第20話

20.

中学三年の中頃に差し掛かろうとした。

鉄男は、あまりの成績の悪さから、兄も通っていたという塾に無理やり通わされることになった。

初めて教室に入る前に、学校で言うところの職員室のような、講師達が集まる場所に連れられた。

担当の講師と少し話をした。教室内での簡単なルール説明や、教室に入った時の自己紹介の話だった。

とても包容力のある男性講師で、鉄男は“甘えてもいいんだ”と感じた。

喜びのテンションのまま、教室に入った。

“キャッキャ言っていた”という言葉が、ピッタリと当てはまった。

教室に入ると、シーンとしていた。見知らぬ生徒が約十人、座ってこっちを見ていた。“キャッキャ言っていた”のは鉄男と講師だけだった。

鉄男は急に恥ずかしい気持ちになり、開きかけていた自分を、再び固い殻の中に閉じ込めた。

自己紹介は、素っ気ない態度で行った。

教室での態度は、終始ブスッとしていた。


別の日に塾に行くと、建物の前で小太りのイキがった同い年ぐらいの男子が、仲間と群れていた。

この塾の、鉄男とは別の教室の生徒である。

この時、鉄男の心は尖っていた。初日の“大コケ”以来、塾ではずっと尖っていたのだ。

ここには、自分の敗北を知るものは誰も居なかった。だから、学校よりも強い態度が可能だった。

小太りが鼻に付いたから、睨んでやった。相手もイキっていたので、「なんだてめぇ」と睨み返してきた。

チャイムが鳴ったことが、二人の意識を別な方に向けた。

鉄男は終始冷たい表情で、尖った感を更に発していたが、内心ビビっていた。

「帰りに小太りが待ち構えていたらどうしよう」

鉄男は授業中、ずっとそんなことを考えていた。

授業終了を知らせる、恐怖のチャイムが鳴り響いた。

鉄男はドキドキしながら、やはり冷たい表情で教室を出た。

病院の待合にあるような長椅子が、出口付近にある。

小太りがそれに横になって、「いてててて…」と、腹を押さえてうずくまっていた。

「なんか知らんけど助かった」

鉄男はそう思った。

それ以来、小太りとは目を合わすことは無かった。


鉄男は、もう一つ塾に通わされた。

マンツーマン形式のその塾でも、やはりツンケンとした尖った態度をしていた。

この塾には、一人だけ同じ学校の松田という女子がいた。

松田とはあまり話したこともなかったが、向こうから話しかけてきた。

「この塾に、蓼崎君のこと好きって子が居るんだけど」

その物好きな女子は、別の学校の木下といった。

陸上大会の時に、他校である鉄男の活躍を見て好きになったらしい。

松田は言った

「告白してあげて」

納得いかなかったが、告白することは苦ではなかったし、木下の外見は、それほど悪くなかった。

そこでまた、アッサリと彼女ができてしまった。

このときも、何か胸に温かなものを感じ、それが鉄男の自慰をストップさせた。

前回同様、どちらも主張しないタイプで、しかも他校ということで、会うのは塾だけになった。

塾での鉄男はツンケンしているのだ。

これも自然消滅した。


ある日の休憩時間、鉄男が机に前のめりになって寝たフリをしていると、ある女子同士の、声量を抑え気味にした会話が耳に入った。

「蓼崎君って◯◯に似てない?」

◯◯とは、その時人気絶頂のジャニーズタレントだった。

鉄男はそのタレントのことを知らなかったので、雑誌を買って調べることにした。

見てみると、本当に自分に少し似ているような気がした。そして喜ばしいことに、かなりのイケメンだった。

鉄男は久々の喜ばしい出来事に、有頂天になり、その日は一日、鏡と雑誌を見比べ、より◯◯の顔に近づくための研究をした。


翌朝、鉄男は普段付けないジェルを付けて学校に行った。

顔も◯◯に寄せる努力をした。◯◯の目は、奥二重が印象的だった。鉄男も二重ではあるが、奥二重というほどではなかった。

だから、目力を入れるようにして、無理矢理奥二重にし、なるべくその状態を保った。

目が乾燥して痛かったし、周りの人間の目も痛かったに違いないが、鉄男は夢中だった。


鉄男は卒業するまで、その“痛い”ままで過ごした。


卒業文集の、とあるページ。

二ページにわたり、教室の平面図が描かれていた。机に見立てた四角い枠が卒業直前の配列でバランスよく並べられていて、その席に該当する人のイメージが枠の中に一言書かれていた。

それは、卒業文集作成に携わった生徒会役員の独断と偏見だった。

鉄男の席にはこう書いてあった。


「ちょっと勘違い?」


家に帰ってからそれを初めて見た鉄男は怒り狂い、卒業文集をメチャクチャに破って、ゴミ箱の底の底に葬り去った。


同時に、卒業文集作成に携わった人間を全員呪い殺した。

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