第2話 新学期悲喜こもごも~Which is Truth?~

「ねえねえ、姫ちゃん、成ちゃん。」

「はい?」

「どうしましたか、南条さん?」

「二人って、もしかして知り合い?」

「え、そうですけど…急にどうしたんですか?というか、何であやのちゃんと私が知り合いだって知ってるんですか?」

「姫ちゃんさ、この前うちの大学のダンスサークルの奴に会ったよね。後藤ってやつ。」

「あ、はい。」

「あいつが生徒会誌見せてくれてさ。そしたら、姫ちゃんだけでなく成ちゃんの写真も載ってたんだよね。」

「ああ…あれって、私が放送委員長だった時だっけ?」

「たぶん…断言はできないけど、私が生徒会誌に載ったのは書記長の時だったから、多分それで間違いないと思う。」

「ふーん、そっか。どうりで二人の息がぴったりだと思った。」

「明日香ちゃんとは中学の頃からの付き合いでしたから。今も大切な友達です。」

「そっか。よかったね、姫ちゃん。いい友達を持って。」

「はい…本当にそう思います。」

「フフッ…おっと、もうこんな時間か。よし、準備しよう!」



「4月9日、月曜日!FMグリーンフォレスト、グリーンスタジオよりお送りします。こんばんは。南条里志です。」

「こんばんは。姫宮明日香です。」

「今日から新学期、学校が始まった方が多いんじゃないでしょうか?僕は学校大嫌いだったんで全然楽しみじゃなかったですけど、姫ちゃんはどうだった?」

「そうですね…私もあんまり楽しみにはしてなかったですね。休み明けって宿題出さなきゃじゃないですか。あれがもう辛くて辛くて…」

「あれ、姫ちゃんって、長い休みは思いっきり遊んで最後の方で苦労しちゃうタイプ?」

「恥ずかしながら…」

「あら意外。真面目そうだと思ってたけどね。皆さんはどうですか?宿題終わらせてない人、これ聴きながらさっさと終わらせちゃってくださいね。それじゃ姫ちゃん、今日も始めよっか。」

「はい!」

「行くよっ、せーの!」



「「10代応援ラジオ、グリーンウェーブ!」」



「お送りしている曲はBase Ball Bearで『April Mirage』でした。さて、姫ちゃんが仲間入りして1週間が経ちましたが…どう?だいぶ慣れてきた?」

「はい。まだまだ手探りですけど、なんとか。」

「そっかあ。よかった。みんなも新学期が始まったと思いますが、どんな感じですか?ということで、今日のトークテーマ発表、姫ちゃん、よろしく。

「はい!今日のトークテーマは、『新学期スタート!君の新学期はどんなだった?』です。新学期がスタートしましたが、今日あったことを私たちに教えてください。そして、まだ始まってないですって人は…どうします?南条さん。」

「そりゃあもう決まってるでしょ。まだ始まってない人は、宿題が終わったか終わってないか、これについて教えてくださーい!もちろん、いつもの通りお悩み相談も受付中です。メール、ファックス、またはホームページの投稿フォームからお送りください。みんなのメッセージ、待ってます!それでは、ここでいったんCMです。」



