第46話 卑劣



 エメイザーは、上空から会場をぐるりと見回すと、琉斗に向かい笑いかけた。


「この障壁、どうやら烈級のようだな。確かに、これほど丈夫な障壁、私の配下では破ることはできまい」


 そう言って、彼は右手に一つの火球を創り出した。


「だが、私のこの魔法も烈級魔法。同じ烈級同士がぶつかり合った時、その魔力が全て相殺されるわけではない。術者はそれに耐えることができても、はたして普通の人間に耐えることができるかな?」


 さも楽しそうに笑いながら、エメイザーはその火球を無造作に客席へと投げつけた。


 火球が障壁にぶつかる瞬間、障壁の表面に無数の文字や数字が浮かび上がる。

 そのまま火球は激突し、激しい音と光を放ちながら消滅する。


「ははは、そうだ、そうするしかないだろう。彼らを守りたいのならば、魔力を完全に封じ込めるために破滅級魔法で防ぐしかあるまい」


 声を弾ませながらエメイザーが続ける。


「さて、それではこれならどうだろう?」


 そう言うや、彼の周囲に無数の火球が出現する。そして、それをあたり構わず放っていく。


 それに反応するかのように、場内を囲む障壁の表面全てに文字列が浮かび上がる。火球が激突するたびに、闘技場が揺らぐ。


 エメイザーが狂ったように笑う。


「はははは! そうだ! 私が誰を狙うかわからない以上、会場全体を守らざるを得まい! つまり、この会場の人間全てが私の人質というわけだ!」


 右に左にとエメイザーが無秩序に火球を放つたび、障壁が光を放ち観客からは悲鳴が飛び交う。


 逃げ惑う観客の絶叫に愉悦の表情を浮かべながら、エメイザーは琉斗に語りかける。


「私が撃ち込んでいるのは烈級魔法だが、それをお前は破滅級魔法で守り続けなければならない! ははは! わかるか? 私とお前の消費魔力の差が! さあ、お前の魔力、いつまでもつのかな?」


 それには答えず、琉斗はただ黙って破滅級魔法を発動し続けていた。

 返答をする余裕もないのかと、エメイザーはさらに障壁へと向かい火球を放っていく。


 やがて、エメイザーは満足そうに琉斗を見下した。


「どうだ? そろそろ限界だろう。それに、さっき女を助けた時のようにはいかんぞ? 何せ、お前はすでに破滅級魔法を発動中なのだからな。二つの破滅級魔法を同時に発動することなどできまい。さあ、どうする?」


 琉斗は何も答えない。右腕を天にかざしたまま、じっとエメイザーを見つめ続けている。


 エメイザーはにたりと邪悪な笑みを見せた。


「そうか、もう限界か。それもそうだ、もう随分と長い間障壁を維持し続けているのだからな」


 そう言うと、彼の周囲にいくつもの火球が浮かび上がる。


「そろそろとどめをささせてもらうとしよう。烈級魔法の連続攻撃だ。さっきは破滅級魔法で防ぐことができたが、今度ははたして耐えられるかな?」


「や、やめなさい、化物! リュート、逃げて!」


 王女の護衛と合流し上空の魔物を闘技で攻撃していたレラが、エメイザーと琉斗に向かって叫ぶ。


 その様子が愉快だったのか、エメイザーが琉斗に問いかける。


「お前の女があんなことを言っているぞ? 逃げなくていいのか、ん? ああそうだった、お前が逃げればここにいる観客たちが無事では済まないのだったな! いいか、会場の障壁を緩めたりするなよ? そんなことをすれば、私の魔法の余波で何人死ぬかわからないからな!」


 その言葉を、琉斗は特に表情を変えるでもなく聞き流していた。何も言い返してこない琉斗に、勘違いをしたのかエメイザーは上機嫌に言う。


「ははは! あまりの恐怖に、もはや声も出ないか! 安心しろ、苦しまずに済むよう、一瞬で灰にしてくれるわ!」


 嬉々として叫ぶと、エメイザーは周囲の火球を琉斗目がけて叩きつけた。


 無数の火球が、琉斗へと牙を剥く。火球は容赦なく琉斗へと降り注ぎ、轟音と共に彼の身体は瞬く間に炎に飲み込まれた。


「ふははははははは! どれほどのものかと楽しみにしていたが、禁呪使いもこの程度か! 所詮は人間、八極将魔たるこの私の敵ではなかったということか!」


「い、いやああああ――――っ!」


 会場にエメイザーの狂笑とレラの悲鳴、そして観客のどよめきが響く。


 狂ったように笑い続けるエメイザーであったが、凶悪に燃え盛る炎が晴れていくと、その中から現れた人影に思わず目を剥く。


 炎と煙の中から姿を現したのは、右手を天に、そして左手をエメイザーへと突き出した琉斗の姿であった。その左手の前には、会場を覆う魔法障壁と同様に文字列が書き込まれた障壁が張られている。


「ば、馬鹿な!? それは破滅級魔法!? き、貴様、なぜ破滅級魔法を同時に展開できる!?」


 驚きにエメイザーが叫び、レラが口元を両手で押さえる。


 エメイザーの問いには答えず、琉斗は言った。


「さて、そろそろ反撃の時間だ」


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