ! ちょ、待ってください! 何する気ですか!?」


 「黙れ! お前は、お前は……生かしてはおけん!!」


 片手ではなく、両手の掌を俺に向けたジョーヴェ。その両の掌が激しく光り始める。


 「ブラックジャベリン!」


 そう言うが早いか、ジョーヴェの掌からビニール傘ぐらいの大きさの黒くて細くて尖った物が現れ、俺に向かって飛んできた。先程とは異なる魔法に驚いた俺は、一瞬だが初動が遅れてしまう。飛んでくる軌道に合わせて首を右に傾け、わずかに膝を曲げて屈んだ俺の左耳をかすめる様に黒く輝くビニール傘が通り抜けた。


 ドグォオン


 背後でものすごい音がする。振り返ると俺をかすめて飛んで行ったビニール傘が校舎の壁に突き刺さっている。


 「避けただとっ!?」


 ジョーヴェがそう言って俺を睨む。


 いや、当たったら死ぬだろ!?


 生かしておけないというのは本気の様だ。だが、ここで死ぬわけにはいかないし、ジョーヴェを倒すと言うのもなんだかまずそうだ。何とか、穏便にここを切り抜けたい。


 「次は避けるな!」


 そう言ったジョーヴェがまたビニール傘を放つ。避けるなと言われても避けないわけにはいかないので、俺は今度は体ごとちゃんと避けた。


 ドグォオン


 「きゃあぁぁ!!」

 「うわ!」

 「痛てっ!」


 俺が避けたビニール傘は、校舎の壁を貫き、壁の向こう側でその破片をまき散らしている様だ。


 危な! 他の生徒もお構いなしか? 俺が避けると周りの生徒が被害に合うって、これはまずいぞ。


 俺が後ろを振り返っていた隙に、ジョーヴェはお構いなしに次のビニール傘を放っていた。


 「いい加減にしろ!」


 ガギィン


 金属音が響く。俺がビニール傘を拳で地面に叩き落とした音だ。傘は真ん中でへし折れながらも地面に突き刺さる。


 「ばかなっ! 避けずに弾くだと!? わかった。これならどうだ!」


 次に飛んできたのはビニール傘よりもっと小さい、鉛筆ぐらいの大きさだった。叩き落とすのはさっきよりも簡単だろう。だが、数が厄介だ。掌から合間無く連射される黒い鉛筆が豪雨の様に俺に襲い掛かって来た。


 ガガギガギガガギギギガギガギ


 手あたり次第俺は飛んでくる鉛筆を叩き落とす。だが、それでも防ぎきれない奴が、俺の体に突き刺さった。


 「いってぇええええぇぇぇ」


 次々に突き刺さる鉛筆を無視して、俺は止まない雨に拳を振り続けた。本当は避けたかったが、避けると後ろの校舎に居る生徒に当たってしまうからだ。こんなところでそんな根性を見せる意味など無いかも知れない。いや、はっきり言って無いだろう。だが、筋トレのすばらしさを体現するにはうってつけの場面だと俺は思ったのだ。


 飛んでくる魔法に怯むことなくその全てを己の肉体で受けきる。筋肉冥利につきる名場面だ。


 実際、黒い鉛筆は俺の皮膚には突き刺さっているが、筋肉の壁にはとどいていない。先っぽがちょっと引っかかっている程度なので、刺さった後は直ぐに下に垂れ下がっている。


 痛いは痛いがな。


 だが、このままずっと受け続けるのも、それはそれでまずそうなので、俺はジョーヴェに向かって近づいて行った。


 「な、なんのつもりだ!?」


 魔法を放ち続けながらもジョーヴェは俺が近づくことに怯えている様だ。だが、己の中のプライドなのか、ジョーヴェ自身は後ろに下がろうとはしない。というか、下がろうとする足を必死で抑え込み、堪えている様だ。放たれる鉛筆は初速の方が速いという事は無いようで、近づいても威力が増すことは無かった。逆に発射ポイントに近い分、広がりつつ飛んでくる鉛筆がまとまっている為、拳で叩き落としやすいくらいだった。