 CM中。

「姫ちゃん、うまいね。」

「へ?」

「新学期が始まってない人へのフォロー、なかなかうまかったんじゃない?」

「ああいや、あれはなんか突然口から出ちゃって…」

「ははは。まあ、そういうときもあるよね。でも、そういうのが良かったりするからね。」

「はい。」

「ところで、メール来てる?」

「はい……あれ?」

「どうしたの?」

「あの、サイトにアクセスできないんですけど…」

「えっ、ほんとに!?それってどういうこと?」

「えっと…これ、どう操作したらいいんですっけ?」

 姫ちゃんがパソコンの画面を僕に見せた。

「ん…ちょっと待って。一度管理用ページにログインして、各ページのアクセス状況を見ればいいんだけど…」

 僕はCDケースからCDを取り出した。このスタジオは、調整室だけでなく、スタジオからも音楽を流せるようになっているのだ。

 僕の行動を察した姫ちゃんが、成ちゃんに伝える。

「あやのちゃん、CM明け、スタジオから音楽流すね。」

「わかった。南条さん、何かけます?」

 僕はCDを見せた。

「これの10番。」

「あはははは!まさにぴったりの曲ですね。了解です!」



「…お送りしている曲は、Daughtryで「Rescue Me」です。さて、Rescue Me…私を助けてください、ってことですが…本当に助けてほしいです。今ホームページ繋がらなくなっているでしょ?実は、この前の時間の番組でトーキング・ストリートってのがあるんですけど、その番組でプレゼント企画を実施したらしいんです。そしたら一気にアクセスが増大してサーバーが落ちちゃってます。申し訳ない!と言うことで、メッセージを送る人はメールかファックスでお願いします。メールだけは何とか復旧させたんだよね。」

「はい、何とか…ですけど。」

「うん。なので投稿フォームの復旧はもうちょっと待っててください。さてそれではメッセージ読み上げていきましょう。まずは成海市のラジオネーム「ゆうぽん」さん。17歳の女の子からです。

『南条さん、姫川さん、こんばんは!』

こんばんは!

『私の学校は明日が始業式です。だけど目の前には課題が山積みで…ラジオ聞きながら、課題終わらせたいと思います。南条さん、姫宮さん、私にエールをください!』

 そうか~、課題山積みかあ。徹夜して明日体調悪くなった、なんてことにならないように、無理だけはしないでくださいね。頑張れ!」

「そうですね。私も同じタイプだったのでその苦しみが結構わかります…何とか終わるように祈ってます!続いては同じく成海市のラジオネーム「サッカー野郎」さん。16歳の男の子からです。

『僕の学校は今日が始業式でした。だけど、春休み中は部活ばっかりだったので、休みが全くなかったんです!誰か休みをくれ~…』

 あ~、それよくわかります!私も高校時代放送部だったんだけど、毎日発声練習とかしてて休みなかったですね。」

「へ~、最近の中学生ってそういう感じなの?僕の時はまあ、毎日やってるとこもあったけどそんなに数は多くなかったなあ。やっぱ、文武両道なのかな?」

「たぶんそうなんでしょうね。こういう長期休みは部活に集中できる絶好の機会ですから。」

「なるほどねえ…まあ、いつか休みきますから!うん。大概の部活って必ずオフの日があるはずだから。ちょっと辛いけど、もう少し頑張ってほしいなあ。で、オフの日にはパーッと遊んじゃいなよ!リフレッシュして、切り替えていきましょう。さて次は…もしもし!」

「もしもし!」

「グリーンウェーブ、パーソナリティの南条里志です!」

「姫宮明日香です!」

「成海市、16歳、りくじょーぶいんです!」

 この日の最初の電話の相手は、16歳の男の子、りくじょーぶいん君だった。

「りくじょーぶいん君は、今日から学校始まった?」

「始まったんですけど、実は学校行けなかったんです…」

「行けなかった?何かあったの?」

「実は、春休み中に部活の練習中に怪我しちゃって…大丈夫だと思って放っておいたら次の日パンパンに腫れて、医者に行ったら骨折で全治2カ月って言われて、今入院しています!」

「えーっ!そりゃあ大変だね。え、ちなみにどこ骨折したの?」

「右足を折っちゃって…」

「あちゃー。やっちゃったね。入院はいつまで?」

「入院は来週か再来週くらいまでなんですけど、しばらくは車いすか松葉づえ使えって言われてて…南条さんはどっちがいいと思いますか?」

「え、僕!?えー…いやいや全然わかんない。だって僕骨折したことないもん。だれかー、骨折経験ある人いない?ねえちょっと姫ちゃん、今ここで骨折してみてよ。」

「えっ!きゅ、急に何言いだすんですか!?と言うかそれさらっというセリフじゃないです!」

「ははは、冗談冗談。で、真面目に言わせてもらうと、どっちでもいいと思います。ただ、車いすって視界が低いから、初めて使った人は怖がっちゃうこともあるんだよね。ま、自分の使いたい方でいいと思うよ。回復スピードに差はないだろうしね。」

