第16話

鉄男はこのとき酒も飲んだ。

もっと小さい頃から酒の経験はあったのだが、このときはそれまでで一番飲んだ。

近所に住むPTA会長の息子『安岡』の家によく行った。

この同級生は、少年サッカークラブで一緒になったこともあって、サッカーセンスも鉄男と似たり寄ったりで、親近感を抱いていた。気が優しく、話しやすかった。

鉄男はこういう“優しい”人間に甘えて近づき、徐々に態度を大きくしていって、あわよくば自分の支配下に置いてやろうという企てを、無意識にする人間だった。

この時の“イジメ”の対象も、ズルズルとその位まで引きずり落とされた“優しい”種類の人間だった。

安岡は、その線までは落とされなかった。

ある線までいくと、うまくかわし、適度な距離を保って付き合っていた。


安岡の家は、鉄男にとって豪邸だった。

二階建ての日本家屋で、部屋が十はあり、多くは十畳以上のスペースだった。

大きな庭には、錦鯉をたくさん泳がせる池があった。

トイレは一階と二階両方にあって、どっちも様式だった。

鉄男の家は平屋の借家で、部屋は七つあったが、大体六畳〜八畳といったところだった。敷地面積は安岡家の四分の一にも満たなかった。

庭には車が二台停められるスペースと、犬小屋が一つあった。

トイレは和式が一つだけだった。


安岡の家には、お歳暮や、お中元なんかが多く届くようで、そういった品々を保管しておくための部屋が一つ設けてあった。

そこに酒が山ほどあった。

「少しだけならバレない」と言って、安岡は鉄男に缶ビールを一本与えた。

これに味をしめた鉄男は、「こんなにあるから」と言って次の一本も開けた。

安岡は「もっと凄いのがある」といって、自分の部屋に鉄男を案内した。

中瓶のボトルに黄金色の液体が入っていた。

大人になってから飲めと言われて渡されたものらしい。これを開けると、小さなフタのコップができた。口に含むと、大人の苦味とアロマを口内に広げ、熱を発して舌上で蒸発した。

これが面白くて、安岡と二人でこの蒸発を交互に楽しんだ。

それからしばらく、ゴレンジャーのフィギュアと、安岡の姉が昔愛用していたリカちゃん人形とを、卑猥に戦わせたりしてバカ笑いしていた。

ちゃんぽんの鉄男は、頭がグルグルなる感覚を貪りたくなって、「バット回しをしよう」と外に出た。

バット先端の面を地面に付け、グリップ部の先端をオデコにつけて十回って真っ直ぐ走れるかという遊びをやった。


目が醒めると、暗い自室でベッドの上だった。瞬間、こみ上げるものをベッドの脇に吐き出した。そこは既に何度目かの汚液のテカリがあった。

その日は吐くものが無くなっても、幾度も幾度も腹の底から胃液が上がってきた。

鉄男はしばらくアルコールの匂いがダメになった。飲めてもビールぐらいで精一杯だった。


鉄男は、末永を安岡の家に連れて行った。

「あそこは酒が飲める」

そう言って誘い出したのだ。

呼び鈴を何度押しても安岡が出てこない。

ドアは開いているので勝手に入った。お歳暮の部屋に進入すると、二人で飲み始めた。鉄男はやはりまだ飲めなかった。

何本目かのビールを開けた時、その部屋に備え付けられた電話で、末永がある女子の家に電話をかけた。電話を切ると

「会いに行く」

二人で安岡家を出た。

末永は、乗って来たチャリを引いて歩いたが、時々フラフラとして転んだりした。

鉄男が介抱に向かうと「大丈夫」と、ろれつの回らない調子で言ってはまたフラフラとして転んでを繰り返した。

心配になった鉄男は、近くの自販機で缶コーヒーを買って与えた。末永は震える手でプルタブを開けると、笑いながらそれを振り回して、中身を撒き散らして投げ捨ててしまった。

そのまま水溜りに倒れこんで動かなくなった。

近くの家からその家主が出てきて、「こりゃあ急性アルコール中毒だで」と言って、救急車を呼んだ。

救急車が来ると、鉄男も乗せられて、病院に一緒に連れて行かれた。

人生初めて乗った救急車だった。


末永は一日休んだだけで、すぐに学校に出てきた。「胃を洗浄した」と言った末永は、すぐに酒も飲めるようになった。

鉄男も、胃の洗浄をしたらもっと楽だったのにと思った。

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