 そして、俺はジョーヴェの目の前までたどり着いた。彼女の眼は見開かれ、俺を睨み続けている。それは怒りでは無く恐怖によるものに感じられた。


 「もう、止めてください」


 「だまれ! お前はこの世界にはいてはいけないのだ! 魔神をも食らいつくし、世界を破壊する者。そう、お前はデストロイヤー! 破壊神だ!!」


 「破壊神?」


 そう言われて俺はちょっと格好良いと思ってしまった。だが、オデさんを食べたのはおいしかっただけだし、この世界を破壊するつもりは無いし、どうにかその誤解を解きたい。


 「あの、僕は破壊神ではありません。信じてください」


 とにかく、この飛んでくる鉛筆を止めなくては。どうやれば良いのかわからなかった俺は、魔法の出所、ジョーヴェの掌を俺の掌で塞ぎ、俺の指をジョーヴェの指と指の間に入れて、がっちり握りしめた。


 怖そうな少女だけど、その手は思っていたより小さく、そして細い指だった。


 うほ。ちょっとだけ、照れくさいな。だが、俺がジョーヴェの手を握る事でやっと鉛筆の魔法は止まった。良かったこれでやっと話ができそうだ。何とか破壊神とか言うのを止めてもらうしかない。


 当然の様に俺の手を引きはがそうとするジョーヴェだが、俺はしっかり握って決して離さなかった。また魔法で攻撃されたら最初からやり直しになってしまう。自分の力では俺の手を振り払えないと悟ったのか、ジョーヴェの手から引き剥がそうとする力がなくなり、少しだけ俺の手を握り返してきたように感じた。


 何だ?


 その力の変化とほぼ同時に、ジョーヴェが顔を伏せてしまった。


 「あの? どうかされましたか?」


 俺がそう問いかけても返事はない。とにかく事態は収拾できたようなので、辺りの被害を確認しようと顔を上げた瞬間、中庭に再び生徒達がなだれ込んで来る。先程と同じ、ジョーヴェの部屋に居た、赤毛の少女を先頭に。


 「貴様! なんのつもりだ!! こ、こんな場所で破廉恥な!!」

 「ジョーヴェ様に対する辱め! この私が許しません!!」

 「ふざけるなよ! お前! この外道が!!」

 「力で抑え込んで、無理やりだなんて! 最低のゲス野郎ね!」

 「殺す! お前を殺すぞ!」


 何だか良く分からないが、俺は物凄く怒られている。この大暴れしたジョーヴェの魔法から生徒達を守ったはずの俺が何故、こんなにガチで怒られないといけないのか? 正直、ちょっと泣きそうになった。


 「あの、ピエトロさん」


 俺とジョーヴェを取り囲む生徒達をかき分けてアレッサンドロさんが現れた。その姿を見て、赤毛の少女以外の者達は少し後ろに下がる。


 「ひょっとしてご存じ無いかも知れませんが、その……異性の魔法使いと掌を合わせて握るという行為は、決闘で互いに掌を出し合うのとは逆に、互いに相手に対して魔法を放つことはなという愛を誓う契りなのです。つまり結婚式の様な場所で互いの気持ちを確かめ合うというものでして……」


 まじか!? つまり俺は、無理やりジョーヴェの手を取り、愛を誓わせたというのか?


 それは怒られても仕方ない。いや、怒られて当然だ!


 「す、すみません!」


 俺は目の前のジョーヴェに謝り、そして手を離そうとした。が、逆に俺の手はしっかりとジョーヴェに握られていた。


 「だめだ。許さん。この責任は取ってもらうぞ」


 そう言って伏せていた顔を上げたジョーヴェの顔は、真っ赤に染まっていた。


 「え?」


 上目がちに俺を見上げるジョーヴェに対し、間の抜けた声を漏らす。


 「この責任は取ってもらうぞ!」


 俺の手の甲に爪を立てながら握り返して来たジョーヴェはもう一度そう言うと、両手をパッと離し校舎に帰っていった。赤毛の少女やその他の生徒達は慌ててその後を追って行く。