「はい!ありがとうございます!」

「早く治ることを祈ってるよ。じゃあね!」

「はい!ありがとうございました!」

 電話が切れると同時に、音楽が流れだす。しばしの休憩時間だ。

「りくじょーぶいん君、早く治るといいですね。」

「そうだねえ。…おっと、次の電話相手のメールが来たよ。これは…」

 その瞬間、僕は凍り付いた。

「南条さん、どうかしましたか?」

「姫ちゃん、このメールおかしくないか?」

「え、どこがですか?何の変哲もないと思いますけど。」

「文章のテンションが高すぎる。それに、絵文字も多用している。電話した人のメールは原則としてホームページにアップするけど、それ以外のはアップしないこともある。なのに絵文字を多用して、一体何の意味がある?それに、ここまで砕けた文体なのはなんでだ?掲載される可能性があるのに、友達と話すような文体を使うとは思いにくい。」

 そう、何かがある。

 そして今、このメールを渡したのは……

「成ちゃん。」

「はい。」

「このメール選んだの、成ちゃんだね?」

「…それが、どうしました?」

「理由を聞かせてほしい。このメールは一見すると、読まれるかどうかすら微妙なメールだ。なのに君はあえてこれを選んだ。何か理由があるんじゃないかな?それも、緊急性の高い理由が。」

「…この子、数日前まで学校行きたくないとか、死にたいとか、そんな内容のメールを送ってきてたんです。なのに、急に今日になってこんなメールが来た…何か、おかしいと思うんです。」

「根拠は?」

「本名が一致しました。ラジオネームは変えているみたいですが。年齢も一致で14歳です。」

「ん…わかった。」

 僕は頭をフル回転させる。14歳の女の子。病気と言う可能性は考えにくいが候補には入れておく。ネガティブな内容が、急に明るい内容になった。今どきの女の子が友達に送るような文体になった。

 異常なくらい、明るくなった。

 ならば、ここまで明るくする必要は何か?もちろん、本当にいいことがあったのかもしれない。でもそれならば、要点はわかりやすいはずだ。だけど、このメールは絵文字を多用している。何が言いたいのかはっきりしない。となると、一番可能性があるのは。




 明るく振る舞うことで、自分の苦しみを覆い隠そうとしている。




「成ちゃん、可能なだけ、この子のメール見せてくれる?それと、音楽もう1曲かけて時間かせいで。」

「了解です。」



「時刻は8時20分にもうすぐなるところです。FMグリーンフォレスト、グリーンスタジオからお送りしています、10代応援ラジオグリーンウェーブ。2曲続けてお送りしました。1曲目は世界の終わり、「インスタントラジオ」。そして今ながれている曲はスキマスイッチで「君の話」です。

 さて、それでは次の生電話行っちゃいますか。もしもし!」

「もしもーし!」

「グリーンウェーブ、パーソナリティーの南条里志です!」

「姫宮明日香です!」

「成海市、14歳、あやぽんです!」

「あやぽんちゃん、メール読ませてもらったけど、メールからもうすっごいテンションが高いのが伝わってくるんだけど、何かいいことでもあった?」

「えー、別にいいことあったわけじゃないですけどー、なんかテンション上がっちゃって!」

「あはは!そうなんだ。確かになんかよくわかんないけどテンション高くなることってあるよね。姫ちゃんもそんな時ない?」

「ありますあります!特に深夜に作業してるときなんかホントに…」

「わかるわかる!夜中に勉強とかしてるとすごいテンションになったりするよね。で、あやぽんちゃんは今日から学校?」

「はい!」

「どう?学校楽しかった?」

「うーん、あんまり…」

「あんまり?何で?」

「私は楽しいと思ったんですけど、今私の友達が学校でいじめられてて…」

「あら、そりゃ大変だね。具体的にどんなこと?」

「筆箱盗られたり、悪口言われたり、仲間はずれにされたりって感じです。私も去年までいじめられてて、でも今日になったらいじめられなくなったんでうれしかったんですけど、今度は友達がいじめられるようになって…」

