第52話 出発
旅の準備を終えると、琉斗とレラは王都を後にした。
馬上の人となった二人は、北西へと向かって馬を進めていく。
琉斗の馬は、魔王討伐の旅に赴く二人のためにと王国から支給されたものだ。王国でも最も優秀な馬らしい。
レラの馬はずっと使っている愛馬なのだそうだ。彼女のことである、きっと一級品の馬なのだろう。
「不謹慎かもしれないが、こういう旅もいいものだな」
「このあたりはのどかですしね」
レラが笑う。
あたりには、王都へと食料を供給する田園地帯が見渡す限り広がっている。空も青く晴れ渡り、周囲の緑と相まって実に牧歌的な光景であった。
「それにしても、リュートは大胆ですね。真っ直ぐに魔王への最短距離を進もうだなんて」
「まあ、それが一番早そうだったからな」
魔王は二百年以上前、大陸の中央に突如として現れたらしい。以来、そこに居城を構え、人間をはじめとする大陸中の種族を圧迫し続けている。
その正体は不明だが、元々各地に存在していた魔物たちを瞬く間に支配下に置き、他の種族を戦闘力において圧倒する一大勢力を築き上げた。
最強の種である龍族でさえ、魔王軍の組織力を前に沈黙を余儀なくされている。プライドが高い龍族の長たちにとって、互いに結束するというのは何より困難なことなのだ。
同族に頭を垂れるくらいなら、小うるさい羽虫が飛び回っているのを我慢する方が遥かにましだ。それが彼らの価値観らしい。
龍族でさえそのありさまなのだから、いわんや他の種族をや、である。ある種は魔王軍と不戦協定を結び、またある種は魔王軍に服属する道を選んだ。
それは人間の場合も同様で、魔王軍の支配を受け入れる町や村も少なくない。それどころか、魔王に従属する国さえ存在する。
自国や他国の救援も見込めず、領民を守るためにやむを得ず魔王に従う場合がほとんどだが、そのような者たちは当然のように奴隷、あるいは家畜として扱われる。
だが、中には自ら進んで魔王に与する者たちもいる。そのような者たちは他の人間よりは多少ましな扱いを受け、役に立つと認められた場合はそれなりの地位に就くこともあるそうだ。
「しかし村や町ならともかく、国単位で魔王側につくなんてことがあるのか。驚きだな」
「多くの場合は止むを得ないのです。魔王軍に対抗することもできないような小国であれば、民の命を無暗に危険にさらすわけにもいきません」
「まあ、それもそうか」
「降伏後にどのような扱いを受けるかは、その地域を支配する魔物によって異なるそうです。ある国は王族も貴族もすべて奴隷として使役され、またある国では基本的な支配構造はそのまま残り、課された重税は魔物がすべて吸い上げているのだそうです」
「どっちにしても大変だな」
「そうですね、民を守るための苦渋の決断だったのだと思います」
「そういう人たちを、これから解放してあげないとな」
それから、琉斗は眉をひそめながら尋ねる。
「しかし、進んで魔王に従う奴らもいるんだな。いったいどんな連中なんだ?」
「だいたいにおいて、先ほどの話とは逆ですね。欲に目がくらんだ領主などが、領民や領地からの収益などを手土産に軍門に下るのです」
「それはひどい話だな」
「中でもウィリア王国は最悪の部類です。民から搾り取った税を魔王へと収めつつ、魔王軍の尖兵となって軍を動かし、襲った町や村の富を奪い取っては王家の懐に入れているのです」
「とんでもないな。国民は何も言わないのか」
「声を上げればすぐに殺されますよ。反旗を翻そうにも、王家には魔王という最強の後ろ盾がありますからね。彼らも従うほかないのでしょう」
レラの話に、琉斗は沸々と怒りがわいてきた。そんな風に苦しむ者たちがいるのならば、一刻も早く解放しなければ。
「冒険者の中にも、魔王につく連中は多いのか?」
「残念ながら、少なくありません。ただただ力を欲するだけの者や、ひたすらに血を求める者は進んで魔王へと下るようです。ギルドや国による縛りがありませんからね」
「これからは、そういう連中とも戦わないといけないのだろうな」
「そうですね。おそらく魔王が支配する人間の町にはそのような者もいるでしょうから」
「魔王側とはいえ、人間とやり合うのは嫌な気分だな」
「私も人間と戦いたくはありませんが、やむを得ません」
「だな」
レラの言葉に、琉斗もうなずく。
このまま北西へと進んでいけば、やがて王国の支配領域を抜け、今は魔王によって支配されている町や村を通過することになる。いずれもかつてはマレイア王国をはじめとする人間の国によって支配されていたエリアだ。
早く彼らを魔王の手から救ってあげないと。そんなことを思いながら、琉斗はレラと馬を並べて魔王軍の支配領域へと向かった。
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