第40話 強敵



「始め!」


 審判が叫ぶと同時に、ザードは琉斗に向かい突進してきた。


 速い。優に百キログラムは超えていそうなずんぐりとした全身鎧に身を包んでいるにもかかわらず、その踏み込みは予選で対戦した白い鎧の剣士、スレインに匹敵する鋭さだった。


 いや、彼よりも速いな。


 撃ち込まれる斬撃を剣で受け止めながら、琉斗は相手をそう評価していた。ただでさえ重いだろうに、あの動きにくそうな鎧でこれほどの踏み込みを見せるとは、どう考えても只者ではない。


 剣撃も重い。まさかりを何回りも大きくしたかのような巨大な剣による一撃は、見た目通りの重さと破壊力だ。

 並以上の剣士であっても、恐らくこの一撃を受け切れずに弾き飛ばされてしまうだろう。実際、予選では誰一人としてザードの剣を受け切ることができなかったのだ。


 そんな強烈な斬撃を、驚くべきことに目の前の剣士は恐るべき速度で繰り出してくる。次から次へと飛んでくる斬撃を、琉斗も丁寧に剣で受け止めていく。


 剣と剣とがぶつかり合い、会場には大掛かりな土木工事のような騒音が響き渡る。


「ザード選手、怒涛の攻撃! 分厚い鉄板のような剣を軽々と振り回し、リュート選手を攻め続ける! リュート選手、それを防ぐので精一杯だ!」


 実況のミルチェが叫ぶ。スタンドは歓声に沸いた。


 その辺の剣だったら、とっくに折れていたかもな。琉斗は一人苦笑する。『声』からもらったこの剣は、少なくとも耐久性については文句なしと言えそうだ。



 それにしても。琉斗は訝しむ。この相手、はたして本当にただの人間なのだろうか。

 

 この剣の威力、今まで戦ってきた対戦相手とは比べものにならない。ただ一人、この前退治した魔物の大物がこれに匹敵する力を持っていたか。


 だが、恐らく実力はあの魔物より目の前の剣士の方が数段上だ。なぜなら、相手はこちらの力を探るために力を抑えているような節があるからだ。


 実は琉斗もまた、相手の意図を探ろうとあえて相手に合わせて剣を撃ち交わしている。二人は今、こうして剣を通じて対話しているのであった。



 ザードの剣は、ただ物理的に重いだけではない。その剣には、一撃一撃に強力な闘気が乗せられていた。その闘気が、琉斗にはどこか懐かしいものに感じられる。


それに応えるように琉斗は斬撃を剣で受け止めていたのだが、そろそろ頃合いかと判断すると、一転して攻勢に移った。

 ザードの重い一撃を受け流すと、琉斗は右手に握った剣を閃かせる。右に左と斬りつけていくが、ザードはそれをことごとく弾き返していく。

 だが、徐々にさばき切れなくなったのか、琉斗の剣がザードの鎧に命中し始めた。剣が鎧に激突するたびに火花が散る。


「おおーっと、リュート選手、反転攻勢! 目にも止まらぬ斬撃で、ザード選手を翻弄していく――ッ!」


 突如始まった琉斗の反撃に、場内が歓声で揺れる。


 観客には琉斗がザードを圧倒しているように見えているようだったが、実際にはそうでもなかった。

 琉斗の高速の剣を、ザードは剣だけではなく鎧の肩当てや胸部装甲面、籠手を駆使して受け流していく。一見琉斗の攻撃が次々にザードに当たっているように見えるが、その実どの攻撃も有効打に至ってはいなかった。



 素の剣技では、このあたりが限界か。

 琉斗は一旦後退して間合いを取ると、その剣に闘気を送り込む。すると、刀身が青白い輝きを放ち始める。


 同時に、自身の身体にも闘気を巡らせる。腕を、背中を、心地よい温かなものが流れていく。


 ザードはどうやら琉斗の変化を察知したようだった。脅威と判断したのか、大剣を両手で正面に構え、突進するタイミングを計る。


 そして、観客の声援を背に、ザードが動いた。

 試合開始時よりもさらに速い踏み込みで、ザードが一気に琉斗へと迫る。その姿はさながら重戦車が全速力で突っ込んでくるかのごとくであった。


 そのザードが振り下ろす剣に対し、琉斗は下からすくい上げるように剣を振るう。

 青白い光を放ったかと思うと、鈍い金属音と共にザードの大剣が宙へと弾き飛ばされる。


 そして、琉斗の剣はそのままザードの頭部へと襲いかかる。

 直後、青白く輝く剣がザードの兜を捉えた。兜が弾き飛ばされ、ザードの顔が露わになる。


 琉斗は、驚きに目を見開いた。


 兜の中から現れたのは、幾筋もの銀色の帯だった。まるで花が咲いたかのように、視界いっぱいに銀の帯が広がっていく。


 それが銀色の髪だということにはすぐに気がついた。そして、流れる銀髪の奥には綺麗に整った女性の顔が見えた。


 だが、琉斗が驚いたのは相手が女性だったということだけではなかった。彼が本当に驚いたのは、彼女のこめかみのあたりに角のようなものが見えたことであった。


 琉斗の視線に気付いたのか、それとも単に反射的になのか、彼女は慌ててこめかみのあたりを隠す。その手が離れた後には、角など一切見当たらなくなっていた。あれは見間違いだったのだろうか。


「な、何と、ザード選手は女性だった――! これは驚きの事実だぁ!」


 ミルチェが驚愕の声を上げる。それから、慌てて琉斗の方へと手を上げる。


「そして、勝者はリュート選手――! 重装のザード選手を、最後は狙い澄ました一撃で見事撃破しました――!」


 観客席からは、怒号のような歓声が湧き上がり、拍手の嵐が琉斗に向けられる。



 視線を戻せば、ザードはすでに長い銀髪を兜の中に押し込め、元の鎧姿に戻っていた。琉斗は彼女の下へと駆け寄って握手を求める。ザードは幾分固い動きで握手に応えた。




 二回戦第三試合、琉斗は難敵を下して準々決勝へと駒を進めた。



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