「そっか…大変だね…っと、ありゃ、もうこんな時間か。あやぽんちゃん、ちょっとだけ待っててくれる?」

「はい!」

「10代応援ラジオグリーンウェーブ、この後も、みんなと一緒に喋りたいと思います。コマーシャルと曲を挟んで、この後はまたあやぽんちゃんと話したいと思います!」



 CMに入ったことを確認して、僕はあやぽんちゃんに言う。

「あやぽんちゃん、聞きたいことがあるんだけど。」

「はい?」

「もしかして、もしかしてだけどさ。」




「いじめられているのは、君じゃないのかな?」




「どういう…ことですか?」

「あやぽんちゃん、友達がいじめられるようになったのはいつから?」

「え、今日から、ですけど……」

「じゃあ、何で友達のいじめの内容をそんなに詳しく知ってるの?」

「え、それは…友達から聞いたんです。」

「そっか。だけどさ、君からのメールにはこう書いてあった。『筆箱も取られないし、悪口も言われないし、仲間はずれにもされない。本当に幸せ。』君へのいじめの内容と、友達へのいじめの内容が一致した。なんとなくだけど、単なる偶然とは思えないんだ。君のそのテンションも、自分の辛さを忘れようとしているからじゃないのかな?」

「……」

「何か、悩んでること、あるんじゃないかな?曲が終わるまでは、僕たちにしか話は聞こえない。相談したいことがあるんだったら、今のうちに話してほしいな。」

 しかし彼女は何も言わない。

 沈黙を破ったのは、姫ちゃんだった。

「あやぽんちゃん、本当に伝えたいことって、言葉にしないと伝わらないと思うんだ。

 今まで私も、相手の本心に気づかずに、どれほど他人を傷つけてきたか、って思う時がある。本当のことを伝えないってことは、自分にとっても相手にとっても、辛いことなんだよ。

 だから、正直に言ってほしいな。自分の本当の気持ち。」

 姫ちゃんの言葉は優しく、だけど力強かった。

「…ごめんなさい!」

「え?」

「ごめんなさいっ、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「ちょ、ちょっと、急にどうしたの?」

 あやぽんちゃんが急に謝りだして、僕は驚いた。姫ちゃんも困惑している。

「落ち着いて。謝る必要なんかないよ?」

「そうだよ。あやぽんちゃんは何も悪いことなんてしてないよ。謝らなくてもいいんだよ。」

 だけど、彼女は謝るのをやめない。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 その瞬間、僕ははっきりと分かった。彼女は怒られることを過剰なまでに恐れている。

「……あやぽんちゃん。」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「……月潟茜さん!」

 僕は力強い口調で、彼女の本名を呼んだ。

 彼女の謝罪が、止まった。

「茜さん、辛かったね。そんなになるまで、苦しんでたんだね…」

 僕は優しい口調で、彼女に言う。

「……今までのメールも見たけど、とても苦しんでたんだね……気づいてあげられなくて、ごめんね……謝るべきは、僕の方だよ。だから茜さん、もう謝らなくていいよ。……謝らないでくれ。」