 な、なんだか良く分からないが暴れるジョーヴェを何とか止める事はできたようだ。


 「大変な事になりましたね、ピエトロさん」


 俺のそばまでやって来たアレッサンドロさんがそう声をかけて来る。


 「うわ! そ、その傷!!」


 そして俺の体の前面にだけ突き刺さっている黒い鉛筆を見て、驚きのあまり倒れそうになった。


 「あ、だ、大丈夫です。た、ただのかすり傷ですよ」


 そう言って俺は、皮膚に引っかかっている鉛筆を払い落とした。


 「おい、あいつ……ジョーヴェ様の魔法をまともに受けて立ってるぞ」

 「確か、ジョーヴェ様は破壊神と言っておられたわ」

 「魔神を食らったとか……そんな事ありえるのか?」

 「でも、あの恐ろしい体、あれは人ではないのよ」

 「そ、そんな奴が、ジョーヴェ様と契りを交わしたのか!?」

 「こ、この学園はどうなるんだ?」

 「アレッサンドロ様も食べられるんじゃ……」

 「うそ! 逃げてください! アレッサンドロ様!」

 「破壊神め! 学園から出ていけ!」

 「そうだ! 出ていけ!」

 「お、おい……やめろよ……怒らせたらやばいって」

 「確かにそうね……ジョーヴェ様でも勝てないんだもんね」

 「俺、もう怖いよ……退学して家に帰ろうかな」

 「俺も、死にたくない」

 「死ぬだけならまだしも、食べられたらどうしよう」

 「ば、馬鹿な事言うな!」


 何をどう失敗したのか、俺は全校生徒から恨まれ、恐れられ、そして嫌われてしまった様だ。


 「大失敗ですね」


 俺は、まだ引っかかっている鉛筆を払いながら、アレッサンドロさんに微笑んだ。


 「いえ、僕はすごい物を見せて頂きました。あの鉄壁の黒が壊れるところを目にすることができるとは、これは学園の歴史に残る大事件ですよ」


 他の生徒とは異なり、アレッサンドロさんは嬉しそうだ。


 「すごい、キントレとは本当にすごいですね」


 俺の前で目を輝かせる金髪の少年は、本当に俺にとってかけがえのない存在なのかも知れない。


 「アレッサンドロ!」


 「お姉様」


 先ほど、ジョーヴェの部屋に居たアレッサンドロさんの姉と、一緒に居た2人の少女がアレッサンドロに駆け寄って来た。


 「あなたは、破壊神なのですか?」


 アレッサンドロの姉が俺に問いかける。


 「違います」


 「まあ、自分でそうとは認めないでしょうね」


 アレッサンドロの姉の隣に立っている少女がそうつぶやく。


 「セレナ。この目は嘘を言っている目ではないわ。ま、本人がそう思っていないだけで、実際には破壊神だったという事も無いわけではないでしょうけど」


 「お姉様、そんな事がありえるのですか?」


 姉の言葉にアレッサンドロさんが驚く。


 「自分自身が、自分の事を一番良く分かっていない。そんな事はよくある事よ。アレッサンドロ、あなたのように」


 そう言ってアレッサンドロさんの姉は、ジョーヴェの部屋に居た時の様にアレッサンドロさんを抱きかかえ、自分の胸にその顔を押し付けた。


 「エスロペ様! おやめください!」

 「そうです! こんな場所で!」

 「ええぇ、いいじゃない別に」

 「だめです!」


 そう言い合っている間も、全くアレッサンドロさんを離そうとはしなかった。まだ、校舎の中に残っていた生徒達がそれを見てざわついているのを感じた、2人の少女がアレッサンドロさんの姉の腕を両側から掴んで校舎に中に引きずって行った。