 思わず、声に出していた。謝らないでくれ、と。

 彼女が傷つくのを、これ以上、聞きたくなかった。

「……茜さん、いや、あやぽんちゃん。もう我慢しなくていいよ。君は独りで十分頑張った。今度は、僕たちが君を助ける。だから、ちょっと待ってて。」

 僕は決断した。ここは、リスナーの力を借りるしかない。

 そのとき、あやぽんさんが呟き始めた。

「……南条さん、あの…」



「時刻は8時30分になります。FMグリーンフォレスト、グリーンスタジオからお送りしています、10代応援ラジオグリーンウェーブ。パーソナリティーの南条里志と、」

「姫宮明日香です。」

「お送りした曲はクチロロで、「Tokyo」でした。さて、先ほど電話したあやぽんちゃん、CM中にも話をしていたんですが、彼女自身もひどいいじめを受けています。そして、」



「彼女は、守ってくれるはずの大人からも、攻撃を受けています。」



大人から攻撃を受けている。そのことは、僕がリスナーの力を借りようと決断した後、あやぽんちゃんが勇気を振り絞って話してくれた。怒られることに異常なまでに恐怖を感じるのも、それが原因だった。

「それが親からの虐待なのか、それとも先生からの嫌がらせなのか、本来は聞くべきなのでしょうが、彼女は心にひどい傷を負っています。彼女がさらに辛くなってほしくない、そう思ったので、あえて聞かないことにしました。だけど彼女は、僕たちにずっと、ごめんなさい、ごめんなさいって、謝り続けていました。

 これ以上、僕は彼女に謝ってほしくないんです。だから、皆さんの力を貸してください。現時刻より、勝手ではありますがメールテーマを変更したいと思います。」

 そういうと、僕は一度深呼吸する。姫ちゃんと相談して決めた、新たなメールテーマ。落ち着いて。冷静に。



「新しいメールテーマは、『愛』です。メッセージ、リクエスト、どんな形でも構いません。彼女へ、愛を届けてください。」



「と、いうわけなんですけど…すぐには集まりませんよね。と言うことで姫ちゃん、何かやりたいことある?」

「え、急ですね……うーん、特に思いつかないです…」

「そっか。じゃあ、ちょっとこの時間、僕が貰っちゃってもいいかな?」

「あ、はい!どうぞどうぞ。」

「ありがと。それじゃここで一つコーナー行っちゃいますか。

 それでは、『南条音楽堂』のコーナーです。ここでは僕、南条里志が選んだ、リスナーの皆さんにお勧めしたい曲をお届けするコーナーです。ジャンルは邦楽、洋楽、アニソン、サントラ、クラシックなどなど、特定のジャンルにこだわらず様々なジャンルで曲をお届けします。普段は毎週水曜日に開店する南条音楽堂、今日はどうしてもあやぽんさんのために曲を届けたいと思って、急きょ開店させました。もちろん、水曜日もちゃんとやりますので、ご安心ください。

 さて、今日は臨時開店ということで、特別に2曲お届けしたいと思います。まず最初にお送りするのは、The Beatlesの名曲、『All You Need Is Love』です。名前だけ聞くと、ん?って人も多いかもしれませんが、かの有名なポンキッキシリーズでも使われたほどの人気曲です。まあ、ポンキッキシリーズ自体ビートルズの曲を多用してたんですけどね。やっぱり僕はこの曲が印象に残ってますね。そして、この曲のテーマはまさに、愛ですよ、愛!ここまで行ったら説明は不要でしょう。それではお聞きください、どうぞ。」

そして曲が流れだした。なじみのあるメロディに、愛こそがすべてだと、ジョンが語り掛けてくる。そう、愛こそがすべて。

曲が終わりに近づいてきた。僕は次の曲を準備する。

「さて、臨時開店中の南条音楽堂、洋楽の鉄板と言っても過言じゃないくらいの名曲をお送りしたので、次は邦楽の有名楽曲をお届けします。この曲はまさに、あやぽんさんに送りたい曲です。もう先に曲をかけちゃいましょう。歌詞聞けば理由がわかると思いますので。それではお聞きください、amazarashi、『あんたへ』。」



 私は驚いた。南条さんはどちらかと言うと、昔の曲とかマイナーな曲が好きだと言っていた。その南条さんが、最新の、しかも有名な曲をかけるなんて。だけど、曲を聞いて、はっきりとその理由がわかった。




その曲は、君を責めることができる人なんていないと、歌っていた。

まっすぐに、メッセージを届けていた。




 そうか。そういうことだったんだ。だから南条さんは、この曲をかけたんだ。

「…お送りしたのは、amazarashiで、『あんたへ』でした。言いたいことはすべて歌詞に詰まっていますけど、やっぱり一番伝えたいのは、誰もあなたのことを責められる人はいない、ってことです。もう苦しまなくていいです。苦しまなくていい。ただ、それだけです。」

 南条さんの声は涙声になっていた。泣くのを必死でこらえている声だった。

 これ以上南条さんに任せるのは酷かもしれない。私が後を引き取った。

「まだまだ皆さんからの愛のこもったメッセージを募集しています。メール、ファックスでお送りください。投稿フォームは…ごめんなさい、復旧までもうちょっと時間がかかりそうなので、メールかファックスでお願いします。

 それでは南条音楽堂の間に届いたメッセージ、紹介していきます。東京都港区のネロさん。17歳の女の子です。

『あやぽんさんのことを聞いて、思わず涙が流れてきました。こんなことしか言えないけど、あやぽんさんは一人じゃないです。みんながいるから。』

メッセージありがとうございます。そうですね、本当に一人じゃないですから。みんながついてます。

 続いて、成海市の20歳男性、ソウさんからのメッセージ。常連さんですね。いつもありがとうございます。

『あやぽんさん、今までよく頑張ってきたね。今は辛いことを忘れて、ラジオに耳を傾けてください。少しでも苦しみが癒えることを祈っています。』

ありがとうございます。ソウさんからはリクエストもいただいているので、ここでかけたいと思います。片平里菜、『誰もが』。」



「姫ちゃん、ありがとね。繋いでくれて。」

「いえ…気づいたら、体が勝手に動いてて…」

「そっか…ありがと。もう大丈夫。」

 曲が終わる。南条さんがマイクのスイッチを入れる。

「お送りした曲は、片平里菜で、『誰もが』、でした。時刻は間もなく8時50分になります。ドライバーの皆さん大変お待たせしました。ここで最新の道路交通情報、天気予報をお届けします。」



「さあ、時刻は午後9時になりました。10代応援ラジオグリーンウェーブ。南条里志と姫宮明日香がお送りしています。さっき、8時台であやぽんちゃんっていう14歳の女の子に電話をつないだんですけど、彼女、ひどいいじめを受けているみたいなんです。彼女の力になりたい。その思いで、メールテーマを『愛』に変えてお送りしています。ここでもう一度、あやぽんちゃんに電話をつなぎたいと思います。もしもし!」