 中庭に1人残された俺は、まだ校舎の中から俺を見ている生徒達にチラッと視線を送るが、目が合いそうになる前に生徒達は校舎の壁の陰に隠れたり、教室や部屋に逃げて行く。


 「やっぱり失敗だったか」


 俺は軽くため息をついてから、ジョーヴェの魔法で荒れ果てた中庭を見渡した。


 「これ、このままじゃ危ないよな」


 俺が砕いた破片や、辺りに飛び散ったり叩き落としたビニール傘や鉛筆が地面に突き刺さったままだった。


 「綺麗にしておくか」


 欠片を一つずつ拾い上げる。すると、俺の手の中でその黒い破片は空気に溶ける様に消えて行った。


 「勝手に消えるの?」


 だが地面に突き刺さっている破片は消えていない。拾い上げると消えるのか? 俺は、別の破片を拾い上げた。そして掌の上にあるその破片を見つめる。


 空気じゃない、俺が吸い込んでいるんだ。


 そうとしか思えないように、俺の掌に黒い破片が沈み込んで消えていく。


 「あらら、契り、成立してるね。あんた、ジョーヴェに惚れられちゃったんだ。これから大変だよ」


 誰かが俺に話しかけてきたので、声の方を振り返るとそこに先ほどジョーヴェの後を追いかけて行った赤毛の少女が立っていた。


 「あ、私、フランカじゃないから。ミアルテね。ミアルテ」


 フランカ? フランカじゃないミアルテ? 誰が誰か全くわからない。


 「ミアルテさんですか」


 「そう、ミアルテ。で、こっちが私のルーナ達ね」


 「は、はあ。僕はピエトロ・アノバと言います」


 俺が名を名乗ってもあまり興味がなさそうにミアルテと名乗った少女は話を続けた。


 「そう。あのさ、アエリアやジョーヴェやエスロペの事は知ってるみたいだったけど、私の事は知らないよね」


 何だか少し機嫌が悪い様だ。


 「はい。すみません」


 とにかく謝っておいた。


 「別にいいんだけど。で、あなた何者なの? やっぱり破壊神?」


 「いえ、破壊神ではありません」


 「そう。ま、どっちでもいいんだけど」


 俺を睨むように見上げるその表情はまったくどっちでも良いという雰囲気ではない。


 「あ、一応、ミアルテとしてこの中庭の掃除をお願いしたいんだけどいいかな?」


 「え? あ、はい」


 俺がしようとしている事に気づいていたようだ。


 「ジョーヴェのそれ、ほっといたら明後日ぐらいまで消えないんだけど、契りを交わしたあなただったらすぐ消せるでしょ」


 赤毛の少女が意地悪な笑みを浮かべる。赤毛と言えば、ミアルテ以外の2人の背の高い少女も赤毛だった。いや、1人は赤毛だが、もう1人は赤茶と言う感じだ。


 「あの、それはどういう意味でしょうか?」


 契りを交わしたらすぐに消せる。俺の手に黒い破片が吸い込まれる理由がそれなのだろうか?


 「相手に対して魔法を放つことはない。その契りを交わしたから、あなたにはもうジョーヴェの魔法はきないのよ」


 契りって、そういう事なの?


 「ジョーヴェと契るなんて勇気あるよね。裏切ったら絶対殺されるから」


 「裏切る?」


 裏切るってどういうことだ?


 「ま、浮気みたいなものかな。契った相手を裏切るような事をしたら、ジョーヴェの魔法がきかなかったあなたは、逆にジョーヴェの魔法に弱くなるのよね。その状態で、ジョーヴェの魔法を食らったら普通死ぬでしょ」


 「……確かに」


 全身にあれが突き刺さる感じか。あまり想像したくない。


 「あのさ、ちょっと時間ある? 別にジョーヴェを裏切るような真似はしないから、中庭を綺麗にしてくれたらそのお礼としてちょっと話がしたいんだ」


 「はい」


 お礼に話をしたいって、結構上から目線の言い方だが、アレッサンドロさん以外の味方が1人でも欲しい俺はチャンスを逃すまいと即答した。


 「良かった。じゃ、この子置いてくから、終わったら声かけてね。じゃあ、パメラよろくね」


 「はい、ミアルテ様」


 そう言って赤毛と赤茶の少女達は校舎に帰って行った。俺はそれを見送ってから黒い破片集めを再開した。

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