「……もしもし。」

「改めて、グリーンウェーブパーソナリティーの南条里志です。」

「同じく、姫宮明日香です。」

「あやぽんちゃん、このラジオ聞いている人たちから、たくさんメールが来てるんだよね。ツイッターにあげてるんだけど、見た?」

「…見ました。」

「どう?」

「…こんなに心配されちゃって、逆にいいのかな、なんて……」

「いいんだよ。それだけ辛い思いをしてきたんだ。今日くらいみんなに甘えちゃいなよ。」

「…はい。」

「それで、これからどうしたい?」

「…正直、学校には行きたくないです。」

「うん。」

「だけど、中学校は義務教育だから、絶対行かないとだし…」

「うんうん。」

「それに、学校に行かなくなったら、逃げたって思われそうだし…」

「そっか。ねえ姫ちゃん。」

「はい?」

「姫ちゃんはさ、仮に自分の同級生で不登校になっちゃった子がいたら、どう思う?」

「どうって…かわいそうだな、心配だなとは思うけど、多分そこまでで、普段の生活の中ではあまり気に留めないんじゃないかなあ…?」

「つまり、『逃げた』とは思わないってことだね?」

「あっ、はい!そんなことは全然考えません。」

「な?そんなもんなんだよ。学校に行かなくても、誰も君が『逃げた』なんて思わないんだよ。というか、そんな奴は気にしなくていいんだよ。」

「はい。」

「そしてさ、これあくまで僕の持論なんだけど、『不登校』って『逃げる』ってことじゃないと思うんだ。不登校になるってことは、『戦略的撤退』なんだと思う。自分が生きていくため、元気に生きていくための『戦略的撤退』だと思う。だから、学校に行きたくなかったら無理して行く必要はないよ。自分のやりたいように、やってみなよ。」

「はい。」

「よし!じゃあ一つ約束しよっか。」




 絶対に、死なないこと。




「君が死んだら、大勢の人が悲しむ。僕だって悲しくなるし、姫ちゃんだって悲しい。自殺するってことは、一番やっちゃいけないこと。だからさ、どんなにつらくても苦しくても、生きてみよう。『絶望のどん底まで落とされた奴の未来に、悪いことは起きない』からさ。

 約束、できるかい?」

「…はい!」

「うん!じゃあ頑張ろうね。またメールしてね。」

「はい。」

「じゃあね、バイバイ。」



 その後もラジオは順調に進み、エンディングの時間になった。

「午後8時からお送りしてきました10代応援ラジオグリーンウェーブ、エンディングです。新年度に入ってエンディングもリニューアルしました。というか曲追加しました。

 今流れている曲は新曲。SOUNDORBISさんで『Morphine』です。ものすごくきれいな音ですよね。Morphineの意味は、モルヒネ。よく緩和ケアで使用される鎮痛剤です。なのでどこか最後の別れを予感させるというか、切ないイメージを彷彿とさせますが、僕はこの曲聴いた時、ただ切ないだけじゃないなと思いました。切ないけれど、それでも前を向いて歩んでいこうという、希望めいたものを強く感じて、この曲を選びました。ちなみにこの曲、フリーの楽曲です。『DOVA-SYNDROME』 というサイトでダウンロードできますので、ぜひ皆さんダウンロードしてみてください。

 そしてもちろん、DJ OKAWARIさん、『Colors of Life』も引き続き使用します。主に金曜日とか、休みの日の前日に使うことが多くなりそうです。ゆったりとした曲に合わせて、リラックスできる休日へといざなう…そんなイメージですかね。2つの音楽で紡ぐエンディング、是非注目してみてください。

 さて、今日はやっぱり、あやぽんちゃんが一番強く印象に残ったかな。」

「そうですね。あやぽんちゃんも辛い思いをずっとしてきたから、これから先、楽しいことがたくさん起きてくれればいいですよね。」

「そうだね。生きるってことは辛いだけじゃない。そう思ってくれたらとてもうれしいよね。

 さて、明日のメールテーマですが、引き続き「新学期スタート!君の新学期はどうだった?」で行きたいと思います。皆さんからのメール待っています!そして結局投稿フォーム復旧は間に合いませんでした…ごめん!明日には何とか復旧させたいと思います!この後は、「グリーンフォレスト・ミッドナイトミュージック」でお楽しみください。僕たちとはまた明日の夜8時に会いましょう!ここまでのお相手は、南条里志と、」

「姫宮明日香でした!」

「「バイバイ!」」



 その後、彼女は今までのことをすべて教師に打ち明けたうえで、しばらく学校を休むことに決めた。しかし、学校に戻ることをあきらめてはいない。彼女が送ってきた手紙には、「絶対に学校に戻ります。」と力強く書かれていた。彼女なら、きっと大丈夫だろう。

 僕はそう思いながら、送られてきたメールをチェックしていた。そんな時だった。


「南条君、ちょっと…」

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